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「山中千尋」web限定インタビュー
取材日:2013.08.02


ジャズ・ピアニスト山中千尋が、MEG本紙に引き続きWEBにも登場。
最新アルバムを携えたホールコンサートを目前に控え、
さらにディープな話を聞かせてくれました。

今度の名古屋での公演はクラシックのコンサートホールを会場に選ばれましたね。

’90年代の終わりぐらいからアメリカでもクラシックの会場でジャズを弾くということが盛んになりました。カーネギーホールですとかジョン・F・ケネディ・センター、またヨーロッパではウィーンの歌劇場ですとか…。私もそういった会場で弾くチャンスに恵まれました。また小さい頃からクラシック音楽を勉強していたこともあって、クラシックのコンサートホールにはとても慣れているんです。音響の面では、何もしなくてもアコースティックな残響があったりして非常に耳に心地いい。そしてホールの音というのは、空気が耳にまとわりつくというか、耳に優しいんですね。アコースティックな環境で弾くことは、私自身にとっても快適です。また、今回の会場の三井住友海上しらかわホールでは若干のPAを入れますので、音が鮮明に聴こえます。なおかつ自然の残響によって、非常に響きがいい。だから、とても楽しみにしています。


プログラムは、ニューアルバム「モルト・カンタービレ」からの選曲が中心になりますか?

そうですね。クラシック音楽というのは、ジャズで言えばスタンダードに匹敵するような正統的で人々に長く愛されているものだと思います。そんな思いを込めて、クラシックの名曲をジャズに編曲してアルバムに収めたのが「モルト・カンタービレ」です。それをやはりクラシックのコンサートホールで思いっきり演奏したい。クラシックのホールというのはもともとピアノを思う存分弾ける環境ですから、クラシックの重厚な音響にも耐え得るような思い切った演奏が出来るのではないかと思います。今回、思い切ってクラシックでやらせていただいたのは、私が13年間ジャズピアニストとして活動してきた中で、アドリブをしたり作曲をしたりという経験を通して、過去の偉人たちの人間としての作曲家の心の動きのようなものを垣間見たからなんです。大作曲家というよりも、ひとりのミュージシャンであるベートーヴェン、モーツァルトであると。とても親近感を覚えたんですね。彼らがどんな風に曲を作ったかということに関して、共通点というのはおこがましいですが、非常に近しいものを感じました。もともと、作曲家が即興で演奏したものを、当時はもちろんレコーディングという技術がなかったので、譜面に記録として残していて、それが今に受け継がれて「クラシック」というものになったんですよね。やはりできた当時というのはジャズと同じように非常に即興性の強い、心の動きをそのまま表現したようなものだったんだと思います。クラシックとジャズは、もともとは凄く似通った表現だったのではないかなと。

クラシックからジャズに転向なさる過程で影響を受けた音楽はありますか?

小さい頃からピアノを通して慣れ親しんでいたので、クラシック音楽は意識しなくても体に入ってくる血のような存在です。また、父親が非常に音楽好きで、いろいろな音楽を幅広く聴く機会が幼い頃からありました。ビートルズや古いジャズ、バロック音楽…いろいろな音楽を聴いて育っていますね。子どもの頃のそういう実体験が自分の音楽表現に大きな影響を与えていると思います。特にビートルズは、自分で作曲する上で最も影響を受けたアーティストですね。ビートルズの音楽にはクラシック音楽を彷彿とさせるような引用などもあって、ロックだけれどあまり違和感がないんです。ほかの、例えばローリングストーンズよりビートルズの方がクラシックやジャズと地続きな感じがします。ビートルズは自分たちの作った音楽を、録音というものを通して変化させ、昇華させていると思うんです。ジャズも同じ。そういう素晴らしい力をもった音楽だと思っています。改めてクラシックの音楽をアレンジしてみて、ジャズの生命力の強さというものを感じました。

ジャズへのアレンジが難しかった曲はありますか?

例えば「エリーゼのために」や「トルコ行進曲」といった曲など、どなたでもご存じの曲も取り上げましたので、難しかったというよりもむしろ、もっともっとやってみたいという気持ちがあって、非常に楽しかったです。むしろ、どこで止めるかというのが非常に難しかった思いですね。あまりやり過ぎてしまうと本当に原型がなくなってしまうので。「トルコ行進曲」は本当に楽しくて、止められなくなってしまって時間がかかりました(笑)。

あるジャンルの曲を違うジャンルの曲にアレンジする魅力、醍醐味について教えてください。

私は凄くお笑いが好きなんです。お笑いの番組などを見たときに、「あ、こういう表現をするんだ」という新鮮さを感じるのが好きで。意外性を感じるもの、ミスマッチなものが凄く好きなんですね。楽曲のアレンジは、目から鱗が落ちるというか、何か耳から落ちるような、そういう新しい創造ができるのがやっぱり快感です。クリエイティブの基本は、無から何かを作るというよりも、いろいろなものをアレンジして組み合わせてそれを発展させていくことだと思います。異質なものを化学変化させることで違うものを作る楽しさは新鮮な驚きですし、それが今度は耳なじみよくなってきたりする。ジャズの場合はどんどん演奏してまた違う新鮮さをいつも保って接することができます。アドリブというのは基本的に同じ曲を二度と同じようには弾きませんから。そうやって、いつもチャレンジしていく。その新鮮さが楽しいですし、違ったものを組み合わせるアレンジというのは、クリエイティブの基本そのものだと思います。私にとっては、近代美術とか、映画、お笑いなど、あらゆることがインスピレーションになります。そして、そういうものをインスピレーションにできるジャズという音楽をやっていて本当に楽しいなと思います。


現在、ニューヨークにお住まいで、現地に根ざして第一線で活動なさっています。その中で感じていらっしゃる苦労、逆にニューヨークだからこそ味わった喜びはありますか?

やはり言葉の壁でしょうか。リズム感というのはやはり言葉から来ているところがあります。私の音楽は、たぶん個人的な癖だと思いますが、ジャズのアドリブを弾いても日本語が聴こえるんですね。五・七・五になってしまうというか…。例えば日本人じゃない方のアドリブのソロでは凄くジャズらしく聴こえるのに、私のソロでは五・七・五に聴こえる。それは、独特の日本のリズムが出てしまうのかなと。英語の発音というか、いわゆるリエゾンといわれるような言葉の圧縮、伸び縮みというのはジャズのビート、スイングに近いものがあります。それが日本人にはどうしてもできない。一般論で言うと言葉の壁によるものがあるのではないかと個人的には思います。ただ、逆にその日本人ならではのリズム感を生かすようなアーティストの方や音楽というのもたくさんあります。日本人の言葉のリズムを良さとしてポジティブに変えていくことができるということで、やはりアジアのミュージシャンというのは凄く注目されていますね。アジア人ならではの細やかさを生かした演奏家も世界中で活躍されています。そういう機運というか流れに乗れたとことは、私にとってはよかったなと思います。そうやっていろいろな表現をして続けていけばいい、さらに言えばどんなことをしてもいいという、とてもラフで風通しのいい雰囲気がニューヨークにはありますね。表現に関しても、現地のミュージシャンには、自分を表現することに命をかけてそれを押し通していく我の強さというのがある。また、先輩・後輩の上下関係というのもあまりありません。巨匠レベルのミュージシャンも若い人の動向を凄くチェックしていますし、惜しげもなく自分をさらけ出して知識とか素晴らしい経験をシェアしてくださったり、一緒に演奏してくださったり…。上下関係もなく、ジャンルの隔てもなく、非常に自由な交流ができるというのが、ニューヨークに来てよかったなと思うことですね。意外な人との繋がりから意外な交流がふっと生まれたりして。それは、ニューヨークでないと体験できないことだな思います。

ところで、8月には初のエッセイ集「ジャズのある風景」が刊行されましたね。

子どもの頃から本を読むのが好きで、ピアニストになりたいというよりは本を書く人になりたいと思っていたんです。母親に話すと「本を書く人はいっぱいいるんだから、何かもうひとつぐらいできなきゃダメよ」と言われて(笑)。母は森瑤子さんが凄く好きで、森さんご自身が「私はヴァイオリンの挫折の果てに本を書いた」とおっしゃっていたそうなんです。「あなたもピアノを弾いて挫折したらいろいろ書けるから頑張りなさい」と(笑)。挫折するために弾いている訳じゃないんですけど、「そうか、ピアノを弾いていたら本を書ける機会もあるかもしれない」と思って。’07年からいろいろな媒体に書いていたエッセイを一冊にまとめました。ニューヨークの「The Piano」というフリーペーパーで1年半ほど連載していたこともあります。ツアーの珍道中の話とか、ジャズを軸にしたいろんな人間模様とか、そういうものを書いたエッセイです。私にとっては、ものを書くためにピアノ弾いている部分もあるので、書くためにも弾き続けなければという思いはありますね。


9/16 MONDAY・HOLIDAY
山中千尋ニューヨーク・トリオ
チケット発売中
■会場/三井住友海上しらかわホール
■開演/16:00
■料金/S¥6,000 A¥4,000
■お問合せ/中京テレビ事業 TEL.052-957-3333(平日9:30〜17:30)
※未就学児入場不可