今年2020年で結成38年を迎える日本を代表するパンクバンド<the原爆オナニーズ>。キャリア初となるドキュメンタリー映画を、2017年にアンダーグラウンドレーベルLess Than TVに肉薄したドキュメンタリー映画『MOTHER FUCKER』で映画監督デビューを果たした大石規湖(おおいし のりこ)監督がデビュー2作目として完成させた。今回、9月18日(金)に、映画『JUST ANOTHER』の公開を記念して<the原爆オナニーズ>の本拠地でもあり、本作でも大きくフィーチャーされている“今池祭り”の開催地にある名古屋シネマテークで、どこよりも早い先行上映が行われ、上映後に<the原爆オナニーズ>と大石規湖監督が舞台挨拶に登壇した。その舞台挨拶の模様をレポート!

あいにくの曇天模様となった名古屋市千種区今池。日本でも指折りの<the原爆オナニーズ>と同じ38年の歴史を持つミニシアター、名古屋シネマテークには平日にもかかわらず朝から長蛇の列が出来た。並ぶ人々のお目当ては、今夜20時より上映される地元が誇るパンクバンド<the原爆オナニーズ>キャリア初となるドキュメンタリー映画『JUST ANOTHER』の舞台挨拶付き世界最速上映のチケット。ただでさえ小さな映画館なのに、コロナ禍の感染予防対策として減席での販売となるため、さながらプレミアムチケット争奪戦の様相。中には仕事を休んで来た人、他県からGO TOした人もいて、チケットは午前中で完売となった。本来であれば、例年この時期には街を上げての“今池祭り”が開催され、一年の中で一番の盛り上がりとなるはずだったのだが、今年はコロナ禍で中止。ならば“今池祭り”をフィーチャーしたこの映画で盛り上がろうと、商店街のいたるところに映画のポスターに“今池ハードコアは死なず”の言葉を加えたオリジナルポスターが貼り巡らされていた。

舞台挨拶でのthe 原爆オナニーズのメンバーと大石規湖監督
明るくなった劇場に司会者が入り舞台挨拶がスタート!大石規湖監督、<the原爆オナニーズ>のTAYLOW、EDDIE、JOHNNY、SHINOBUの順で呼ばれると再び大きな拍手が沸き上がった。まずはそれぞれのオープニング挨拶の後、大石監督が「今池祭りがあっての映画なのでコロナ禍で今年の祭りが中止になって本当に残念です。本当は今池祭りに参加してからこの映画を観るという流れにして頂きたかったので、来年の祭りが楽しみです」とコメント!TAYLOWが「大石監督から最初に話しをもらった時には、最後までやり遂げられるのかな?と思ったけど、良くぞ完成させてくれた!」と監督をねぎらうと、EDDIEからも「良い感じにまとめてくれてありがとう。」の言葉が、また予告編の中で波乱万丈のないバンドと語っていたJOHNNYからは「監督が良いと思ってくれればなんでもご自由に撮ってくださいと思っていたけど。完成した映画を観て、『こう来たかと!』思いました」と感想をコメントした。またSHINOBUからは「自分自身を観るのが恥ずかしい」と照れくさそうに話し、場内は笑いに包まれた。

大石規湖監督
また大石監督は「最後までメンバーの誰も本当に映画になると信じてくれていなかったことが一番やり辛かった」と、恨み節をここぞとばかりに炸裂し笑いを誘う。映画の中心が次第にSHINOBUにシフトしていくことについては「一番年齢的にも立場的にも自分に近いSHINOBUさんの視点を通すことでバンドを上手く伝えられるのではないかと思いました」と監督が話すと、SHINOBUからは「監督と一番親しいのは僕です!」との宣言が。また今年中止になった今池祭りについてTAYLOWが「唯一の豊田市民である自分はお邪魔している感じですが、子どものダイブを大人が支えたり、誰もが楽しめる他に類をみないイベントだと思います」とコメントすると、大石監督が「海外のヴェニューの雰囲気の様な分け隔てが無い老若男女が楽しめる日本では特異なイベントだけど、今池では音楽が生活にあること感じる輝かしいイベントだと思います」と同調。TAYLOWも「日常の中に音楽があることが感じられるんです」とコメントした。舞台挨拶は暖かい野次も飛ぶ終始和やかな雰囲気で進行した。最後に監督からは「映画をご覧いただいて気に入っても、気に入らなくても、どんな言葉でも良いのでSNS等でリアクションが欲しいです!」とコメッセージが届けられた。TAYLOWからは「1人10回は観て下さい!」と、観客へリクエストが投げかけられ、そしてJOHNNYからは「来年の今池祭りまで上映が続くように何度も劇場に来て下さい」と念押し!舞台挨拶は大きな拍手で終了した。10月24日(土)より新宿K’s cinema、10月31日(土)より名古屋シネマテークでのロードショーに大きな弾みとなる先行上映となった。

これまで語られる事のなかった<the原爆オナニーズ>のバンド内部の真実が、本人たちによって静かに語られていく。なぜ彼らが40年にわたりパンクロックを続けられるのか?その理由が感じ取れるはずだ。このドキュメンタリーは全てのバンドマンに活動し続けるヒントを圧倒的なパワーで届けるだけでなく、未曾有のコロナ禍の中で日常を奪い去られても生きていかなくてはならない我々に、それでもやり続ける力を与えてくれるに違いない。
Report&Text/川本朗(CINEMA CONNECTION)
名古屋シネマテーク他、全国で順次公開中
映画『JUST ANOTHER』
■企画・制作・撮影・編集・監督/大石規湖
■出演/the原爆オナニーズ <TAYLOW、EDDIE、JOHNNY、SHINOBU>、
JOJO広重、DJ ISHIKAWA、森田裕、黒崎栄介、リンコ 他
■ライブ出演/eastern youth、GAUZE、GASOLINE、Killerpass、THE GUAYS、横山健
■配給/SPACE SHOWER FILMS
2020年09月15日 <会見レポート!>映画「喜劇 愛妻物語」濱田岳・水川あさみ

「百円の恋」で日本アカデミー賞を受賞した名脚本家・足立紳が、自伝的小説を自ら脚色したのが監督第二作目となる「喜劇 愛妻物語」だ。稼ぎがほぼゼロの夫・豪太は、家計や子育てに追われていつも不機嫌な妻・チカと隙あらばセックスに持ち込もうとする。人生の世知辛い部分、明け透けな夫婦関係をユーモラスに赤裸々に描いている。今回はこの夫婦役を演じた濱田岳と水川あさみという、今絶好調の二人の会見レポートをお届けします。
―この夫婦像をどう捉えたか?
濱田 ある夫婦の物語として台本を読んだときには、「かなりパンチのある夫婦だな」って思ったのが最初の印象です。ただ、水川さんと日々この夫婦をやっていく上で変化していったのは、なんか決して不幸な二人ではないというか。これだけ毎日けんかを繰り返していても、もう次の瞬間、離婚届を出しに行くような夫婦には思えない。ともすると、こういう夫婦が不幸だと決めつけるのはちょっと違う価値観だなと思って。この二人は二人にしかわからない夫婦っていうのが成立しているような気がしています。
―足立監督の体験がベースとなった物語を演じる
水川:この作品への出演が決まって監督と最初にお会いしたときに、「僕たち夫婦がモデルになってはいますが、別に僕や奥さんを演じてほしいわけではない」ということは言われました。「脚本の中にある豪太とチカであってほしい」っていうことですね。でも監督と奥様が実際に二人で掛け合いをしながら作っているので、脚本が本当に素晴らしいんです。だからそれを信頼して演じられました。あと家でのシーンを、足立監督のご自宅で撮っているので、ロケのときに奥様にお会いしたんです。豪太とチカの片鱗を垣間見るっていう面白さを味わいました。
―仕事がうまくいかずもがいている一方、隙あらば妻とセックスに持ち込もうとする豪太
濱田 妻とイチャイチャしたいっていうのを、冒頭のナレーションからもうすべてあけすけに説明している男なんですよ。だから仕事よりそっちが一歩抜きん出ている感じですかね。(笑)。もうチカちゃんに朝から晩まで叱られてるから、仕事をどうにかしよう。チカちゃんにモテたいから働くというか。なんかそっちな気がしますね、残念ながら(笑)。
―印象に残った演出、シーン。
濱田 僕の中で一番衝撃的なディレクションだったのは最後の、もう家族がバラバラになるかもしれないという長回しのシーンで、「と、泣く豪太」みたいなト書きが書いてあって。「ここで泣くんですか?なぜ泣いているんですか?」と、監督に涙の意味を聞きに行ったんです。そしたら「この危機的状況をうやむやにしようとしています」って言われて。こんな衝撃的なディレクションはなかったですね。もう言葉を失いました(笑)。でも、そのうやむやにしようとしているっていうのがまさに豪太らしくて、何より分かりやすい。やっぱり自分で書いた人でしか説明できない、強力なワードだなと思いましたね。
―ダメな夫に対するチカの気持ち
水川:チカの豪太に対する根本的な気持ちは、きっと若い時に出会ってから変わってないんですよね。彼の脚本を書く才能や、自分の持っていないものをもっているっていうところをすごく尊敬しているし。昔の回想シーンでは、むしろチカが豪太のことをすごく好きっていうような感じで描いているんですが、夫婦になってからも根本的には心にそれがずっとあったと思うんです。だけど、ここだけは頑張ってくれれば別に他のことはどうでもいいのに、そこすら頑張らない。だから腹が立つわけですよね。最後に起こる危機的状況でさえ豪太に丸め込まれて。その豪太の生き抜く図太さ自体に、もう丸め込まれているんだと思います。見えない様な細かい信頼関係がいっぱい二人に張り巡らされているんだろうなと。だから離婚することは絶対にないなと思う、この二人は。

9/11FRI〜
[ミッドランドスクエア シネマ他、全国ロードショー]
映画「喜劇 愛妻物語」
■脚本・監督/足立紳
■原作/足立紳「喜劇 愛妻物語」(幻冬舎文庫)
■出演/濱田岳 水川あさみ 新津ちせ 他
■製作/「喜劇 愛妻物語」製作委員会
■制作プロダクション/AOI Pro
■配給/キュー・テック バンダイナムコアーツ
2020年08月05日 <公演レポート!>岐阜・サラマンカホールで観客100名限定&同時ライブ配信コンサート開催!
岐阜市のサラマンカホールで7/31(金)に「100人de名演」の第2回公演が開催された。このコンサートは観客を100名に限定し予め先着にて申し込みを募り、さらに動画配信サイトYouTubeにてライブ配信もされるという企画。7/17に開催された第1回公演は、同ホールで約4ヶ月半ぶりのコンサートとなった。この第2回公演ではピアニスト梅田智也さんが出演し、ホールの観客100名とオンラインでの視聴者が演奏を楽しんだ。

梅田さんは岐阜県可児郡出身、東京芸術大学大学院修士課程を首席で修了しウィーン国立音楽大学に留学。2018年の第10回浜松国際ピアノコンクールでは日本人作品最優秀演奏賞を受賞という堂々たるキャリアの持ち主。今回のプログラムテーマは「祈り」。サラマンカホールの象徴でもあるパイプオルガンに敬意を払うかのようなバッハから始まり、シューベルト、最後はワーグナーの楽劇<トリスタンとイゾルデ>から「イゾルテの愛の死」。梅田さんがこれまでに大切に弾いてきた曲ばかりだという。梅田さん自身、観客の前で演奏するホールコンサートは5ヶ月半振りだったとのこと。緊急事態宣言が明けた直後には、サラマンカホールが同ホールのステージでの演奏を配信する企画「デジタル・サラマンカホール」で、いち早く無観客演奏を配信した。今回の「100人de名演」のライブ配信もその一環となる。梅田さんは「練習でもそうなんですが、いつもお客様が目の前にいると思って演奏しているんです。いい曲をなるべく多くの方に伝えたい。だから配信で沢山の方に聴いて頂けて嬉しく思います。」と話し、音楽配信でのやり甲斐を感じている。

「100人de名演」は、現在コンサート開催について様々な制約がある中で若手音楽家に演奏するチャンスを提供すること、そしてその様子をライブ配信することによってより多くの人々に視聴してもらうという狙いがある。第1回公演のYouTubeでの視聴回数は2,000回を超えている。普段コンサートによく出向く人たちへのフォローとなっているのはもちろんだが、今までコンサートに足を運んだことがない方やどうしても会場に行けない方にとって、このライブ配信はコンサート気分を味わう絶好の機会となっているようだ。そしてこの配信には「ホールの音を届けたい」「最高の音質で届けたい」という二つのこだわりがある。「サラマンカホールは、今まで数々のレコーディングが行われるほど日本有数の音響の良さを誇ります。この環境を最大限利用するのが、ホールの使命だと考えています。音楽配信での弱点は音質です。ホールならではの臨場感や音の奥行きを味わって頂きたいです。」と嘉根支配人は言う。その音質を作り出しているのが、世界的な音響のスペシャリストでご自身も音楽活動をされるオノセイゲンさん。オノさんは2016年に同ホールで開催された清水靖晃さんのコンサートに立ち会った時に、ホールの音響の良さに魅了された。それをきっかけに交流が始まり、「デジタル・サラマンカホール」の音響にも携わっている。「デジタル・サラマンカホール」では現在、6月から始まった同ホールでの無観客演奏と「100人de名演」の動画が配信されている。
「100人de名演」は全6回で次回は8/7(金)に開催予定。9/11(金)まで公演は続くが、各回の申し込み受付はすでに終了している。
<公演情報>
8/7 FRIDAY 〜9/11 FRIDAY【受付終了 ライブ配信あり】
「100人de名演」
◼︎会場/サラマンカホール
◼︎開演/12:00
◼︎料金/お申込み先着100名様無料ご招待(受付終了)
◼︎お問合せ/サラマンカホールチケットセンター 058-277-1110
※これからの公演予定
8/7(金)第3回 サラマンカホール・レジデント・カルテット、8/21(金)第4回 宇野由樹子(ヴァイオリン)、9/4(金)第5回 小川加恵(フォルテピアノ)、9/11(金)第6回 中野振一郎(チェンバロ)
※同日同時刻にYouTubeよりライブ配信いたします。以下のリンクよりご覧ください。
https://www.youtube.com/channel/UCOTVt9wDpBfz7tXlDe9jhPA
2020年07月22日 〈観劇レポート!〉 勅使川原三郎 芸術監督就任記念シリーズ「白痴」

世界的アーティスト、勅使川原三郎の芸術監督就任記念シリーズが愛知県芸術劇場でついに開幕!
勅使川原三郎が愛知県芸術劇場初の芸術監督に就任。その発表以来初めて同劇場のステージに登場した。就任記念事業シリーズの第1弾はドストエフスキーの小説を原作とするデュオ・ダンス「白痴」。2016年に東京で初演以降、フランスやイギリス、イタリア、さらにドストエフスキーの母国ロシアでも絶賛されてきた近年の代表作だ。勅使川原は絶大な信頼を寄せるダンサー・佐東利穂子をパートナーに、主人公のムイシュキン公爵と彼が恋する美女ナスターシャの姿を浮かび上がらせる。それは同時に、人類普遍の営みにも見えてきて……。今回はそんな「白痴」の公演レポートをお届けする。それは東海地方の舞台芸術がコロナ禍と向き合い、再び歩み始めたことを象徴する大きな一歩ともなった。
まず序盤、今まで観てきた、あるいはイメージとして持っていた勅使川原作品と異なる印象に驚かされる。そこにはシャープ、スタイリッシュ、無機質といった感触はなく、ムイシュキン役に当たる勅使川原は、激しく踊るより繊細なマイムで目を引く。音楽はクラシカルで、優雅だったり劇的だったり。徐々に展開されるステップや手の動きも、どこか古典的に映る。決して原作の筋をなぞっているわけではないのに、物語性やドラマ性が強くうかがわれ、勅使川原作品で感じたことのない生々しい人間臭さが新鮮だった。
そこに高揚感たっぷりのワルツ=円舞曲が流れると、付かず離れずのムイシュキンとナスターシャの愛の葛藤も高まりを見せるが、複数の音楽が重なったり、人間の笑い声やセリフがかぶさっていくにつれ、動きも変化。やがて現代的なビートや旋律、ノイジーな音があふれるに至って、キレキレの振付が飛び出し、観客を圧倒する。しかし、それも束の間。音楽は再び古典的な調子に戻っていく。そこで、この作品はムイシュキンとナスターシャの愛の顛末を体現しながら、私たち人類が何度も何度も繰り返してきた営み、人間の〈生〉の哀しみを表しているのではないかと思い知らされる。
音楽の趣向が冴える一方、照明が示唆することも様々に考えさせられた。ムイシュキンは冒頭、暗闇の中に浮かび上がる狭い光の世界に現れ、悶絶していた。原作の彼は精神療養所にいた人物だが、ナスターシャは誰よりも早く彼の純粋さに気づく。では、ムイシュキンの精神の病みとは何なのだろう。そう考えていくと、彼が身に着けていたジャケットを脱ぐシーン、そのジャケットを踏みつけるシーンが意味深長だ。ジャケットは社会性の象徴で、そこに人間性というものもあるとして、それに囚われないムイシュキンの純粋性は、この世界では病と判断されるのかもしれない。ナスターシャを追いかけようとしても、照明の外の暗闇に踏み出せないムイシュキン。無垢で真っ白ゆえの苦悩が切ない。
終幕間近、ムイシュキンがもう一度ジャケットを着てみようとすると、ネズミがそれを奪い、走り去る。ネズミは、何か悪いものを運んでくる存在か? コロナ禍に見るといっそう不気味に感じてしまうが、それほどに勅使川原の「白痴」は時代時代で観客の心を揺さぶる作品として上演が繰り返されていくに違いない。なお、勅使川原が3月から5月までに描いた貴重なドローイングの展示も同時開催。東海地方の舞台芸術が息を吹き返しつつあるおり、全国トップクラスの文化施設である愛知県芸術劇場から真に国際水準の作品を発信できたことで、当地の活動に弾みがつくことを祈りたい。
◎Text/小島祐未子 ◎Photo/羽鳥直志
<公演情報>
7/17 FRIDAY~7/19 SUNDAY
勅使川原三郎芸術監督就任記念事業シリーズ「白痴」
構成・照明・衣装・選曲:勅使川原三郎
出演:勅使川原三郎、佐東利穂子
■会場/愛知県芸術劇場小ホール
2020年01月28日 <舞台挨拶レポート!>映画『his』 宮沢氷魚さん、藤原季節さん

映画「his」が1/24(金)に公開になりました。
今回は、主演の宮沢氷魚と藤原季節が登壇した名古屋舞台挨拶をレポートします。
映画「his」は、1/17(金)に公開された田中圭主演の映画「mellow」に続き、今泉力哉監督の2週連続の公開作。“恋愛映画の旗手”とも呼ばれ、「パンとバスと2度目のハツコイ」「愛がなんだ」「アイネクライネナハトムジーク」など、きめ細やかな恋愛描写で定評のある今泉監督が今回描くのは、男性同士の恋愛。
メ~テレで2019年4月から放送された連続ドラマ「his~恋するつもりなんてなかった~」を前日譚に、大人になった主人公・井川迅を宮沢氷魚が、日比野渚を藤原季節が演じる。入り口はLGBTQをテーマにした恋愛映画だが、観終わった時の印象はかなり違う。
宮沢:違いますね。僕たちの人生に関わってくれている人間すべての物語です。やはり人間一人では生きていけない。どんなに自分をよく見せて、一人でも生きていけるって信じ込んだとしても、他の人の力で自分の人生も進んでいくんだなと思ったし、今回は迅にとっては渚や空(渚の娘)であって、皆に支えられて生きているんだなと思いました。
迅は、ゲイであることを周りに知られないように、東京の会社を辞め、岐阜県白川町に移住し自給自足の生活をしている。そんな迅の前に、8年前に突然別れを告げ去っていった渚が6歳の娘・空を連れ現れるところから物語は始まる。この役を演じるのに二人は全く迷いはなかったという。
宮沢:プレッシャーはありましたし、映画初主演というのもあり、色んな意味で重圧を感じていたんですけど、それに勝る、この作品に参加できる喜びだったり、この時代に出来るという喜びがプレッシャーを全部打ち消してくれて、前向きに取り組むことができました。
藤原:自分が無知だったということもあると思う。今になってこの時の自分の価値観がいかに一方通行なものであったかと考えると心が痛いです。今でも葛藤しています。僕も氷魚くんも世間のニュースやテレビの色んな言葉に敏感になって、もしこの言葉を聞いたら迅は傷つくだろうなとか、センサーを自分の中で持つことができるようになった。そこは一歩成長したかな。100%理解できない自分を責めるのではなく、自分が26年間で培ってきた当たり前という価値観や自分のことも受け入れて、無理に自分の価値観を変えようとするのではなく、こういう考え方もあるんだなという風に発見できただけでも、今は良しとするか、と折り合いをつけています。

白川町の撮影では10日間二人でコテージに寝泊まりした。衣装合わせで会っただけで、会うのは2回目で共同生活をするのは「嫌だった」と話したが、精神的に追い詰められる撮影の中で、互いの存在に助けられた。
藤原:僕は氷魚くんと10日間暮らした後に、東京編で裁判のシーンの撮影があったんです。今泉監督からも、“東京の渚の顔は全然違う”と言われました。やはり、迅という存在がいないと、ここまで渚は変わってきちゃうんだなと思いました。
また、宮沢はLGBTQの友人がいるということで映画「his」に込めた思いを語った。
宮沢:この映画に参加させてもらって、この映画が答えではないと思うし、この映画が世に出ることによって現状が大きく変わるかって聞かれたら、たぶん変わらない。でも考えるきっかけになってくれたらいいなと。こういう人間が居て、当たり前というか、普通って何なんだろうって、普通なんてものが存在するんだろうかって、自分に問う時間が10分でも、それ以上だと嬉しいですけど、あると嬉しいなと思います。
キャストは、渚と離婚調停中の妻に松本若菜、迅の移住をサポートする町役場の職員を松本穂香、迅と渚を見守る白川町の住民を、ミュージシャンの鈴木慶一、根岸季衣が演じている。ラストシーンの余韻の中流れる、書下ろしの主題歌「マリアロード」が、映画「his」の心に残るセリフや温かさをより深めてくれます。
◎取材・文/神取恭子
1/24 FRIDAY〜 名古屋・伏見ミリオン座、他全国ロードショー
映画「his」
◎監督:今泉力哉 ◎主演:宮沢氷魚、藤原季節
◎配給・宣伝:ファントム・フィルム
◎製作:2020映画「his」製作委員会
