HOME > Web 限定インタビュー > 「多田淳之介」インタビュー

古典から現代戯曲、小説、詩、ネット上のテキストなどさまざまな題材から現在を生きる人々をフォーカスしたアクチュアルな劇空間を創造する「東京デスロック」。主宰で劇作家・演出家の多田淳之介は、2009年から韓国ソウルの第12言語演劇スタジオとの共作を毎年行い、その世界を広げています。2013年に初演された「가모메カルメギ」では、韓国で最も権威ある東亜演劇賞で外国人演出家として初めて演出賞を受賞するなど、高い評価を得ました。待望の再演はまもなく!この機会は見逃せません。


韓国の第12言語演劇スタジオとの交流が始まった経緯はどのようなものだったのですか?

2008年にソウルの演劇フェスティバルに参加したのがきっかけです。韓国の俳優と一緒にアジアの演出家が作品を作るという試みで、僕のほかにインド人と韓国人の演出家も参加していました。そのフェスティバルの韓国側の代表がパク・カンジョンさんという演出家だったのですが、彼は僕が所属している青年団と共同制作もしていて、平田オリザの盟友ともいえる方なんです。それで、僕が初めて韓国に行ってひとりで現地の俳優たちと作品づくりをするのは大変だろうと、パクさんの弟子筋にあたるソン・ギウンさんという劇作・演出家をサポートにつけてくれました。彼は日本に留学経験もあり、すでに青年団の韓国語字幕の仕事もしていて、この世代の韓国演劇界の重要人物のひとりです。日本でいうとハイバイの岩井秀人さんやチェルフィッチュの岡田利規さんのような…。


結果的に、その最初の公演が成功して、終わった後にギウンさんと、今後ふたりで長期的に自分たちの時代の日韓交流や合作のやり方をいろいろ模索してみようという話になりました。ふたりとも世代が近くてお互い自分の劇団を持っているという共通点があるし、それまでの日韓の交流のあり方にも疑問を抱いているということもあって。それ以降、継続することを大切に、毎年1作品、無理せず合作を続けてきました。しばらくは僕の既存の作品を韓国や日韓の俳優で作り直してソウルで上演をしていましたが、あるときドゥサン・アートセンターから声がかかりました。ドゥサン・アートセンターは、プロ野球チームを持っているような大企業が運営する、すごくアグレッシブな活動をしている劇場です。そこが、ソン・ギウンさんが書いて僕が演出する作品を作らないかと。それが「가모메カルメギ」の初演になりました。

チェーホフの「かもめ」を1930年代の日本統治下の朝鮮に置き換えて作ろうというアイデアは、どなたが出されたのですか?

ソン・ギウンさんです。彼はすでに日帝時代の作品を何本も上演して韓国で評価を得ていました。彼の中では、いつか日帝時代の作品を日本人と一緒に作りたいという思いがあったようです。また、日本と韓国の演劇で共通しているのは、近代のヨーロッパの演劇をどう取り込むかということだったりするので、日韓の演劇人が一緒にヨーロッパの作品に取り組むことでいろいろできるんじゃないかという思いもありました。

戯曲を最初に読まれたときの印象は?

すごく面白かったです。「かもめ」が見事に自分たち日韓の話になっていて。本当にきれいに翻案できているので、最初は、「かもめ」そのもの過ぎるんじゃないかという話になったくらいです。ただ、実際に上演してみたら、それが実はとても大事なことだとわかりました。それまで僕たちが観ていた「かもめ」には、ちょっと一定の距離があったりするんです。チェーホフなので人物の造形などは現代に通じていますけど、やっぱり「モスクワ」への距離感とかなかなか実感できないところはありますよね。それを日韓に翻案することで、日本人が見ても韓国人が見ても、当事者意識をもって見られるというのは大きいと思います。2014年の日本初演でも「なるほど、『かもめ』ってこういう話だったのか」と、改めて作品を理解できたという声が多かったです。


演じていた俳優さんたちは、それぞれどう捉えていましたか?

日本人の俳優は、日本人役というのもありますし、日韓の歴史に関して人生の中で考えてきた回数が韓国の人たちとは全然違うし、本人たちはいろいろ理解したいけど難しい…ということもわかっているし、複雑な感じではあったと思います。韓国の俳優たちは、こういう作品は小さい頃から見慣れているし、個人差はありますが、日本のメディアが取り上げるようなあからさまな反日感情はありませんからね。稽古中も、歴史についてはさまざまなディスカッションをしました。その中で、この作品に反日的な役が出てこないのはまずいんじゃないかという意見もありました。韓国の若い人たちの多くは日本が大好きだけど、極右の人もいれば極左の人もいて、社会的に問題にしたがる人がいる。そういう人に揚げ足を取られちゃうことがあるから、ひとりぐらい朝鮮人をわかりやすくいじめる役が出てこないとダメなんじゃないかと。

俳優たちが作品自体や社会を俯瞰して見て、そういう意見が出てくるのですね。

そうですね。けっこう成熟しているというか。歴史に触れる作品で攻撃を受けないように気をつけるというのは韓国ではよくあることなので。むしろそれを逆手に取って作品を作る人もいるし。「가모메カルメギ」初演のときは、小道具の日の丸の使い方に試行錯誤しました。作品では、日本の帝国主義がちょっと悪く見えるような旗の出し方をしているんですが、最初、僕は舞台美術の片隅にさりげなく置いておく程度にしようと考えていました。でも、そういうやり方が一番まずいという指摘が韓国の俳優たちからありました。つまり、物語に関係ないのに日の丸が置いてあるというのは、日本人の演出家が朝鮮半島に日の丸を掲げに来たと捉えられるらしいんです。それは、一緒に作っていないとわからないことだったと思います。そういう作業を一緒に出来たというのがすごく面白かったですね。
自分がどういうつもりかは関係なく、違うように捉えられてしまう。それは日韓でなくても当たり前のことですが、良い経験になりました。

2008年に韓国の演劇フェスティバルに参加されたときは、日韓問題に切り込もうというような思いはなかったのではないかと想像しますが。

一切なかったです。当時は32歳ぐらいですかね…韓国のことはほとんど何も知らなかったし、日韓の歴史についても深く知らなかった。韓国で仕事をしたことのある日本人と話すと「政治や歴史の話は絶対にするな」と言われました。しても揉めるだけで無駄だって。だから、ソン・ギウンさんはともそういう話はしばらくしませんでした。ただ、日本で震災が起こったり、「가모메カルメギ」を作るタイミングでいろいろ考えたり、僕自身もいろいろ変わっていきましたね。昔は自分のために演劇をやっていました。韓国に最初に行ったのも、自分の経験のためという思いからでした。自分の世界を作って、いろんな人に楽しんでもらえれば…というスタンスだったのが、次第に誰のために作るかということを考えるようになっていきました。作品を通して、観客のために、観客と一緒に何を考えたいかを考えるようになったというか。韓国での経験に加え、この10年で作家として作品を作る動機が変わってきました。

今後も韓国とのコラボレーションで新しい作品を作っていかれますか?

やりたいなと思っています。今回の「가모메カルメギ」の再演を通して自分たちの作業をまた見直して、今後どんなことをやっていけるか探っていきたいですね。オリジナルの作品もできたらなと思っています。あと、日韓のコラボ作品を持ってアジアの他の国やヨーロッパに行くのも面白いんじゃないかなと。これだけ近いのに一緒にやらないのはもったいないし、アーティストに限らず外国に出るってすごく大事な気がするんです。旅行でもなんでもいいですけど、現地に行ってもらえるものはすごくいっぱいあると思うので。韓国は、3万円あれば二泊三日で帰ってこられるぐらいのところですしね。


7/13 FRIDAY〜7/15 SUNDAY
東京デスロック+第12言語演劇スタジオ「가모메 カルメギ」

◎ 原作:アントン・チェーホフ『かもめ』 
◎ 脚本・演出協力:ソン・ギウン 演出:多田淳之介
◎ 出演/夏目慎也、佐山和泉、佐藤誠、間野律子、ソン・ヨジン、イ・ユンジェ、クォン・テッキ、オ・ミンジョン、マ・ドゥヨン、チェ・ソヨン、チョン・スジ、イ・ガンウク
■会場/三重県文化会館 小ホール
■開演/7月13日(金)18:00 14日(土)14:00 15日(日)14:00
■料金(税込)/整理番号付き自由席 
前売 一般 ¥3,000 25歳以下¥1,500
■ お問合せ/三重県文化会館 TEL.059-233-1122
※未就学児入場不可