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平賀マリカ 歌う生活

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今から6年前、東京国際フォーラムでの感動的な素晴らしいコンサートの後、楽屋を訪ねた私達の前に現れた主役の彼は、タキシードからグレーのスウェットに着替え、首には白いタオルをかけ、とてもラフな姿でした。そんなラフな姿でも、華があり、キラキラとしたオーラを纏った彼を一言で表わすならば、「ミスター・ハリウッド」。しかし、ハリウッド俳優ではありません。 その彼とは、米映画音楽界で活躍した作曲家のバート・バカラック。当時は80歳になったばかり。普通は華なんて消えてしまう年齢ではないでしょうか。私がバカラックの作品を初めて耳にしたのは、60年代のカーペンターズが歌う「遥かなる影」、セルジオ・メンデスとブラジル66の「恋の面影」、ディオンヌ・ワーウィックの「恋よさようなら」でした。いつも見え隠れするこのハンサムな男性の存在がそれらの名曲の作曲家である、と理解できたのは、だいぶ後になってからでした。 先日、都内のCDショップで「バート・バカラック自伝」という書籍を見つけました。この本は、バカラックの人生を語る上で、いかに音楽と恋愛が大きな役割を担っているか、を読んでとれる自伝です。「自伝」とは書いて字の如く、自分で伝える、ですものね。彼が生きているうちに、共著者と創り上げたこの本の内容の濃さは、まるで映画を観ているようにドラマチックで、説得力がありました。登場人物はとにかくスターばかりで、読みながらときめきが止まりません。特に、マレーネ・デートリッヒのツアー中に、彼女がビジネス・パートナーとしてのバカラックに恋をしてしまいますが、彼がビジネスとしてしか彼女を見ない事に対するマレーネの苛立ちは、女心の葛藤が見えてとれました。バカラック自身、4回の結婚の間で苦悩する結婚生活や恋愛、音楽を生み出す時のこだわりや作詞家ハル・デビットとのコンビ解消、歌手のディオンヌ・ワーウィックとの確執、そして、2回目の結婚で授かった娘さんの悲しい死など、素晴らしい音楽誕生の裏に隠された、壮絶なエピソードは驚きの連続でした。 悲しい事を経験しているから、美しい音楽を創ることができるのだろうか、と思うほど壮絶。しかし、華やかでもある人生です。そうそう、国際フォーラムの楽屋で、私が2007年にリリースした「ClosetoBacharach」というトリビュートアルバムを渡した時、彼は笑顔で受け取ってくれましたが、この本の中の彼がいかに音楽の細部にこだわり、演奏家に厳しかったか、というくだりを読むと、気軽にあの時渡したアルバムは機嫌を損ねなかったか?と少し心配になるのです。ですが、この素晴らしい音楽家の音楽に触れ、彼と同じ時代を生きている幸福感も感じています。「ClosetoBacharach」はクインテットのジャズアレンジで歌いましたが、また気持も新たに、彼の名曲をシンプルに歌ってみたい、と思う今日この頃です。色褪せない魅力とは、人の心を潤すものなり。何歳であろうとも“生涯現役さん”はタキシードがお似合いです。