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撮影:御堂義乗


ウディ・アレンの傑作映画『カイロと紫のバラ』の物語をベースに、舞台を昭和36年の日本の架空の離れ小島に置き換えて描くケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出の『キネマと恋人』。好評を博した初演から3年、待望の再演が実現した。初演の際は東京・三軒茶屋のシアタートラムでの公演だったが、再演はより客席数の多い世田谷パブリックシアターへとトランスファー、スタッフ・キャストがほぼ再結集しての上演となった。作品は現在全国公演中だが、その東京公演の模様をレポートしよう。

東京から遠く離れた小さな島にある映画館「梟島キネマ」に、毎日のように同じ映画を観に通うハルコ(緒川たまき)。不況の中、失業している夫は横暴だが、映画を観ているときだけ彼女は現実を忘れられるのだった。そんなある日、彼女が見つめる『月之輪半次郎捕物帖』のスクリーンから、彼女が大好きな俳優高木高助(妻夫木聡)が扮しているキャラクター「間坂寅蔵」(妻夫木聡の二役)が飛び出してくる。共に過ごす時間を楽しむうち、恋に落ちるハルコと「寅蔵」。一方、キャラクターを一人欠いた映画は大混乱、梟島にロケで滞在中だった高助も迷惑を被る。そして、「寅蔵」を探し始めた高助も、ハルコと出会い、恋に落ちる。役者と、彼が演じる架空のキャラクター、“二人”の間で揺れ動くハルコの選ぶ道とは――。
 「チーク・トゥ・チーク」や「私の青空」といった戦前の人気メロディがレトロなムードを盛り上げる中、繰り広げられるこの舞台。緒川たまきは、そのたおやかで古風なたたずまいが、夢見る少女の風情を残したヒロインにぴったり。どこか浮世離れした個性をたたえた彼女の好演が、この奇想天外なおとぎ話の成立を支えている。架空の方言を繰り出す様も実にチャーミング。うっとりとした表情、せつない表情、緒川の生き生きとしたさまざまな表情が強い印象を残す。妻夫木聡も、役者と、その役者が演じた架空のキャラクターという二役に扮して魅力を発揮する。とりわけ、スクリーンの時代劇からハルコに惚れて飛び出し、現実感をまったく持たない素直で素朴な言動で周囲を和ませる「寅蔵」役を演じて実に愛らしい。


撮影:御堂義乗

スクリーンから、キャラクターが飛び出す。舞台上の生身の役者の演技と、映像の中のキャラクターの演技とが絡み合って織り成す大混乱は抱腹絶倒もの。映像の中、ストーリーを進めずサボタージュするキャラクター達の姿に熱心に見入り、これを「傑作」と評する人物も現れるあたり、皮肉が利いている。
 ハルコが選ぶのは、「寅蔵」か、高助か――。主演俳優と実際に男女の関係をもってしまい、その男にあっけなく捨てられるハルコの妹ミチル(ともさかりえ)を登場させたことで、元となった映画『カイロの紫のバラ』より一層辛口な味わいとなったこの物語。人は、映画や舞台、ドラマといった虚構にいったい何を求め、これを観るのか。役者の演技を愛することは、いったいどのような階層において成立するものなのか――例えば、さきほど、この作品における妻夫木聡の演技について、「寅蔵」役の方により好ましさを表明したけれども、ある役者が演じる複数の役を比較してその役者の魅力を探るという行為自体に、この舞台において劇作家が客席に投げかける“罠”のような問いに引っかかっているのではないかと自問自答させられる。虚構なるものが現実にもたらす救いの陥穽を描いて、ビターな波紋を心に残す作品である。

文=藤本真由(舞台評論家)


撮影:御堂義乗

<公演概要>
7/12FRIDAY〜15MONDAY・HOLIDAY
世田谷パブリックシアター+KERA・MAP#009
舞台『キネマと恋人』
◎台本・演出/ケラリーノ・サンドロヴィッチ
◎出演/妻夫木聡、緒川たまき、ともさかりえ、他
◼️会場/名古屋市芸術創造センター
◼️開演/
7月12日(金)18:30、7月13日(土)・14日(日)13:00、18:00、7月15日(月・祝)13:00
◼️料金(税込)/全席指定¥8,500
◼️お問合せ/中京テレビ事業 TEL.052-588-4477(平日10:00〜17:00)
※未就学児入場不可
◎共催/名古屋市文化振興事業団(名古屋市芸術創造センター)


世界有数のコンテンポラリー・ダンス・カンパニーであるオランダのネザーランド・ダンス・シアターが、13年ぶりに待望の来日公演を行なう。今年創立60周年を迎える同カンパニーは、1970年代後半に世界的な振付家イリ・キリアンを芸術監督に迎え、キリアンをはじめ優れた振付家たちの作品を次々と踊って躍進を遂げた。メイン・カンパニーのNDTⅠ、若手が所属するNDTⅡの二つのカンパニーから成り、かつては40歳以上のダンサーで構成されるNDTⅢも存在。1990年の初来日以来、キリアン体制のもとで何度も来日を果たしており、現在芸術監督を務めるポール・ライトフットも、かつての来日公演にダンサーとして何度も参加してきた人物だ。日本人振付家・ダンサーを輩出してきたことでも知られ、首藤康之とのコラボレーション等で知られる中村恩恵、Kバレエカンパニーとコラボレーションも行なっている渡辺レイはNDTⅠの出身。日本で初めての劇場専属プロフェッショナル・ダンス・カンパニーであるNoism芸術監督の金森穣、森山未來とのコラボレーション等で知られる大植真太郎はNDTⅡの出身であり、現在は総勢44名中4名の日本人ダンサーが在籍している。


撮影/羽鳥直志


会見が行なわれたのは東京港区のオランダ王国大使公邸。冒頭あいさつに立ったアルト・ヤコビ駐日オランダ王国大使は、かつて中国の北京で大使を務めていた際にNDTの舞台を観劇した経験にふれ、「自分はセンチメンタルな人間ではないけれども、舞台の美しさに涙した。そのNDTの13年ぶりの来日公演が実現したことがうれしい」と思いを語った。
 会見には、芸術監督で専任振付家のポール・ライトフット、NDTⅠのダンサーで今回の来日公演で上演される『Shoot the Moon』でメイン・キャストを務める刈谷円香、愛知県芸術劇場シニア・プロデューサーの唐津絵理、そしてゲストとして、NDTⅠ出身の振付家・ダンサーである中村恩恵と小㞍健太が出席した。
 今回の来日公演のプロデューサーを務める唐津からは、今回は総勢50名の引越公演となり、装置も大がかりなプロダクションで、選び抜かれた4作品を上演することが発表された。そして映像によってその4作品が紹介された。『Shoot the Moon』は、ポール・ライトフットとアソシエイト・コリオグラファーであるソル・レオンの共同振付で、フィリップ・グラスによるきりきりと心を締め付けるような音楽が印象的な作品だ。『Woke up Blind』はアソシエイト・コリオグラファーであるマルコ・ゲッケの振付。アメリカのシンガーソングライター、ジェフ・バックリィの楽曲を使用しており、腕のムーヴメントに独特なものがある。『The Statement』も同じくアソシエイト・コリオグラファーのクリスタル・パイト振付作。テキストを読み上げる声が流れる中、シャツにパンツという姿の4名のダンサーたちが踊る。そして『Singulière Odyssée』もレオン&ライトフット作品。ダンス作品のためにオリジナルで作曲されたマックス・リヒターの美しい音楽が流れ、衣裳も魅力に富んでいる。


芸術監督のポール・ライトフット(撮影/羽鳥直志)

この後、ポール・ライトフット芸術監督が挨拶。13年前の来日公演には振付家として、その前の来日公演にはダンサーとして参加していた彼は、2011年にNDTの芸術監督に就任しており、今回が芸術監督として最初にして最後の来日公演となる(今シーズンで退任予定)。来日公演について「夢がかないました」と笑顔を浮かべる彼は、「かつて三年に一度くらい、ダンサーとして来日していて、そのとき、日本の観客がNDTを受け入れてくれていること、日本との芸術上の強い結びつきを感じていた」とのこと。「NDTは“進化”“変化”のダンス・カンパニーです。クラシックの伝統とモダンの伝統とを用い、過去に生きるのではなく今を生きる作品を上演してきました。創立60年で約800もの作品を初演してきていて、来日していなかった13年の間でも、さまざまな変化が生じている。その変化をぜひ観ていただきたい」と抱負を語った。
自作『Shoot the Moon』は、「ダンス・シアターというカンパニー名にふさわしい、バレエというより演劇的な作品を創りたい」との意図のもと振り付けた作品であるとか。三つの部屋が常に回転している舞台装置の中で、5人のダンサーが踊る。そして、観客からは見えない場所にカメラがあり、カメラが映している映像も観客に見えるようになっているという趣向が凝らされていて、「25分の上演時間の中で濃密な人間関係を知ることができる」作品とのこと。


©️Rahi Rezvani

アソシエイト・コリオグラファーのゲッケとパイトについては、「世界的にも有名な、重要な存在で、NDTではシーズン一作品ずつ新作を提供してもらっている。『Woke up Blind』と『The Statement』は同じ晩に共に初演されたという経緯があり、二つの完璧に異なる世界が続けて上演されることになる」とのこと。ゲッケについては、「非常にエキセントリックでセンシティブであるけれども、ユーモアと魅力をもった人物で、作品に温かみがある。スピード感と超絶技巧とを両立させ、ダンサーから感情を引き出す手腕がすごい」とその魅力を語った。ゲッケ作品が抽象的なら、続くパイト作品は「メッセージ性の強い作風」。パイトがカナダ人劇作家ジョナサン・ヤングと共に書き上げた短編戯曲が朗読され、4名のダンサーによる会議の場が描かれる作品について、「ダンサー自身は語らないけれども、“身体的叙述”が見られる、もっともユニークなダンス作品の一つ」と分析。パイトはカナダ・バンクーバー在住のため、送られた映像をもとにダンサーが踊り、その映像を再びパイトのもとに送るというプロセスを踏んでの振付となったとか。


©️Rahi Rezvani

締めくくりに上演される『Singulière Odyssée』もレオン&ライトフット作品だが、ライトフットがヨーロッパを旅していたとき、フランス、スイス、ドイツの電車が発着するスイスのバーゼルの駅に降り立ってインスピレーションを得たとのこと。「政治的な提起としてではないけれども、世界における“ムーヴメント”、すなわち、人の行き交い、難民や移動や移住を描きたかった」そう。ちなみにタイトルは“特別な旅”を表すフランス語だが、フランス語で名づけられたのは、NDTの重要メンバーであったフランス人ダンサー、ジェラール・ルメートルの死に捧げるものとして創作されたためとか(1990年代後半にNDTⅢが来日公演を行なった際、筆者は、重ねてきた人生の年輪が自然とにじみ出るようなパフォーマンスに心打たれたことが今でも非常に思い出深いのだが、そのダンサーこそジェラール・ルメートルであった)。


NDT1の日本人ダンサー 刈谷円香(撮影/羽鳥直志)

ここで、『Shoot the Moon』でメイン・キャストを務める刈谷円香が挨拶。NDTⅡで3年過ごした後、NDTⅠに昇格して2年目となる。「来日公演に参加するのが夢でした。作品には、黒のドレスの女性とピンクのドレスの女性、二人の女性が登場し、私は黒のドレスの女性を踊るのですが、私自身は、二人の女性の間には何かしら関係性があるようにとらえて表現しています。5名のダンサーの感情、男女の関係性が強く出ていて、ご覧になった方がそれぞれの思いで理解できる作品だと思います」とその魅力を語った。なお、今回の来日公演には刈谷のほか、高浦幸乃、飯田利奈子と3名の日本人ダンサーが出演予定である。
 最後に、かつてNDTに所属し、卒業後も幅広く活躍する中村恩恵と小㞍健太が来日公演に向けてエールを送った。中村は最近NDTの公演を改めて観る機会があった際、「若い人たちがたくさん観に行っていて、帰りのバスで舞台について活発な議論が起きていた。すごく知的好奇心をかきたてるダンス・カンパニーであり続けているのだと思った」とその印象を。「自分の国で踊るのは特別なことですから、踊りたかったですね」と率直な思いを語った小㞍は、「NDTは男性の方が多くキャスティングされる作品が多いけれども、そんな中で、Ⅱで生き抜いて見事Ⅰへと入るのは非常にタフなこと」と後輩ダンサーたちを称賛し、「どの時代も、NDTのダンサーたちは輝いていて、全力で踊ることを全うしている」と、来日公演にますます期待を抱かせる温かな言葉を送っていた。

取材・文=藤本真由(舞台評論家)


©️Rahi Rezvani

<公演情報>
6/28FRIDAY・29SATURDAY【チケット発売中】
ネザーランド・ダンス・シアター
◼️会場/愛知県芸術劇場大ホール
◼️開演/各日14:00
◼️料金(税込)/
S¥12,000 A¥9,000(U25¥4,500) B¥6,000(U25¥3,000) C¥4,000(U25¥2,000)
◼️お問合せ/愛知県芸術劇場 TEL.052-971-5609
※4歳以下入場不可※U25は公演日に25歳以下対象(要証明書)
※託児サービスあり(対象:万1歳以上の未就学児・有料・要予約)
※やむを得ない事情により内容、出演者が変更になる場合があります
※6/28(土)公演のS席は学校団体鑑賞が入るため販売がありません


東京・渋谷の旧パルコ劇場の最後を飾った蓬莱竜太の書き下ろし作品『母と惑星について、および自転する女たちの記録』が、新キャストを迎えて3年ぶりに再演されている(現在、全国公演中)。蓬莱は初演時、本作で第20回鶴屋南北戯曲賞を受賞。新国立劇場に昨年書き下ろした『消えていくなら朝』のプロダクションが第6回ハヤカワ「悲劇喜劇」賞を受賞、また、2008年に新国立劇場で初演され、岸田國士戯曲賞を受賞した『まほろば』が4月上旬から新キャスト新演出で再々演されているなど、日本舞台芸術界においてますます注目を集める劇作家である。初演時と同じく演出を手がける栗山民也も、第26回読売演劇大賞及び最優秀演出家賞を受賞したばかりだ。


奔放な母が死に、残された三姉妹は、母が憧れていたトルコのイスタンブールへと遺骨と共に旅に出る。それぞれに人生の岐路に立つ三姉妹に、母との思い出がフラッシュバックする――。長女を演じる田畑智子、次女を演じる鈴木杏(初演の際、この作品で第24回読売演劇大賞の最優秀女優賞を受賞)の二人に、三女を演じる芳根京子、母を演じるキムラ緑子の新キャストが加わっての上演となったが、二人入れ替わるだけで初演と雰囲気ががらり変わったことに驚かされた。この作品における“母”が体現する女の業がいささか重く感じられた初演に対し、再演の舞台は笑える場面も多く、軽やかに弾む感がある。その一つの要因として、キムラ緑子がキャスティングされたことが挙げられるだろう。今回、観劇前に戯曲を読み返す機会があったが、宛て書きではないにもかかわらず、キムラの演技が思い浮かぶようだった。そのキャスティングの妙が事前の想像以上にピタリとはまり、男と酒に振り回され、子供たちにときにつらく当たりながら生きる一人の人間の、母としての、女としての不器用な生き様が、滑稽味とせつなさの絶妙なバランスの上に描き出されることとなった。爆笑してしまったのが、ちゃぶ台を挟んで座り、次女の恋愛相談に乗りながら、自分のかかとのひび割れを次々と剥いて灰皿に入れるシーン。娘の前とはいえ、一切のはばかりのない雑な仕草が、その人間性を生き生きと浮かび上がらせていた。


それぞれに母から受け継いだもの――受け継いだかに思うもの――に悩み、そこから人生の一歩を踏み出そうとあがく三姉妹。田畑智子は、しっかり者のようでいて実は相反するものを抱えた長女役として、観る者に愛おしさを感じさせる演技。鈴木杏も、奔放そうでいて保守的なところもある次女役の複雑な内面を演じて共感を誘う。そして、舞台経験も豊富な三人のキャストに、これが舞台二作目となる芳根京子が、朝ドラ(NHK連続テレビ小説)ヒロインの誇りをもって、まっすぐ素直に立ち向かう様が頼もしい――芳根扮する演じる三女が下す決断こそ、この惑星における人間の生の営みを続かせてきたものに他ならない。小気味よい四人の掛け合いに聞き入るうち、観る者もまた、自らの人生を振り返らずにはいられない、そんな良質の舞台である。
(3月13日13時半、紀伊國屋ホールにて観劇)

文=藤本真由(舞台評論家)

4/20SATURDAY・4/21SUNDAY 【チケット発売中】
パルコプロデュース 2019
「母と惑星について、および自転する女たちの記録」
◎演出:栗山民也 作: 蓬莱竜太
◎出演:芳根京子 鈴木杏 田畑智子・キムラ緑子
■会場/穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール(豊橋駅直結)
■開演/4/20(土)17:00 4/21(金)13:00
■料金(税込)/全席指定¥7,500
        U-25¥4,000(観劇時25歳以下対象、当日指定席券引換 要身分証明書
        チケットぴあ、プラットチケットセンターにて前売り販売のみの取り扱い)
■お問合せ/サンライズプロモーション東京 
      TEL.0570-00-3337(全日 10:00~


2012年に初演され、フランス演劇界最高の賞であるモリエール賞で最優秀演劇作品賞を含む3部門を受賞し、ニューヨーク・ブロードウェイをはじめ世界中で上演されるヒット作となった『Le Père 父』。初演バージョンも手がけたラディスラス・ショラーが演出を担当しての日本初演版が名古屋で3/9(土)・10(日)に上演される。


 白を基調としたスタイリッシュな空間(舞台美術はエマニュエル・ロワ)で、アンドレ(橋爪功)は娘のアンヌ(若村麻由美)と向き合っている。80歳であるアンドレには認知症の症状が出てきているのだが、本人にその自覚はなく、看護師を追い出してしまったばかり。そんな父を娘は深く憂慮している。次の場。アンドレは、自分のアパルトマン――と、彼が思っている場所――に、ピエールと名乗る見知らぬ男(吉見一豊)がいることにまずは驚き、さらに、見知らぬ女(壮一帆)がアンヌと称して姿を現したことに愕然とする。アンドレの病はアンヌとピエール(今井朋彦)の同棲生活にも暗い影を落としており、アンヌは父を引き取って看護師ローラ(太田緑ロランス)を雇い入れるのだが――。観客はすなわち、作品を通じて、物忘れの症状が出始めたアンドレの世界を、彼の視点を通じて体験することとなる。展開される場面の時系列が飛び、この話とあの話、どちらが先でどちらが後? 、この人は実は誰? と、観ながら次第に混乱に陥ってくるのも、アンドレの境遇をそのまま味わえるようにとの作品の巧みな仕掛けゆえである。
 と記せば難解な舞台のように思われるかもしれないが、そんなことは一切ない。それも、アンドレに扮する橋爪の演技が、迫真を超えたところに成立しており、彼の演技を通じて、観客は実に自然に作品世界に引き込まれていくからである――観劇しながら、…これはドキュメンタリーではない、芝居なのだ…と、何度も確認を重ねたほどに。作中、アンドレは「チャーミング」と語られるが、その言葉通り、橋爪扮するアンドレは実にチャーミングである――この男は娘に捨てられたのだと、物忘れゆえ早合点し、見知らぬ男に同情交じりのほくそ笑みを見せる際のニヤッとした表情や、魅力的なローラに対し、自分はダンサーであったと罪のない嘘をつき、タップダンスを踏んでみせる際のしぐさ等、実に自然で生き生きとした魅力に満ちている。そのアンドレが、物忘れゆえ、自分と周囲との認識のズレに悩み、次第に絶望的な状況に追い込まれていく様はサスペンスフルですらある――シーンごとに少しずつ動かされる舞台美術と、服部基のシャープな照明が、その恐怖をさらに深めていく。


認識のズレ。それは何も、認知症の人間とその人物を取り巻く周囲だけに起こり得るものではない。長年一緒に過ごしてきた夫婦なり恋人なり友人なりがいて、向かい合うその二人が、ある出来事について共通認識を抱いていなかったということに、ある日いきなり気づくということもあり得る――例えば、夫にとっては幸せの象徴だと思えていた出来事が、妻にとっては逆に、不幸と思えているケースもあるだろう。その認識のズレ及びその発覚は、二人の関係性に当然大きな影響を及ぼさずにはおかない。作中、アンドレやアンヌが経験するのは、認知症という病ゆえの苦しみではあるが、人がいかに記憶というものに支えられ、それに頼って生きているか、そしてその記憶に対する認識のズレが、生きていく上で人にいかに大きな絶望を与え得るかについても、作品は問いかけてくるかのようだ。劇中、アンヌの妹エリーズの不在が何度も言及される。アンヌが彼女にはもう会えないと涙を流し、その際、アンドレが、その理由こそ病ゆえに理解しないながらも、アンヌの哀しみの感情だけは理解し、彼女の頬にそっと手を添えるシーンは、美しい哀感をもって観る者の心に迫る。
 アンヌに扮した若村は、父を深く思いやりながらもその病状ゆえに苦悩する娘の役どころを、真面目でまっすぐな演技で造形しており、この作品がこれまでの上演で現代版『リア王』と評されてきたこともなるほどと納得させる。ピエールを演じる今井は、アンヌ若村と交わすちょっとした目配せだけで、アンドレが周囲にかける迷惑行為が幾度となく繰り返されてきたことを暗示させる。ローラ役の太田も、よく動く大きな瞳で、アンドレと接する上での困惑をありありと表現してみせる。そして、フレデリック・ノレルの音楽が、ある種の懐かしさをもって作品世界を包み込む。

文=藤本真由(舞台評論家)

<公演概要>
3/9 SATURDAY・3/10 SUNDAY【チケット発売中】
「Le Père 父」
◎演出:ラディスラス・ショラー 作:フロリアン・ゼレール 
◎出演:橋爪功、若村麻由美、壮一帆、太田緑ロランス、吉見一豊、今井朋彦 ほか
■会場/ウインクあいち 大ホール(名古屋駅・ミッドランドスクエア東隣)
■開演/3/9(土)18:00 3/10(金)14:00
■料金(税込)/全席指定¥8,000
■お問合せ/中京テレビ事業 TEL:052-588-4477(平日10:00~18:00)
※未就学児入場不可


20世紀アメリカを代表する劇作家アーサー・ミラーの名作に、長塚圭史が挑む『セールスマンの死』。綿密に練り上げられた戯曲に、彼は精巧緻密な演出を施し、キャストから秀逸な演技を引き出して、作品の上演史に豊かな実りをもたらす成果を上げている。本年、日本において上演された作品の中で、十本の指に入る素晴らしい舞台である。(11月14日19時の部、KAAT神奈川芸術劇場ホールにて観劇)


(あらすじ)
かつて敏腕で鳴らしたセールスマン、ウィリー・ローマン(風間杜夫)ももう63歳。得意先の知り合いは引退し、今はうだつが上がらず歩合給のみで働く有様だ。妻リンダ(片平なぎさ)も老いは隠せず、二人は未だ家や電気製品のローンに追われ、長男ビフ(山内圭哉)は30歳を過ぎて決まった住所も定職もなく、次男ハッピー(菅原永二)は結婚を考えながらも次々と違った女に手を出す女たらし。意識が混濁し、あたりかまわず独り言を吐き散らすウィリーの脳裏には、自分や息子たちの未来について明るい希望を夢見ていられた幸せな日々の記憶や、未知なる世界で成功をおさめた伯父ベン(村田雄浩)になぜ自分もついていかなかったのかという悔恨等、さまざまな思いがフラッシュバックする。彼が最終的に選んだ道とは――。



戯曲として接する際には、片仮名の人物名や地名、製品名もあって、これは遠い時代のアメリカの話であると、どこか距離を保って読むこともできる。だが、風間ウィリーが居丈高にまくし始めたその瞬間、――これは世界中、どこにでもありうるような父と子の物語なのだと、今の日本に生きる自分にとってのその切実さに、胸を締めつけられる思いがする。子供に期待を抱く父。その期待に応えたくて、背きたくて、抗う子供。ウィリーの中に自らの父を、ビフやハッピーの中に自らを見る観客は、決して少なくないことだろう。
ウィリーがいったい生涯かけて何をセールスしてきたのか、それは劇中では決して明かされることはない――彼は、自分自身を、自分自身の人生の時間を、セールスしていたのだと考えることも可能である。口八丁手八丁に、“売り物”についての美辞麗句を並べ立て、売りつける。そのやり方に、ついに限界がやって来た。ウィリー自身に限界が来た。精神的に、肉体的に。もはや彼は、高く“売る”ために自分自身を取り繕うことすらできない。その嘘偽りに薄々気づいてきたのが、長男ビフである。父は、立派な社会人、立派な男、立派な父を“演じて”いたに過ぎず、その父に期待を寄せられて育った自分もまた、父が“演じ”ようとしてきたそのような者には決してなり得ないのだと、ビフは考える。そして、実に果敢にも、自らが気づいたその厳然たる真実を、父にも、家族にも知らしめようと、あらん限りの力をふり絞って闘う。愛ゆえに――たとえ、立派であろうがなかろうが、息子にとって、父は父である――。人生を賭けてきた自らの“演技”を息子に見破られ、ウィリーが下す決断。そこに何を感じるかは、観る者それぞれの心に委ねられている。だが、決していわゆるハッピーエンドではない物語ながら、この舞台の結末にはどこか、一条の希望の光が差し込む。長年心の奥底にずっと淀んでいた重荷をきれいさっぱり拭い去った者だけに許された痛切な爽快感が、そこにはある。どんな残酷な真実であれ、それに向かい合うことは、その真実に決して向き合わずに生き続けることが招く残酷な結果よりも、救いがある。そう、教えられる。


3時間を超える舞台ながら、キャストの演技、セリフの間、応酬のタイミング等、寸分の隙もない。風間ウィリーは感情の振り幅の実に激しいこの役に扮して、役柄に不可欠なチャーミングさと、現実に向き合おうとしない男の哀しさ、やるせなさ、傲慢と卑屈さとを、等身大の演技で提示する。――息子に愛されている!――と知った瞬間の晴れやかな表情が、その後、彼が下そうとしている重大な決断との対比で、心に深く残る。真実に敢然と向き合ったが故、そんな風間ウィリーと人間として真っ向勝負をすることとなるビフ役の山内圭哉はもともと優れた役者だが、彼のキャリアにおいてハイライトともいえる名演を見せる。ちゃらんぽらんな次男のハッピー役としてこれまたきりりと引き締まった演技を見せる菅原永二共々、こうした人材を育ってきていることが、日本の小劇場演劇の成熟の一つのありようを示している。片平なぎさの、実に地に足の着いた演技も、抑えた中にあふれる魅力を感じさせる。成功者であるウィリーの兄弟チャーリー役の大谷亮介、ベン役の村田雄浩の好演も忘れ難い。

文=藤本真由(舞台評論家)
撮影:細野晋司

<公演概要>
11/29 THURSDAY・11/30 SFRIDAY【チケット発売中】
「セールスマンの死」
◎演出:長塚圭史 作:アーサー・ミラー 
◎出演:風間杜夫、片平なぎさ、山内圭哉、菅原永二、伊達暁、加藤啓、大谷亮介、村田雄浩 ほか
■会場/東海市芸術劇場大ホール
■開演/11/29(木)19:00 11/30(金)13:00
■料金(税込)/全席指定¥9,000 U-25チケット ¥4,500
※U-25チケットはメ〜チケ(052-308-5222)にて前売りのみ取り扱い。(観劇時25歳以下対象・座席数限定・当日指定券引換、要本人確認書類)
■お問合せ/メ〜テレ事業 TEL:052-331-9966(平日11:00~18:00)
※未就学児入場不可