HOME > Web 限定インタビュー > 「第七劇場・鳴海康平」インタビュー

気鋭演出家・鳴海康平の率いる劇団、第七劇場が設立20周年の節目にあたりチェーホフ四大戯曲のひとつ「ワーニャ伯父さん」を上演する。
ワーニャ伯父さんを取り囲むのは、セレブリャコーフ教授と若き後妻エレーナ、教授と前妻の娘ソーニャ、前妻の母ヴォイニーツカヤ夫人、医師アーストロフ。
立場や考えの異なる6人が、時に恋愛感情を露わにし、時に激高する……!
誰もが、当たり前のように幸せを求めるけれど、互いの価値観は噛み合わない。
19世紀末目前、1899年にモスクワで初演された「ワーニャ伯父さん」が21世紀に生きる私たちを、哀しくも鮮やかに映し出す――。


節目の公演に「ワーニャ伯父さん」を選んだ経緯を教えてください。

もともとチェーホフの作品は好きで、第七劇場では過去「かもめ」「三人姉妹」を制作しています。そこで四大戯曲のうち残る2作品「桜の園」「ワーニャ伯父さん」を改めて読んだら、「ワーニャ伯父さん」の印象が若い頃と違ったんですよね。終幕、ワーニャが泣くシーンがあって、以前は姪のソーニャに慰められたせいだと思っていたんです。それが40歳を数える年になって読み返してみると、ワーニャは「人生は無為、無意味なのかもしれない」と悟って泣いたんじゃないかと……。自分が人生で費やしてきた時間、さらには若いソーニャがこれから過ごす人生を想って泣いたとすると、ソーニャの慰めの言葉がいっそう哀しく響きます。ソーニャはロシア正教的な信仰によって日々支えられていて、そんな信心深い彼女には自分のようになってほしくないけれど、結局なるかもしれないとワーニャは思ったのではないか。そういう解釈の変化や自分の年齢、また劇団の20周年を考え合わせた時、「ワーニャ伯父さん」を制作しようということになったんです。

原作から構成をアレンジなさっているそうですね。

ソーニャが死んだ後の時間を創作して、台本に織り交ぜています。今回のメンバーと作品についてディスカッションしたら、セレブリャコーフ教授の領地を売却しようという提案は真っ当じゃないかという意見が多くて。ソーニャやヴォイニーツカヤ夫人は伝統や家族、血といったものに縛られ、また、ワーニャが反対した理由は、自分を守るためだと思うんですよね。彼は領地を長年守ってきたこと、自分の為してきたことが意味あるものだと思いたくて、激しく怒って反対したのではないかと。教授は悪者のように扱われがちですが、よく考えてみれば、土地を売って利益を得たほうが、教授の娘ソーニャも将来もっと楽に暮らせるはず。そうなると、いちばんの犠牲者はソーニャなんですよね。仮に、領地を一生懸命守ってきたソーニャが死んでしまったら、報われるべき人が報われることなく人生を終えたら、周囲の人たちはどんな反応をするのか。そこでソーニャの死後を想像、創作してみたんです。

稽古を拝見して、原作には感じない死の影が鮮やかでした。

日本でも、世界を見渡しても、人間は大きな出来事がないと変わりませんよね。しかも残念ながら、大きな出来事を繰り返すことで修正・変更はするけれど、人間そのものは大きく変わることはない。学ばず、繰り返すばかりです。人間の業とも言えますが、それを自覚すること、確認することで、何か未来につなげられるかもしれない。今回はソーニャの死ぬ前の時間と死んだ後の時間、その比較を明確に表したいと考えています。

「ワーニャ伯父さん」は上演機会の少ない作品という印象があります。それは、なぜだと思われますか。

絶望しているアラフィフ(50歳前後)のオッサンが、10代の若い娘に慰められる姿が、あまりかっこよくないからですかね。「ワーニャ伯父さん」は結末がどっちつかずで、前にも進めないし、後ろも振り返れない。しかもワーニャは自分を選んで、他人を犠牲にしてしまいます。それは共感を得にくいものの、人間らしい振る舞いだと見れば、面白いと思うんですけどね。

「ワーニャ伯父さん」を取材してみると、自分をちょっと大切にしたい気持ちになります。ワーニャと同世代の40~50代はもちろんですが、若い世代にも染みるのではないかと。

社会ではいろんな出来事が起き過ぎて、人間は対処できなくなり、何事にもおざなりになっています。オリンピックで盛り上がるのもいいですけど。日常から目をそらしてばかりいても仕方がないし、報われなければならないことが報われないと、社会は成り立たなくなってしまう。この先もっと何かを失ってしまう前に、少しでも多くの人が考え、行動しなければいけない時だと思います。チラシのコピーに引用した「かわいそうに、伯父さん、幸せがどんなものかわからなかったんだよね」という台詞、これが僕は辛いけど好きなんですよ。「ワーニャ伯父さん」は、その世界に自分を投影しながら、これからの人生について自問する機会を与えてくれます。ギリシャ悲劇と同じように、悲しみとともに人間の存在を見つめ直す好機なので、ぜひ観ていただきたいですね。

◎Interview&Text/小島祐未子


7/14 SUNDAY・7/15 MONDAY・HOLIDAY
第七劇場 設立20周年 ツアー2019
「ワーニャ伯父さん」

チケット発売中
■会場/三重県文化会館小ホール
■開演/7月14日(日)14:00/18:00、15日(月・祝)14:00
■料金(税込)/整理番号付自由席 前売一般¥2,500 当日一般¥3,000 前売25歳以下¥1,000 高校生以下¥500
■お問合せ/三重県文化会館チケットカウンター TEL059-233-1122