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「SINSKE」Web限定インタビュー
取材日:2012.04.27

クラシックの素養を持ちつつ、
先鋭的なサウンドを駆使するマリンバ・プレイヤー、SINSKE。
「No Border, Keep Going」をモットーに
ポップス、ワールドミュージック、現代音楽など幅広いフィールドで
その才能を発揮しています。

SINSKEさんがマリンバを極めていこうと思われた理由はどのようなものだったのでしょうか?

桐朋学園音大時代は、現代音楽を中心にオーケストラ学を勉強していました。3年生ぐらいの頃からプロのオーケストラで人数が足りないときなどに呼ばれて行っていたんですよ。そのうちにだんだんその回数も増えていって、これでなんとか生活をしながら、いつかオケに試験を受けて入って…というのが自分のキャリアになるのかな、なんて思っていたんです。でも仕事をすればするほど、これが本当に自分に向いていることなのか、自分にしかできないことなのかと、悶々とした不安感があって。やっぱりオーケストラが求める打楽器像というのは、基本的には最良のスパイスであることだと思うんですよね。塩こしょうのない料理は味が締まらないのと同じように、スパイスがなければいい料理も作れない。いい奏者の条件は、オーケストラが求める最高のスパイスになること。そして、いかに中に音を染みこませて馴染ませることができるか。それから、ひとつの楽器に対して、例えば湿度とかホールの空調や照明などの状態を見ながら調整したり…どちらかというと内なるものに向かっていく、すごく職人的なお仕事だと思います。毎日、同じ生活のルーティンを繰り返して、オケの曲を勉強してスコアを読んで、トレーニングして本番に行って帰ってくる…。そういうことをいろいろ考えると、これは僕の仕事ではないんじゃないかと。まず僕は凝り性ではないので、とにかく面白いものにどんどん手をつけていくタイプなんですよね。性格的にも基本的に割と飽きっぽいので、これはずっと続けて後戻りできなくなる前に考え直さないとまずいと思いました。そんな風に悩んでいるときに、僕の師匠である安部圭子先生のコンサートを聴きに行って、そのモヤモヤが一気にスコーンと晴れたんですよ。


安部さんの演奏にどんなことを感じたのですか?

安部先生はコンサートで全曲、自作のオリジナル曲を演奏されます。その中で自分の人生みたいなものを音で語っていくんです。音を言葉にして語っていく。普通のコンサートだと、例えばモーツァルトとかブラームスとかいろんな曲目が並んでいて、お客様のアンケートを見ると「あの曲の解釈がよかった」とか「オケが一体となっていてよかった」とか、決して演奏家の人生のことは書かれていないと思うんですよ。それは、作品を「鑑賞している」という感じだからだと思うんです。でも安部先生のコンサートは、人生という1本の映画を観ているような、創造されたドキュメンタリーを観ているような感じがしたんですよね。そんな演奏を観たときに、音楽って鑑賞するものじゃなくてクリエイトするものでもあるんだと強く思いました。軸の違いを感じたというか「俺がやりたいのはこっちだ。オケじゃない」と思って、翌日、安部先生に電話をしたんです。「マリンバをやりたいので教えてください」「今から!?」みたいな(笑)。桐朋は打楽器とマリンバで科目が分かれているんですね。安部先生はマリンバ科の教授で、僕は打楽器の方に所属していたので「今からマリンバ奏者になりたいんだけど、なんとかしてください」と言って。「先生の音を聴いてそう思ったから責任を取ってほしい」って(笑)。まぁ、それは冗談ですけど…。それで教えていただくようになったのが、マリンバを始めたきっかけです。だから、小さい頃からやっている人とは全然入り口が違うんですよね。でもやっぱり、そういう枯渇感があったからこそ見つけた自分の道だとは思っています。

自己表現することを音楽に求めていらっしゃったのでしょうか?

僕、ふたつの突飛なものをブレンドする能力はあると思うんですけど、100人の中に上手く染まる才能はないと思うんですよね。だから今、デュオの仕事が多いのかもしれない。学生の頃も、そんな自分の能力をなんとなく肌で感じて、僕の住む場所はここじゃないという感覚は当時もあったと思うし、実際にそれが今の活動につながっていると思います。最近は、あまり大きなバンドの編成はやめてなるべく密に空間を作れるような…例えば三村奈々恵さん(マリンバ奏者)や藤原道山さん(尺八奏者)など…オリジナルな色を持たれている方とのデュオで、その色をどうフュージョンさせて新しい色を作り出すかということにすごく興味があります。だから、何かのパーツに納まるより、やっぱりクリエイトする方が自分に向いてるのかな。創造力を常に使っていけるポジションにいたいというのは、自分の活動の軸になっているところだと思いますね。

お互いの自由度が高いのがデュオの魅力でしょうか?

そうですね、3人だと何か枠がないといけないんですよね。でもふたりだったらいらない。相手が本能で動くことに、自分も本能でついていけるんです。でも3人いると、そのトライアングルの中で誰かが本能で動くと、どこかが詰まっちゃうことがあって。もちろん人によると思いますし、トリオでいろいろな即興活動をなさっている方を見ると一概に言えませんけど。少なくとも僕個人の能力としては、会話はふたりでする方が好きですね。「ちょっとサシで飲もうよ」っていうことと同じだと思うんですけど(笑)。3人だと相手の立場を尊重しながら、みんなのバランスと話題を考えて振ったり返したりしていくと思うのですが、ふたりの場合はそこに遠慮がないし壁がないので、そこで突き詰めるともっと深い話ができる。それが僕の今の時点での持論です。でも、今後はどうなっていくかわからないし、3人でそういうことができるようになるのかもしれませんが。やっぱり人間って「三角関係」というのがあるように、難しいんですよ。3人でひとつのものを作るとなると、よっぽど何か目指してるものが一緒にないとなかなか難しい。でもふたりの場合は、ふたつのものをグッと合わせて出すだけなので、すごくシンプルなんですよね。楽器もシンプルだし。そういう意味ではやっぱり自分の音のビジョンを一番見やすいのは、ふたりでやること。足し算もしやすいし。だから基本的には僕はデュオが一番好きかな。

ふたりだと、音の会話の密度が非常に高くなるんですね。

そうですね。本当に深いところまで行ける。それに、何も決めなくてもグチャグチャにならずに行けるんですよね。だから道山さんとのレコーディングも「じゃあ、イントロやりましょうか」ってスタジオのブースに入って、始まって2分で録れたり。僕が作曲した「月夜浮遊」という曲は1分間ぐらい即興があるんです。それは何も決めずに「じゃあ、とり合えず真ん中に入れますか」と言って、その場で録ったものが音源なんですけど、非常にいい感じに仕上がりました。やっぱり4人ぐらいいると、やっぱりある程度地図を作っておかないと誰かが迷子になっちゃったりということが起こると思うんです。藤原道山さんがなさっているユニット「古武道」の3人はすごくひとつになっていますよね。でもやっぱり3人いると音楽の好みも3タイプになってくるから、本当にお互いとても努力しているんじゃないかと思います。

SINSKEさんのマリンバと藤原さんの尺八。どちらも木製の楽器だという共通点がありますね。

どちらも素材の響きで音を鳴らしていますからね。楽器が鳴ったときに溶け合う感じは、ピアノとマリンバの相性より断然いいと思っています。ピアノとマリンバの音は、交わる音ではないんです。共鳴することはできても交わることはできない。でも尺八とマリンバは交われると僕は思っています。それはやっぱり素材から音を捻出しているからじゃないかな。だから、すごく意外な取り合わせのようで全然意外じゃない。「どうして今までいなかったのかな?」というぐらい、世界でも尺八とマリンバのデュオってないので。「世界ナンバーワンのデュオ」と謳おうかなと思って。多分、ほかにいないから(笑)。今、男性マリンビストをどうやって増やすかということを考えているんですよ。もっと男性的なロックなマリンバを出していくためにも、僕もちょっとできることがあるのかなと思って。僕がいろんなことをやることで、男でもカッコいいことができるんだなと思ってもらえたら。子どもって、やっぱりカッコいいものに憧れるじゃないですか。ロボットとか、サッカーとか…。だから、マリンバがカッコいい楽器だという認識さえ作れれば、もっとみんなやると思うんですね。ドラムがカッコいいのと同じです。でも、マリンバだってカッコよく叩けば、カッコいい。そうやって、この楽器の持つ男らしさやカッコよさをもっとアピールしていくことで、今まで掘り起こしていなかった枠がもっと活性化できると思うんですよね。マリンバって木製でこういうルックスだから、ガーデニングコンサートなどによく呼ばれますが、例えば輸入車のイベントなんかには呼ばれない。でも、これが黒でメタリックでクールだったら、そういうのも全然OKだと思うんですよね。今までの決まりをひっくり返せるような取り組みをしていきたいなと思ってます。