HOME > Web 限定インタビュー > 河合穂高×田辺 剛 WEB限定インタビュー

口腔がんの研究と演劇を両立するハイブリッドな劇作家・河合穂高の作品が、この秋、三重で初上演。第8回せんだい短編戯曲賞を受賞した注目作「黄色の森」を、下鴨車窓の田辺剛が演出します。豊岡公演を皮切りにスタートした4都市ツアーの三重公演に向け、劇作や演出の魅力を探ります。

取材日:2025年9月7日

河合さんは、ご自身の研究領域である最先端医療の知見を生かしたSF的な劇作で注目されています。

河合:SFというよりホラー要素が強いかもしれませんね。よくわからない漠然とした怖さ、恐怖の根底みたいなものを描きたくて。最近のサイエンスは、人間の生命と逼迫していて、ちょっと怖いですよね。例えば老化の研究などにおいても、人間が歳を取らないようにするアプローチを試みていたり。そういう怖さに迫りたくて戯曲を書いているように思います。今回の「黄色の森」にも、漠然とした不安や恐怖を象徴するものとして、黄色い飛行船を登場させています。

田辺:河合さんは口腔がんの研究者ですが、その知見を物語に編み込める技量を持っています。ちょっと調べた程度では書けない専門的なことを、自然と物語に絡めて作品として成立させる。それができる人はなかなかいませんし、とてもユニークな作家だと思います。

田辺さんは哲学の研究を目指して大学院に進学した経歴をお持ちです。研究や学問と劇作の関連性や、おふたりの共通点などはありますか?

田辺:僕は研究者になるのをやめて劇作家になったので、ハイブリッドの河合さんとはちょっと違うかもしれない。哲学からのアプローチで人間について考える中で言葉について掘り下げていました。そこで、言葉を考えるということは演劇にも通ずると思ったんですね。論文にするか演劇にするか、アウトプットの違いだけだと。そういう意味では、考えていることは当時も今も変わっていません。

河合:僕にとっては、論文も戯曲も、大きな意味でひとつのアウトプットです。事実だけを積み重ねるのが科学の研究ですから、劇作のようなフィクションは何の根拠もないものを蓄積する行為のように思ったこともあります。ただ、人間はフィクションを必要とする生き物で、それを信じるのも人間にしかできないことだと思います。事実を積み重ねることとフィクションとしての事実を積み重ねる行為は、同じじゃないかと。だから、研究者をやっててよかったなと思うことはあります。


豊岡演劇祭でのゲネプロ風景1_撮影松本成弘


「黄色の森」は、山道に迷った3人の女性が森の中で過ごす一夜を描く物語。女子同士のリアルで自然な会話劇が展開されます。

河合:僕の作品は女性の主人公が多いんですよ。もともと自分に、ちょっと中性的なところがあるんだと思います。ジェンダーの枠にはめたりするのもすごく嫌いで、「長男だから」とか「男らしく」と言われることにも反発心がありました。そんなところが案外関係しているかもしれません。

田辺:確かに、河合さんの女性の描き方に違和感を感じたりしたことはないですね。そもそも、女性のことを描けない作家は男性も描けないと思いますし。ある種の伝統的なジェンダー観に凝り固まった書き方しかできない人は、結果的にどちらも書けないということですから。

登場人物は、休職中の高校教師、職を失った女性、テロに巻き込まれた大学職員。不安や苦悩を抱える彼女たちが心情を吐露しながら物語は進みます。作品の原型は2016年に書かれた「深海魚の森」ですが、改稿を進める上でコロナ禍を経た世の中の閉塞感などは投影されていますか?

河合:そう思います。2016年の段階でも黄色い飛行船は登場していましたが、ひとつの要素に過ぎませんでした。ただ、コロナ禍を経て物語を再構築したときに、黄色い飛行船は自分の中にある漠然とした閉塞感のようなものの表れだということが、はっきりしました。解像度が上がってきた感じですね。

田辺:最初はテロも入ってなかった?

河合:テロは入れていました。パリ連続襲撃事件があった頃でしたから、あれが日本で起こったという世界観にしたんです。今回、そこに感染症も盛り込みました。

夜更けの森で焚き火をしているというワンシチュエーションのドラマ。その世界を舞台上でどう表現されますか?

田辺:劇場の客席を森に見立てようと考えています。舞台上に客席を設け、観客の皆さんも森の一部として3人を囲むように存在する。そして、3人の後ろに広がる森の奥の闇を感じられるような舞台機構ですね。空間の使い方としては贅沢です。ツアーの幕開けとなる豊岡市民会館の座席数は1,200席近くありますが、今回は70席(笑)。本来の客席は全部、森になりますから。三重県文化会館の小ホールは舞台から客席後部に向かっての傾斜が比較的強いので、森の奥行きをより感じられるんじゃないでしょうか。あの高低差からくる見え方は、面白かろうと思います。


豊岡演劇祭でのゲネプロ風景2_撮影松本成弘

実際に森の中にいるような没入感を味わえそうですね。

田辺:そうですね。俳優たちから見ると、観客の皆さんは森に潜んでいる動物のような立場。そんな仕掛けになればと思っています。私自身の劇作でも常に、環境を強調したいと考えているんです。人物よりも、その周辺環境の方が偉いというか。どんな物語でも登場人物の内面が描かれますが、いきなり喋り出すのではなく、環境が語らせるということもあります。森の中だからとか、夜だからとか。その人自身より、その人が依って立つ場所の方が大切なんじゃないかと思っていて。観てくれる人に、人間より空間の存在の方が大きいと感じてもらえるような構造にしました。今回はそういう物語でもあるので。

河合:そうですね、巨大な何かに自分たちが包括されることをイメージして書きました。「周辺環境の方が偉い」というのは、田辺イズムのひとつですよね。その場所や設定から登場人物たちを規定していくのは、僕も劇作で大事にしていることです。今回の作品でも、森の中でしか喋れない話とか3人の関係性は、すごく意識しました。

河合さんの作品が三重で上演されるのは初めてですね。

河合:以前、岡山で、第七劇場の鳴海康平さんの演出助手をさせていただいたことがあるんです。鳴海さんのような尖った演出家を受け入れる三重という土地は、普通じゃないよなと思っていて(笑)。今回そこに呼んでいただけたのは、すごく嬉しかったです。

田辺:三重でやるのは怖いんですよ。劇場に付いたお客さんがいらっしゃって、目が肥えているので。年間ラインナップの組み方もよく考えられていて、間口の広い作品と尖ったものをバランスよく取り揃えていますよね。観客を作るという作業をずっと続けてこられた劇場ですから、そこに入っていくのは、なかなか勇気が要ります。でも、とてもいい緊張ですよね。この年齢になると、批評的なことを誰も言ってくれないので(笑)。下鴨車窓としても、また来させてもらいたいです。

◎Interview & Text /稲葉敦子


10/18 SATURDAY 10/19 SUNDAYチケット発売中
Mゲキセレクション 河合穂高×下鴨車窓「黄色の森」
◎作/河合穂高 ◎演出/田辺 剛(下鴨車窓)
◎出演/坂井初音、福井菜月(下鴨車窓)、高瀬川すてら(劇団ZTON)
■会場/三重県文化会館 小ホール
■開演/10月18日(土)13:00、18:00※ 10月19日(日)13:00※
※アフタートークあり
■料金(税込)/整理番号付自由席 一般 前売¥3,000 当日¥3,500 22歳以下 前売¥2,000 当日¥2,500 
■お問合せ/三重県文化会館チケットカウンター TEL. 059-233-1122
※未就学児入場不可