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平賀マリカ 歌う生活

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私の音楽史上で感動的な事件の一つに、デューク・エリントン・オーケストラとのレコーディングを以前お伝えしましたが、その後、諦めかけていたこの著名な楽団との共演が叶った事も一つ加わりました。今回ご報告も兼ねて書かせて頂きますね。
伝統的な芸術には様式美、というものがついてきます。アメリカ音楽の伝統を約90年余り引き継ぐこの楽団は、日本の歌舞伎が日本人の男性による演者で構成されなければいけないのと同じく、メンバーはアメリカのアフリカンアメリカン、いわゆる黒人を中心に構成されなければいけない、というルールが暗黙のうちにあるように思います。グレン・ミラー楽団が白人中心のメンバーで構成されているのにも見られるように、エリントン楽団は黒人中心のメンバーが一つの特徴のようです。以前、初めてこの楽団のコンサートを聴きに行った時は、ショーの半ばあたりで出てきた、黒人シンガーのパフォーマンスがとっても素敵だった事を思い出します。絵になる、というか、ファンキーで、粋で、まさにブラックパワーを見せ付けられた感じで、悩殺されました。その頃から、いつかはこの楽団と一緒に歌いたいという夢を抱くようになりました。その後、レコーディングはできたものの、“共演”というものは、やはりその様式美を守らなければいけない、ということなのか、なかなか実現できない大きな壁がありました。それが、先日開催された札幌でのコンサートで共演できることになり、突然の朗報に、興奮、歓喜、そして、緊張が私の中に走りました。私のような日本人がアメリカの伝統文化に入っていくことは許されるのか、と思い悩んでいましたが、実際、メンバーに空港で会ってみると、驚くほどフレンドリーで、少し安心しました。空港から楽団と同じバスで移動したのですが、出発してすぐに、「Wait! Wait~~~!」と、大声が。。。どうやらひとり取りこぼしていたようで、急停車したバスに青い顔をして乗ってきたメンバーもいたりして、笑ってしまいました。なんだ、私たちと変わらない普通の青年達。どんどん、親近感も出てきて、本番も、メンバー全員が本当に楽しんで演奏してくれました。しかも、本番中、残りの演奏時間が少なくなってしまった時、私の歌う曲を削らず、彼らの演奏予定の曲を削ったりして、私を立ててくれたのです。「一緒にレコーディングしたのは、とても大きいこと、なのに、ツアーができないのは残念だった。今日は本当に楽しい。また、一緒にステージができたら」と言ってくださったリーダーの言葉で感涙。
この日のインタビューでも彼が言っていたのは、「エリントンの伝統を守ることは大事な事。しかし、現代は現代の人たちが演奏してカラーや個性も変わってくる。いろんな音楽に関わってきた演奏者が音楽を創造している、それがジャズで、現代のサウンドなんだ。伝統だけに縛られることはない。」その言葉を聞いて、故・中村勘三郎さんの、ニューヨークの舞台でマイケル・ジャクソンのスリラーのステップを出演者全員で披露していたことを思いだしました。
“伝統を継承する中にも新しい風を吹き込む”ということは、アーティストにとっては自然なこと。しかし、伝統芸能を崩さずに世界にセールスをかけて行くマネジメントや、プロデューサーにとっては複雑な思いなのかもしれません。