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日本センチュリー交響楽団「第281回定期演奏会」(2024年4月12日 ザ・シンフォニーホール)に、ピアニストの小林愛実がソリストとして出演する。

2023年の元旦、小林はピアニスト反田恭平との結婚&妊娠をSNSで報告し、その後、産休・育休のためコンサート活動の休止期間に入った。昨年4月に予定されていた日本センチュリー交響楽団の定期演奏会の出演は取り止めとなったが、出産を終え、コンサート活動の再開を受けて、同定期演奏会への出演が改めて決まった。リサイタルツアーで多忙を極める小林愛実に話を聞いた。


©HOSOO CO., LTD

――日本センチュリー交響楽団の「第281回定期演奏会」が目前に迫って来ました。

改めて声を掛けて頂いた日本センチュリー交響楽団の皆さまには感謝の気持ちでいっぱいです。今回、私からラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」をリクエストさせて頂きました。出産を経験したこともあって、何か新しい曲に取り組みたいと思い、かねてより弾いてみたいと願っていたこの曲を選びました。指揮の秋山和慶先生は、これまでに何度もご一緒しているので、安心してセンチュリーの皆さまとの共演を楽しみたいと思っています。

――子供の頃からご活躍ですが、人知れず大変な事も多かったのではないでしょうか。

7歳の時にはオーケストラと共演し、CDデビューが14歳。20歳の時には初めてショパンコンクールに挑戦しました。早くからピアノひと筋でやって来たこともあり、私は本当にピアノが好きなのか。このままピアノを弾いていて良いのかと考え、悩んだこともありました。17歳から20歳くらいの時です。

――その状況を、どうやって乗り越えられたのですか。

ある時、母親から「ピアノが全てではないし、貴方がやりたいことをやればいいのよ」と言われました。よほど辛そうに見えたのかもしれません。その一言で気持ちが楽になりました。そして20歳の時に出場した1度目のショパンコンクールで、気持ちが吹っ切れました。当初、やめる為のケジメを付けるくらいの気持ちでコンクールに臨んだのですが、ファイナルまで進み、念願のコンチェルトを弾く事が出来ました。嬉しかったですね。「やっぱりピアノが好きなんだ。これからもピアノを続けていこう!」と決意できたことが最大の収穫でした。入賞出来なかったことは、意外にもそれほど悔しさは無かったですね。それよりもピアノを続けて行く決意が固まったことに満足していました。

――2度目のチャレンジとなる2021年のショパン国際コンクールは、見事4位入賞されました。そして反田恭平さんが2位という結果で、大変話題となりました。結果には満足されているのでしょうか。

あまり満足はしていませんでしたが、すぐに結婚して子供も生まれ、もうコンクールに出ることはないし、まあいいかなという感じでしたね。「ピアノが好きかどうか」なんて言っていられる状況ではありません。少し前に起こった事も覚えていないほど忙しい毎日に追われています。


Photographer Makoto Nakagawa


――出産によって自分の中でのピアノの位置づけは変わりましたか。

変わりましたね。ずっと私にはピアノしかないと思っていましたし、ピアノを弾かない私って生きている意味があるのかなぁっていう感じだったのが、出産でピアノを弾かない時間を経験したことで、ピアノが全てでは無いことを実感しました。今は、ピアノも大事ですが、子供や夫、家族がいる事で、心に余裕が出来た気がします。昔の私は孤独だったのだと思いました。これまでは自分の為に頑張って来たけれど、自分を犠牲にしても子供の為に頑張れるという、こんな気持ちは初めてです。

――ピアノの音も変わったんじゃないですか。

昔は音が張り詰めていたのに、出産後は随分優しくなったねって言われます。気持ちがこれだけ変わったのだから、当然音楽も変わりますよね。子育ては大変ですが楽しいですよ。確かにピアノを弾く時間は減りましたが、ずっとこの状況が続く訳ではありません。いずれは子供が大きくなり、手を離れると思うので、今は目の前のことを楽しもうと思っています。

――現在、コンサートツアー中ですが、お子様はどうされているのでしょうか。

有難いことに私の両親が見てくれています。現在、夫もツアー中なので、全員で私の実家を拠点にしています。それが彼も子供との時間を取れて、移動も少なくピアノの練習も出来て、効率が良いと言ってくれます。私は泊りで地方に行っていても、家にベビーカメラを付けているので、どこからでも子供の様子を見ることが出来ます。子供に話しかけることも出来、集中してピアノの練習も出来ます。この形が理想的で、恵まれていると思います。

――ショパン国際コンクールの2位と4位のお二人の結婚は、皆が驚きました。

そうでしょうね。幼馴染で時にはライバルということもありましたが、二人にとっては自然な形でした。同業者だからこそ理解できる事が多く、私は良かったと思っています。本番前の精神状態や、音楽的な事でも分かり合えます。たまに演奏会を聴きに来られると、緊張します。良かったよ!と言って貰ったとしても、全部見抜かれています。どうだったと聞かない限り、細かな話はお互いにすることはありません。専門的な話や、プログラムの曲順なども相談できるのは同業者ならでは。私は楽しいですよ。彼は色々と新しい発想を持っていて、人を引き付ける魅力もある人なので、良い音楽家になって、自分の夢を実現して欲しいと願っています。

――小林さんが描く、ご自身のピアニストとしての将来像は。

やはり世界で演奏できるようなピアニストになりたいです。その為に、今出来ることを順番にやって行こうと思っています。50年後といえば80歳前ですが、その時に夢が叶っていたらいいなぁと思います。

――好きなピアニストや、目標にしているピアニストはいますか?

ラドゥ・ルプーがいちばん好きで、彼の音源ばかり聴いています。他にはラローチャやホロヴィッツは、一度実演を聴いてみたかったです。シフやアルゲリッチも好きですが、事務所が私と同じカジモトということもあって、お会いしたことがあります。

――ピアニストは自分の楽器を持たず、行った先のピアノを使用して演奏します。

最近はどこのホールにも素晴らしい楽器が置いてあるので、特に問題はありません。ずっとお世話になっている調律師の倉田尚彦さんに、スケジュールが合えば来ていただいていたのですが、先ごろお亡くなりになりました。あまりにショックで、これからどうしようかと私同様不安に感じているピアニストが多いと思います。



――ザ・シンフォニーホールについては、どんな印象をお持ちですか。

何度も弾いていますが豊かな残響で、とても弾きやすいホールです。コンチェルトを弾くには、ちょうどいい大きさだと思います。楽屋にはピアノもあって快適です。

――最後に、日本センチュリー交響楽団の4月定期演奏会についてメッセージをお願いします。

秋山先生と日本センチュリー交響楽団の皆さまと、ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」を演奏致します。ラフマニノフの協奏曲とは違ったこの曲の素晴らしさを、お客様と共有出来たら嬉しいです。ザ・シンフォニーホールでお待ちしています。

華やかな公演でスタートを切る日本センチュリー交響楽団の2024年度シーズン。人気の若手ソリストから、レジェンド級の巨匠マエストロまで、新シーズンも日本センチュリーの定期演奏会には豪華アーチストがずらりと並ぶ。そして2025年度シーズンからは、いよいよ首席客演指揮者の久石譲が音楽監督に就任する。話題の多い日本センチュリーの定期会員は、現在好評募集中。ザ・シンフォニーホールの決まった自分の席で、1年を通して日本センチュリーの活動を応援してみてはいかが⁈

取材・文 = 磯島浩彰

公演情報
第281回定期演奏会【チケット発売中】
2024年04月12日(金) 19:00開演(18:00)
ザ・シンフォニーホール

指揮:秋山 和慶/ピアノ:小林 愛実 

レズニチェク:歌劇「ドンナ・ディアナ」序曲
ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲
デュティユー:交響曲 第1番

※未就学児のご入場はご遠慮ください。
※やむを得ない事情により、出演者、曲目等に変更が生じる場合がございます。
予めご了承くださいませ。

チケット
S席/8,000円 サイン入りプログラム付き ※電話のみで取扱い
A席/6,500円 B席/5,000円 C席/3,500円 D席/2,000円
※税込・全席指定・未就学児童⼊場不可

主催 公益財団法人日本センチュリー交響楽団

公演情報ホームページ コチラ


市川海老蔵改め十三代目市川團十郎白猿の襲名披露興行が名古屋にも上陸。御園座で2月に幕を開ける。この機に歌舞伎の初舞台を踏んだ長男、八代目市川新之助も当地初お目見え。夜の部では、親子そろって口上を行う。1月10日(水)のチケット発売に先駆ける12月25日に行われた、製作会見の模様をレポートします。


『吉野山』
佐藤忠信実は源九郎狐©️松竹

團十郎は「みなさま、メリークリスマス! 紋付でクリスマスっぽいところは全くないんですけど、わざわざお集まりいただきありがとうございます」と第一声。新之助も「お寒い中ありがとうございます。今日はよろしくお願いいたします」と挨拶し、大人びてきた様子を見せる。続けて團十郎は、市川宗家のお家芸であり歌舞伎十八番の中でも代表格と言える「勧進帳」をはじめ昼夜の構成について語った。

「昼の部は初めての方にも観やすく、夜は歌舞伎好きの方々にも納得いただける構成にしたので、名古屋の皆様にも楽しんでいただけたらうれしく思います。昼の部の『吉野山』は菊之助さんや雀右衛門のお兄さん、玉三郎のお兄さんなど様々な方とやってきて思い入れのある演目。『勧進帳』は家の芸でございますから、京屋のお兄さん(中村雀右衛門)、菊之助さんと一緒に、きちんと古典を観ていただきます」と團十郎。なお、同級生の菊之助には「幼い頃から共に時を過ごしてきましたので、他の歌舞伎俳優にはない“あ・うん”の呼吸ような、察することができる関係性がある」と語り、幼なじみならではの世界が生まれることに團十郎自身も期待を寄せていた。


『勧進帳』
武蔵坊弁慶=市川團十郎(撮影:操上和美)

一方の新之助は出演する『外郎売』について「襲名した時からやらせていただいて、すごく好きな演目。名古屋で歌舞伎をやるのは初めてなので緊張しますが、楽しんでほしい」と素直に話す。そんな息子に團十郎は「『外郎売』を極めてもらいたいので、名古屋で一区切りとなるよう徹底的にやらす」と言い、父であり師である顔をのぞかせた。同時に團十郎は新之助のこの一年を「目覚ましく進歩した」と振り返り、「積み重ねてきた日々がちゃんと実となり、お客様にも通ずる芸風に少しずつなってきている。本人もやる気があるので、御園座でまた一つ階段を上ってもらえたら」と冷静に評した。

2022年11~12月の歌舞伎座に始まり、博多座、旅巡業、京都・南座での顔見世と続いてきた襲名披露興行。しかし團十郎も新之助もいまだに実感がないようで、両人ともサインを書く時やっと「團十郎なんだ」「新之助なんだ」と思うと笑わせた。半面「まだ海老の殻の付いている團十郎ですが、実感する機会は増えた。だから荷が重い」と本音を漏らす場面もあった。


『外郎売』
外郎売実は曽我五郎=市川新之助©️松竹

途中、名古屋の思い出に話が及び、貴重なエピソードも……。「いちばん思い出深いのは19歳の頃、中日劇場で玉三郎のお兄さんと『天守物語』をやりまして」と切り出し、当時91歳だった大俳優・島田正吾の冗談話や、新人ゆえ宿舎と劇場の間を歩いて通勤したことなど回顧。おかげで向上心に火が着いた團十郎は「僕にとっていい経験だった」と懐かしむ。また新之助時代は御園座にも頻繁に出演。「音羽屋のおじさん(尾上菊五郎)や播磨屋のおじさん(中村吉右衛門)、うちの父、もっと上の天王寺屋のおじさん(中村富十郎)や宗十郎さん、京屋のおじさん(四代目中村雀右衛門)、ああいう方々がギシギシ、ガツガツ、バリバリ芝居しているのを後輩として横で見ていた」という証言には生々しさがある。

対して新之助は「御園座に出演したことがなく、新しくなった劇場を見たこともない」ので、あまり話ができないと苦笑い。それでも「京都には京都の伝統があるように、名古屋には名古屋の伝統があると思うので、その伝統を楽しみたいです」と笑顔。古典芸能の次代を担う存在から頼もしい言葉が聞けて、明るい希望を感じる会見となった。

◎Text/小島祐未子

2/1 THURSDAY~2/17 SATURDAY【1月10日(水)〜チケット発売】
二月御園座大歌舞伎
■会場/御園座
■開演/11:00/16:00
※2/5(月)・2/13(火)は休演。
■料金(税込)/S席¥24,000 A席¥20,000 B席¥15,000 C席¥9,000 D席¥4,000
※学生割引あり。詳細は劇場ホームページ参照。


『コーンフレーク』『凪の憂鬱』と、普段着の大阪を舞台に映画を撮り続けている磯部鉄平の新作映画『夜のまにまに』が完成した。主演は、数々のドラマに出演し現在『仮面ライダーガッチャード』に加治木涼役で出演中の加部亜門(かべあもん)と『猫は逃げた』の山本奈衣瑠(やまもとないる)だ。書き下ろし主題歌「朝までのブルース」を歌うのは奇妙礼太郎。映画の世界観が歌に溶け込んでいる。
そんな最新作が、12月16日(土)から2週間、ロケ地のひとつとなった第七藝術劇場(十三)で大阪先行上映を実施。約1か月大阪に滞在して撮影に参加した加部さんと磯部監督が当時の思い出をプレイバック。果たしてどんな日々だったのだろう。


磯部鉄平監督(左)、 加部亜門(右)

新平役に加部さんを選んだ理由は?
物語は、映画館で始まるボーイミーツガールストーリー。
映画館で出会って意気投合、夜の街で一緒に過ごした新平(加部亜門)と佳純(山本奈衣瑠)。その後、新平のアルバイト先に佳純が現れ働くことに。驚く新平をよそに「彼氏の浮気調査を手伝ってほしい」と頼む佳純。とまどいながらも佳純と2人で探偵のまねごとをすることになった。強引で真っすぐな佳純に翻弄される新平だったが、少しずつ魅かれ始めていった。

――子役から俳優人生をスタートし、数々のドラマや映画に出演してきた加部さんですが、今作は主演です。どんな気持ちでのぞみましたか?
加部「撮影中は自分のことだけ考えているわけにもいかないので、どうやったらいい雰囲気ですすめられるかなと考えていました。僕がこれまで参加してきた現場の座長さんたちはすごいなと思ったし、そういうことができるようにならなきゃいけないなとも思う。撮影が終わった後には、出演者と別れるのが名残惜しくて」と話す。
――加部さんの魅力とは?
監督「オーディションでの演技が、とにかくいい塩梅で。新平は、“あ~”“うっ”とか、言葉にならないセリフも多く、押しの強い女性に巻き込まれていく人物なので、それが絶妙に演じられる人だとわかったんです」
加部「僕は普段から、相手の演技から逆算して、どうセリフを言うか考えてるので。自分が佳純だったらこう言うな、じゃあそれを引き出すにはどうしたら?と。実際、新平という人は、いつも受け身で、自分から話しだすことってあまりないんです。だから、相手がどう出てくるか次第で演じようと思いました」。
監督「主人公は圧倒的に〝受け〟なんですよ。前作の『凪の憂鬱』でも主人公は〝受け〟なので、僕はそういう主人公が好きなのかもしれないですね」
加部「あ、僕、ナナゲイ(第七藝術劇場)で由紀恵(岬ミレホ)さんと新平が話すシーン、すごく好きですよ。珍しく新平が自分の気持ちをまじめにしゃべってるし、あのセリフを言葉にすることで、新平の輪郭がわかりやすくなるから、撮影当日まで、どうやろうかと悩んでたんです。でも、言葉を咀嚼していくと、自分でも腑に落ちた。いいですよね、あの場面」

オール大阪ロケ。主人公の出会いのシーンは監督の実体験
――今回も天満橋や中之島、十三などを巡って撮影が行われた。物語の始まりは今回先行上映が行われる第七藝術劇場。実はあの場面、監督の実体験がもとになっている。3人しかいないガラガラの映画館で、新平と佳純、そして夫に先立たれた由紀恵が出会う場面だ。


2人が出会うのは、第七藝術劇場

監督「あれは僕が20歳のころに、ナナゲイ(第七藝術劇場)で本当に起きたこと。映画を観に行ったらほぼ貸し切り状態で、どうせなら一緒に観ましょうと。そのあとみんなで飲みに行きました」
加部「そういう経験って、一生に一度あるかないかですよね」
監督「映画館にはいっぱい行ってますけど、あんなことがあったのは1回だけ。だから、強烈に覚えてるんじゃないかな」
加部「あの撮影では、たこ焼きを食べるシーンがあって、もうおなかいっぱいでした (笑)」

――1972年にオープンしたチャイカフェの老舗「カンテグランデ 中津本店」もロケ地として選出。こちらも監督がよく足を運んだ店なのだそう。
監督「カンテグランデは僕の好きな場所。若いころにずっと通ってたんです。新平のバイト先として選びましたが、ほんといいですよね」
加部「カンテは雰囲気がよくて。でも劇中、新平は一番長く働いているにもかかわらず、まかないカレーを一度も食べていない(笑)。佳純ちゃんは食べていたのに」

台本はどんどん進化。「新しい漫画の新刊が出る気分で読んでます」
――「そういえば」と加部さんが思い出したのは、急な台本の変更。何があった?
監督「台本を仕上げて、本読みをするために東京へ。でも何か足りないなと新幹線の中で考えていたら、急にあることを思いついたんです。それで台本を大きく変えました」
あることとは、黒住尚生さん演じる親友の役どころ。劇中でも新平の人生に深くかかわっていく。その存在がわかるシーンでは入り乱れる感情を表現する演技が必要で「あれは、何度も撮らないと完成しない場面だったので、自分でも混乱してきて大変でした」と振り返る。
加部「台本は、撮影に入っても変わるんです。今からロケハン行ってくるわ、みたいな時もあって(笑)」
監督「そうですね。例えば、役者さんがこんな風に演じてくれたから、じゃあ、こっちをこうしよう、という。なるほど、そうやってくれたんなら、いいね、じゃあこっちをこう変えてみようか、と。演じてもらうと、役者さんがどんどん新平や佳純になっていくので、自分一人で考えた台本より、それならこちらのほうがいいよね、と変わっていきます」
加部「そこまで毎日台本を考えなおす監督はあまりいないと思う。でも、僕、漫画の新刊が出た!みたいに、毎回楽しみに読んでたんですよ。新鮮だし、よりよい作品にしよう、とみんな思うから、すごくいいやり方だと思います」

新平をとりまく女性たち。磯部作品のキーパーソン、辻凪子の存在
――新平を取り巻く女性たちは、佳純や咲などのほか、お姉さんなど、押しの強いキャラが多い。今作には、磯部監督作品に欠かせない女優・辻凪子さんも登場した。

加部「佳純役の山本奈衣瑠さんとは、芝居がしやすかったです。劇中では、走ったり、自転車に乗ったり、団地を走り回ったり、中之島公園で過ごしたり。佳純の行動に巻き込まれていくので、中には体力勝負な場面もありましたよ。最初に佳純と出会って別れる二股の路地も記憶に残ってますね。多分、僕が思うように、新平もなにげない場面を覚えているんだろうな。永瀬未留さん演じる咲とは、距離感が近い。新平は咲に対して〝受け〟じゃないんですよね。幼なじみだから一緒に居た時間の分も、言いたいことは割と言えている。それでも押され気味なんですけど」


出会って追いかけて、心を寄せ合いつつも...いろんな感情を演じた2人

――辻凪子さんとの共演は?
加部「なぜか、本当におねえちゃんに見えるんですよね。太極拳のシーンでは、凪ちゃん
に足を蹴られる場面もあったり」
監督「僕の作品によく出てもらいますが、毎回必ず〝辻凪子劇場〟みたいなシーンがあるんです。コミカルな演技も脇でまじめなことも諭せる存在。新平の姉にはめっちゃいいんじゃないかと思ったんですよね。普通の大阪の暮らしのなかで進む物語、そこで主演2人に辻さんを絡ませてみたくなって出てもらいました」


太極拳をしながら、弟にあれこれ注文を付ける姉(辻凪子)

日々の暮らしの延長にある場所で撮影
――「ロケ地は、僕が自転車で行ける場所なので、大阪といっても、コテコテの大阪じゃない場所が多いんです」と言う監督。それを受けた加部さんは…
加部「そう、すごくリアル、日常の中のリアルがあるからやりやすいんですよね。日々の暮らしの延長に入り込んでいく感じでした。あ、でも撮影中、原付で10数キロを走ったのは辛かった。ちょうどクリスマスシーズンで風も冷たくて。そういえば、撮影後、僕が別の仕事で大阪に行ったとき、中之島公園に監督を呼び出して、楽しい時間を過ごしたこともありました」
監督「夜中に仕事をしていたら、加部さんから電話があって。よし、5分で行くわ!と(笑)」
加部「2時間くらいしゃべりましたよ」
と、加部さんと監督の物語は、まだまだ続いているようだ。


佳純にネイルをしてもらう新平。ロケ地は中之島公園

普通の日常にも物語がある。だから人生は面白い
――今回は、大阪先行上映になります。観に来られるみなさんへひとこと。
加部「普段、何もない日常だと思いながら生きている、その場所にだって、何かしら物語がある。人は影響を与えあっているんだなと気付く。みなさんにとっても、人生って面白いなと思える映画になればいいなと思います」
監督「ロケ地となった第七藝術劇場で完成した映画を観ることは、とても贅沢なことだと思います。スクリーンに映る同じ場所にいながら映画を観る体験って、なかなかおもしろいんじゃないでしょうか。新平や佳純たちが座った席もぜひ探してください」

映画『夜のまにまに』は、12月16日(土)~29日(金)、第七藝術劇場(大阪)にて先行上映。

取材・文:田村のりこ

■『夜のまにまに』公式サイト
http://bellyrollfilm.com/mani/


30-DELUX NAGOYAが文楽や歌舞伎で知られた名作「義経千本桜」を大胆にアレンジして上演する。主人公の源九郎判官義経にはBOYS AND MENの吉原雅斗、その愛妾・静御前にはSKE48の北川愛乃。さらにBMKの佐藤匠、ナゴヤ座の名古屋山三郎、SKE48の岡本彩夏、ミュージシャンのSEAMOほか多数客演。脚本・演出は演劇組織KIMYOの宮谷達也が務め、いわば東海地方の総力をあげて時代絵巻を繰り広げる。ここでは開幕直前に行われたゲネプロとキャストによる質疑応答の様子をレポートします!


源氏と平家の戦乱を題材とする「義経千本桜」は、義経によって討伐されたはずの平知盛、維盛、教経が生きていたことから巻き起こる人間ドラマだ。兄・頼朝から裏切られた義経は、鎌倉方からも平家の残党からも追われる身となってしまう。大筋は歌舞伎と同じだが、セリフがほとんど現代語なのでストーリーが非常にわかりやすい。

また、登場人物たちは俳優の個性ともあいまって既存のイメージにとどまらないキャラクターを見せている。特に静御前は義経への愛情をストレート過ぎるほど伝える女性になっていて、コミカルでありつつカワイイ。栗原樹が演じる武蔵坊弁慶も直情的なところは原作同様だが、義経との関係には友情に似た身近さを感じて面白い。何より、武家に生まれた宿命に苦悶し、孤独の色を深めていく義経が新鮮に映った。

合戦物なので殺陣やアクションの見せ場も多く、それらの動きを計算した衣装も効果的に舞台を彩る。吉野山の頭・河連法眼を演じるSEAMOがラップを聴かせてくれるのもうれしい。放浪の三味線弾きを演じる山口晃司もそうだが、ミュージシャンの生演奏が入るとまた違った緩急がついて芝居が躍動。適材適所のキャスティングとスタッフワークで、約2時間半の大作はあっという間に幕を閉じた。

ゲネプロ終了後の質疑応答には、義経を熱演した吉原をはじめ北川、栗原、佐藤、山三郎、岡本彩夏、村瀬文宣、髙澤了輔、山口、SEAMO、そして原作には登場しない頼朝役であり本作のプロデューサーでもある清水が登壇。 田中精が司会を務めた。

吉原は「地元を盛り上げることを目指すグループBOYS AND MENで活動してきましたが、SEAMOさんと共演できる日がくるなんて思いもしなかった」と喜ぶ一方、ゲネプロの手応えを問われると「よりブラッシュアップできる」と答え、さらなる向上心をのそかせた。北川や栗原も「もっと熱くならなければ」と口々に本番への意欲を燃やす。演劇初出演だというSEAMOは「ステージ経験はあるのでなんとかなると思っていたら、免許取りたてでF1のレースに出てしまったような感覚(苦笑)。あらためて身が引き締まる想いです」と語った。プロデューサーの清水は半年ほどかけてキャスティング交渉を行い、「名古屋で今いちばん勢いのある演劇人」と称える宮谷とも議論を重ね、脚本を詰めていった。そうして結実した30-DELUX版「義経千本桜」は、彼らの苦労と情熱の分だけエネルギーにあふれている。

◎Interview&Text/小島祐未子

12/8 FRIDAY~12/10 SUNDAY 【チケット発売中】
30-DELUX NAGOYA「義経千本桜 ~源平天外絵巻~」
■会場/名古屋市芸術創造センター
■開演/12月8日(金)18:30、9日(土)12:30/17:30、10日(日)13:30
■料金(税込)/プレミアム席(グッズ付・前方席) ¥9,800 一般席 ¥7,800 当日券 ¥8,000
■お問合せ/サンデーフォークプロモーション TEL 052-320-9100


ドラマやBS時代劇『雲霧仁左衛門』など数々の作品で助監督を務めてきた柳 裕章の初監督映画『事実無根』が2023年12月、大阪・十三にある映画館シアターセブンにてお披露目された。

舞台となるのは京都に実在する「そのうちcafe」。DVされたと妻に嘘をつかれ離婚に持ち込まれてしまったマスターの星 孝史役に『ラヂオの時間』『THE有頂天ホテル』『紙の月』の近藤芳正、やってもいないセクハラで大学教授の職を失い、ホームレスになってしまった大林明彦役を『ミンボーの女』『おこげ』などで数々の映画賞を受賞する村田雄浩。カフェの新人アルバイトで物語のキーパーソンである大林沙耶役には、ヒロインオーディションで抜擢された気鋭の若手女優・東 茉凜(あずままりん)。京都の下町で事実無根の罪を抱える男2人と、家族の問題が絡み合い、翻弄されながらも新しい一歩を選んでいく〝人生やり直しムービー〟だ。タイトルからくるヘビーなイメージとはまったく異なる、人と人の繋がりのおもしろさ、人間の滑稽さ。笑いと人情味が絶妙に溶け合った今作について、監督と出演者に話を聞いた。


人と寄り添うことを、柔らかな関西弁で表現したい(柳監督)
物語は、京都の下町にある「そのうちcafe」で始まる。近所の常連さんや子供たちの遊び場にもなっている憩いの場。そこにアルバイト募集の張り紙を見て「大林沙耶」と名乗る若い女性がやってきて働くことに。ある時、店のそばにある公園にホームレスの男が現れた。彼は働く沙耶の姿を日々見つめている。理由を聞くとこの男、沙耶の父だった。マスターは2人を仲直りさせようと芝居を打つが、思いもよらない新事実が発覚! 3人の関係性はいったいどう転ぶのか? 沙耶とは何者? 事実無根の罪を抱えて立ち止まっていた男たちの人生は…?

舞台挨拶で柳監督は「人と寄り添うことがどういうことなのかを考える機会が多かったんです。それを学んだのが、お父さんやお母さんが子供たちに話す関西弁でした。僕は茨城出身。関西の言葉はとても柔らかに聞こえたので、今回は関西弁で人が寄り添うことにチャレンジしたかった」と話す。神髄を体現できる役者として選んだのが2人の名バイプレイヤー。愛知県出身の近藤は「僕はしゃべり慣れてはいないけど、関西弁独特のニュアンスで成立する笑いや、人と人とのコミュニケーションが引き立つところが多いので、セリフは関西弁で、と監督に言われて、わかりました、やってみましょうと。それに、京都って〝京都生まれ京都育ち〟よりも、大学や仕事で来る人も多いので、生まれ育っていない京都の地で、楽しく過ごしている人がたくさんいる、そのエッセンスもセリフにいれたいなと思いました」と振り返る。


関西で活躍する映像のスペシャリストが集合!
『雲霧仁左衛門』の現場のロビーでタバコを吸っていたら「映画撮るんですけどやりませんか?」と声をかけられた村田。気軽な出演交渉に笑いながらも「こんなにいい映画を撮るとは思わなかった。現場にも『雲霧仁左衛門』のスタッフが入れ代わり立ち代わりやってきて、プレッシャーもあったのでは(笑)。参加したスタッフも精鋭ぞろい。録音の松陰信彦さんは、二度の日本アカデミー賞最優秀録音賞を受賞している人ですから。そういう熟練した人たちがこぞって柳のためなら、とやってくる。それを見ていると、なんかもう泣けちゃって」と話す。人と人が寄り添うことを表現したい監督の思いは、すでに、撮影時から始まっていたともいえそうだ。

「そのうちcafe」の名前が〝人生のまだ途中〟みたいで素敵(近藤)
それは、最後のセリフにつながっているよね(村田)
柳監督はこのカフェを偶然見つけたそうだ。「ブランコのある公園がカフェの横にあって、住所にも〝五条高倉下ル 六条院公園 ブランコ入ル〟と書いてある。そこに村田さんがいて、店内に近藤さん、東さんが居るという絵が公園側から撮影できるんです。マスターのお人柄も素晴らしくて、近藤さんが劇中で被っていた赤い帽子はマスターからお借りしたものです。実際に、子供達もたくさん遊びに来ていて、枯れ葉を集めて貼り絵を作ったり、うるさくして怒られた後には「ごめんなさい」と書いた反省文を持ってきてたり、かわいいんです。映画の中に出てくる子供たちのセリフは彼らが話している言葉を使っています」。
近藤が「あのカフェはちょっとくせになる、独特のよさがあるんだよね。子供達もよかった。それに、カフェの名前もいい。〝まだ途中〟みたいなイメージが、人生まだ途中、人間修行中みたいな感じで。ずっとそんな思いで生きていくんだろうな」というと、「それは2人が最後にかわす場面のセリフにもつながってくる。星と大林が別れるシーンでは“またいつでも来いよ”のあとで僕が “生きてたらな”と返すことになってたんだけど“そのうちな”に変えたんです。象徴的なネーミングだし、“そのうち”っていいたくなるよね」と村田。ここでは、はからずもカフェの名前が映画のセリフに寄り添うものになった。

脚本がおもしろくて!まるで古いフランス映画みたい
脚本を担当したのは『雲霧仁左衛門』シリーズも手掛けるベテランの松下隆一。昔のホームドラマの良さをみたいなものを表したいと思い書いたそうだ。最初に脚本を読んだ時の印象を聞くと「純粋に面白くて。淡々としたテンポのなかに、びっくりするような大転換があったりシュールだったり、おしゃれなフランス映画のような匂いもある。悲しい場面もあるんですが、そこにも笑いがちりばめられていて、本当に素敵。これをやらせていただけるのは幸せなことだと思いましたね。橋田壽賀子さんの脚本みたいに、一人一人のセリフがとても長く書いてあって(笑) もちろん関西弁で。セリフは缶詰状態で覚えました」と近藤。
それを受けて村田は「あ、だから愛知出身の設定にして、少し楽しようとしたんですか?(笑)」とツッコミながらも「関西弁は、気持ちが入っていないと意味がない。だから僕も敏感になりながら演じてました。脚本は本当に良かったし、淡々とやればやるほど笑いが際立って面白い。だから、茉凜ちゃんの役は、セリフに意識が行きすぎる人だと当てはまらないと思う。でも、東 茉凜という役者の佇まいや現場での気配りをみていると、まるで彼女への当て書きかと思うほどぴったりでしたね。立ってるだけで彼女のバックボーンが滲み出てくるような。そのまんまの人がそこに存在したのは、すごいことだと思うんですよ。そして、どんどん演技が良くなっていった。最後の琵琶湖のシーンは、感情そのままですよね。あの場面を見たら、僕、ぼろぼろと泣いてしまって。彼女に出会って、ここ近年で一番心揺さぶられた仕事になりました」と続けた。
それを聞いた東は「ありがとうございます。現場では近藤さん、村田さんそれぞれの愛情がお芝居を通して伝わってきて、お二人がいたからこの役が出来たと思います。現場でもたくさんのアドバイスをいただいて。近藤さんには、よくランチにつれていってもらいました」。近藤も「東さんの演技はよかったよね。特に琵琶湖のあのシーン!」。この場面で、東演じる沙耶は衝動的に大胆な行動に出る。出演者全員、このシーンはインパクトが大きかったようで、話題にのぼるとみな楽しそうだ。

監督に、東を選んだ理由を聞くと「受けの芝居がすごくよかったんです。相手がやったことを受け取ってくれて、相手に刺激さえ与えられる、化学反応が起こせる人を選ぼうと思っていたので、総勢50人のなかから彼女を選びました」。洗練された笑いと、人の心理を詰め込んだ群像劇。スタッフからは「この作品を舞台にしてもおもしろいんじゃないか」という声もあがっているそうだ。


ホームレスの役。実は撮影中に歯が4本かけて…ピザを食べるシーンでは、NG連発。おなか一杯に!?
舞台挨拶で、記憶に残る場面を聞かれた村田は「ホームレスの自分にマスターがパンをくれる場面があって。本当においしそうでパクッと食べたら治療中の仮歯が4本取れちゃったんですよ。監督に相談したら、大丈夫ですと(笑)」。
また、近藤は「撮影後、飲みに行こうと言ってたのに行けなくなったのは、村田さんと2人でピザを食べるシーンを撮ったから。おなかがいっぱいになるので一発本番にしたかったのに、お互いにNG連発で(笑)。もうお互いに許し合ってしまって」。
村田も「そうなんです。あんなに気軽にNGが出せるムードってなかなかない。そんな雰囲気を監督が作ってくれたんです」。

質問タイムでは、近藤が放った「脳みそストローでチューチュー吸うたろか」のセリフについて客席から「あれは吉本新喜劇の未知やすえさんの持ちネタなんです。知ってましたか?」と声があがり「そうなんですか!今初めて知りました」と返答。「大阪の人は大笑いになると思います。すごくお上手でびっくりしました」と褒められる場面も登場した。


事実無根というタイトル。最初は法廷ものに??
「事実無根」というタイトル。もしや社会派作品か?と想像してしまうが、実際は、ほっこり笑える群像劇。 監督は「最初、違うタイトルだったんですが『事実無根』に変わりました。近藤さんからは、社会派映画のように見えるからやめた方がいいと思うという意見を頂いたので、タイトルのデザインはかわいらしく工夫し て、重くならないようにしました。実は企画を立ち上げたときはゴリゴリの法廷ものを作ろうとしていたんです。でも、なぜ人は嘘をつくのか、人の数だけ真実があるのだということをベースに、もっと身近な発罪や事実無根を描いたらおもしろいんじゃないか思い、話を膨らませていきました」

日本の宝、名バイプレイヤーと一緒にできたことがうれしい
「撮影中は失敗も多かったのですが、近藤さん、村田さんが気にしないでいいよとお芝居のしやすい環境を作ってくださった」(東)
「村田さんとは、共演はあっても、2人でガッツリ芝居をするのは初めて。今回の大阪先行上映は、最初の1歩です。まだまだ発展途上なので、この作品をいいなと思ってくださるならば、お友達やご近所に伝えていただけたらと思います」(近藤)
「僕の大好きな、日本の宝といっていい名バイプレイヤーである近藤さんといっしょにやれて、本当にうれしかった。それに、東さんの演技。日々スポンジみたいに吸収し、成長していった。これから前へと進んでいく若手女優の、最初の作品をみてほしい」(村田)
「今回は約1週間の先行上映となりました。今後の公開はまだ決まっていませんが、作品自体、もっと良くなる余地があります。さらに整えて、今後は映画祭などに挑戦し、最終的に一般公開へと結び付けていけたらと思っています」(柳監督)

関西&京都メイド、関西弁のやさしさとおかしみあふれるこの作品が、どんな場所へと行きつくのか。これからの動きに大いに注目!

取材・文:田村のりこ

『事実無根』公式サイト
https://jiji2mukon.com/
2023年12月2日(金)~12月10日(日)まで大阪シアターセブンにて先行公開