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「ガキ帝国」「岸和田少年愚連隊」「パッチギ」など話題作を連発してきた井筒和幸監督。2012年公開の「黄金を抱いて飛べ」から8年。ついに監督最新作「無頼」が公開された。主演にはEXILEの松本利夫、相手役としてドラマや映画で注目を集める柳ゆり菜というフレッシュなキャスティングの周囲を固めるのはラサール石井、木下ほうかといった井筒組のベテラン陣。戦後の貧しい時代を生き抜き、任侠の世界を昇りつめていく主人公を取り巻く群像劇だ。関西での公開を前に井筒監督にこの作品に込めたメッセージを語ってもらった。

この作品は、まさに昭和史そのものですが、監督ご自身が見て来られた風景なのですか?

主人公の井藤正治が子供の頃、1956年から物語は始まっています。「もはや戦後ではない」と好景気だったと言われますが、朝鮮戦争特需なんてひと握りの企業家が潤っただけでね、まだまだ国じゅうが貧しかった。僕らより、ひと世代上の設定なんだけど、実際に子供の頃に見ていた風景ではあるね。その中でも、あの頃食べていたモノが今でも強烈に心の奥底に残っている世代でもあるんです。本編にも登場する魚肉ソーセージは、僕ら世代にとって象徴的な食べ物なんです。あれはね、ビキニ環礁の水爆実験の風評被害で、南太平洋の魚介類が全滅だという噂が世界中に駆け巡った。日本人は値崩れした魚を何とか利用しようとして魚肉ソーセージを発明したんです。最初に食べたときは革命的に旨かった。そういう世代だから無理やりに作品にも登場させてみました。あの頃の日本人はどんな家庭でも貧しかった。あの時代に貧しかった子供は、もうヤクザになるしかなかったんだよ。リアルな戦後とはそういう時代だった。


この令和の時代に“ヤクザもの”を撮ろうと思われたきっかけは何だったんですか?

二十歳の頃に見た「仁義なき戦い」とか「ゴッドファーザー」という壮大なやくざ映画への大いなるオマージュのつもりで撮りました。あの頃のヤクザ映画は僕ら世代にとっての反面教師でもあったんです。平気で仁義を守らないような、でたらめな人間になってはいけない。しっかりして生きないと死んでしまうと本気で思ったね。映画の中で繰り広げられる、任侠なんていう難しい思想とは関係なく、リアルな男たちの生き様の描写がたまらずに、どんどん嵌っていったんだよ。映画を始めた時から、いつかあんな映画を撮ってみたいと思っていて、この「無頼」で思いが叶いました。

主演の松本利夫さん(EXILE)を起用した経緯を教えてください。

一度お誘いを受けて、EXILEのライブを見に行ったんだよ。ダンスとか歌とかまったくわからなかったけど、松本さんは演技も出来るダンスの上手い人やと頭の片隅にはあったんです。この脚本が出来上がって知人を通して声をかけて快諾して頂きました。この作品でキャスティングに求めたのは、あの頃の時代性を表現するために“昭和顔”が必須でした。今流行りの平成顔や令和顔の役者ではダメなんですよ。井筒組の演出部が3,000人のオーディションから選びに選んだ“昭和顔”が並んでますよ。東南アジア某所の貧民窟で松本さんだけで撮ったロケシーンがあるんですが、現代であってもそういう街(現実)が世界には存在するんだという事実を、この作品に撮し込んでおきたかった。戦後の日本の風景と似たものがまだ世界には普通にあるということを。


ヤクザ映画というより、優しさに溢れた群像劇だと思ったのですが、この時代にヤクザ、いわゆる反社会的勢力をテーマにするということで何か思われたことはありますか?

今の時代は、ヤクザ映画というレッテルだけで忌み嫌われてしまう。そこに今の映画産業全体の閉塞感を感じています。大きな会社も個人の俳優も、コンプライアンスに敏感にならざるをえない時代になりました。でも、この作品で扱った昭和の時代性を思い出してほしい。現代では同調圧力や承認欲求との関係に人々が汲々としていますよね。社会が分断されてしまって、ネットで人を攻撃したり逆に致命的なリスクを負ってしまうことさえある。まったく寛容な社会ではなくなってしまった。今を生きる若い子が本当にかわいそうになる時があります。そんなキリキリした社会では、生きていくのに必死で、ぼんやりした夢すら持てないんじゃないかな。この作品の時代の若者は確実に純粋な夢を持っていたんです。旨いもんを腹いっぱい食いたいとか、高級な服を着て女の子にモテたいとかね。そういう時代があったということを映画にしておくのが重要だと思います。


「無頼」
12月12日より新宿K’sCinemaを皮切りに全国順次ロードショー
関西地方は12/18〜出町座、京都みなみ会館、12/19〜第七藝術劇場、1/15〜豊岡劇場、4月神戸アートビレッジセンター 

「無頼」公式サイト www.buraimovie.jp
公式twitter @buraimovie
©2020「無頼」製作委員会/チッチオフィルム