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熊川哲也K-BALLET TOKYOが創立25周年を記念して壮大なグランドバレエを世界初演。
芸術監督の熊川自身が演出・振付・台本・音楽構成を担う新作「マーメイド」は
アンデルセンの童話「人魚姫」を原作としつつオリジナリティも豊かなステージだ。
世界中で愛され続ける名作だが、バレエでは例のない挑戦だけに、どう実を結んだのか。
熊川が子どもたちへの、未来への想いとともに、創作の裏側を語ってくれた。

「人魚姫」という題材には葛藤もあったそうですね。

葛藤には二つの目線があって、一つは海の中の人魚をバレエでどう表現するのか自分に問いただすハードルのような葛藤。もう一つは自分の作風に対して違和感が……。ファンタジーでは「くるみ割り人形」や「シンデレラ」も作っているけど、それぞれチャイコフスキー、プロコフィエフという偉大な作曲家の音楽があったので入りやすかった。でも「人魚姫」は音楽もない。また子ども向けみたいな“狙っている感”も不本意だったりしました。じゃあ、なぜ意を決したかと言えば、50代というミドルエイジになって今後のバレエ界やバレエダンサーの育成を考えた時、この舞台を観てバレエをやってみたいと思う子が一人でも増えたほうが業界にとっていい。25周年の節目でもあり、いい機会じゃないかなと考えたんです。

未来に向けたアクションでもあると?

去年の4月に一般財団法人の熊川財団が立ち上がり、バレエ芸術家、音楽芸術家を育てていく、世に送り出すという使命がちょうど生まれたところ。それを考えたら意外とすっきり決断できました。

同時に観客数への危惧もありますか。

バーチャルとフェイクが充満しているこの世の中で、リアル体験+崇高な芸術というものが二律背反じゃないけど、隣り合わせが難しい時代にはなっている。22世紀の子どもたちにバトンを渡す今の子どもたちの教育がいかに大事かは当然、危惧しますよ。この先、劇場には人が集まらなくなるかもしれない。ライブ体験は不滅だと思うけど、そこに感性が伴ってくるかどうか……。舞台を観て感動することは、今この空間で、一体感あるリアルな空気が流れていて得られるものだけど、子どもたちが今後それを感じるのは難しいのかなと思うところはあります。僕らが小さい頃は学校でいろんなイベントがあって、みんなで体育館に集まって観ましたよね。暗くなると「ふぅ~!」と声が上がるような、ああいう体験が劇場のマジックじゃないかと。それは確かにあったものだから今は使命感に燃えてます。


稽古風景 撮影:奥田祥智

撮影:奥田祥智

原作やディズニー作品を遠ざけていたそうですが、構成はどのように?

伝え聞きを自分のものにして、箇条書きにして、起承転結にもっていく、そういう活動をしてきておりまして……(笑)。でもそこが僕の良いところで、自分の世界が創造できる。原作にないキャラクターもいっぱい出てくるんですよ。物語では王子が航海に出て難破し、溺れてしまう。海で難破するということは嵐が吹き荒れている。その嵐を起こすのは誰か。そこで、サメを出してみたら面白いなと。サメって牙がたくさんあって、いかにも悪そうですよね。あとはクジラを出します。王子は誕生日で、海原に出て伝説のクジラを仕留めてこいと命じられる。ところが、あまりの美しさに呆然としてしまうという……。ハワイから連れてきたクジラですよ。そう聞くと楽しみでしょ?

私たちの想像力も試されそうです。

例えばミュージカルや映画で文明の利器を駆使して何か再現できるのはいいけど、丸っきり同じであれば、そこに想像力はないですよね。やっぱり子どもたちには想像してほしい。人魚姫はトウシューズを履いているけど、泳いでいるように見えるよねと。キュビスムに通じるのかな。見ている以上のものが心で見える。ピカソの絵がそうじゃないですか。「なんでこんな絵を描くんだろう」と思わせることが重要で、答えはいらないんです。子どもたちにたくさん見てもらいたいとは思いますけど、子ども向けには作っていませんよ。

ハッピーエンドの場合もありますが、結末はどう決めましたか。

救われた感動より、救われない感動のほうが人を成長させる気がしますよね。社会って承認されないことのほうが多いから。でも否定されて人は強くなると思う。今はまだ結末はどうにでもできるようにしてある、とだけ言っておきます。

25年の成果と今後の展望をお聞かせください。

熊川財団を設立したので情操教育や芸術教育に力を注ぎたい想いはあります。いい年齢になって、奉仕の感覚があるのかな。70歳、80歳になって最後のご奉仕とか言う方もいるけど、もっと早く始めたほうが良いに越したことはない(苦笑)。ただ僕もこの25年間、教育で業界を底上げしてやるなんて、そんな使命感があったわけではなく、本当に楽しいことを積み重ねてきただけ。思いがけない結果として、プロの感覚を持った子どもたちが増え、日本においては習い事がメインだったバレエの地位が上がり、バレエダンサーのプライドを育めたのかなと。我々の公演規模が世界のオペラハウスにも引けを取っていない自負はありますよ。報酬や環境を含めてプロのダンサーを養い、それをノーマルスタンダードにできたことは、結果的に、業界全体にも影響を与えたと思います。

◎Interview&Text/小島祐未子



9/10 TUESDAY【チケット発売中】
熊川哲也 K-BALLET TOKYO
『マーメイド』世界初演

演出・振付・台本・音楽構成/熊川哲也
原作/ハンス・クリスチャン・アンデルセン
音楽/アレクサンドル・グラズノフ
編曲/横山和也
舞台美術デザイン/二村周作
衣裳デザイン/アンゲリーナ・アトラギッチ
照明デザイン/足立 恒

■会場/愛知県芸術劇場 大ホール
■開演/18:30
■料金(税込)/全席指定 S席¥17,000 A席¥13,000 B席¥9,000 C席¥7,000 Kプラチナシート¥21,000
■お問合せ/CBCテレビ事業部 TEL 052-241-8118(平日10:00~18:00)
※4歳以下入場不可