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「山中千尋」スペシャルインタビュー
取材日:2015.08.05

ニューヨークを拠点に活躍を続けるピアニスト山中千尋。
ジャズシーンの最先端に身を置き、そのトレンドに俊敏かつしなやかに反応しながら
自らのスタイルを築いてきました。彼女が新たに取り組んだのが、ラグタイム。
新譜「シンコペーション・ハザード」でジャズの原点に新解釈で挑み、
洗練された現代のジャズとしてアップデートしました。
11月のライヴは、その鮮やかな手腕を間近で堪能できるチャンス。
「昨日はドイツ、明日はサンフランシスコへ」と
世界を飛び回る中で実現したインタビューから 、山中千尋の“最先端”をお届けします。

今年でメジャーデビュー10年。ジャズの本場ニューヨークを拠点に第一線で活躍を続けてこられた中で、山中さんを取り巻く環境はどのように変化してきましたか?

まずジャズという音楽がすごく変わりましたよね。私がバークリーの学生だった頃は、ジャズの概念が大きく変化した時期だったんです。1990年代はストレートアヘッドというか、それまでの伝統的なジャズが重要視されていました。でもバークリーを卒業した頃、2000年代に入ってすごくいろんなミュージシャンが出てきて、その新しさや自分らしさを全面に押し出すスタイルが主流になっていったんです。アーティストの数だけジャズのジャンルがあると言っても過言じゃない、そういう時期でしたね。どう巧く弾くかではなくて、どう個性的に表現するかということに重きを置くことがトレンドになってきて。伝統芸術としてでなく、今生きている音楽という捉え方でみんながジャズに向き合っている感じがします。日本だと「ジャズ」「クラシック」「ポップス」と、音楽が明確にジャンル分けされますよね?向こうでは境界線がけっこう曖昧で、それぞれが交わっている感じ。そういう雰囲気の中で、私自身も自由にやりたいことをやってきました。


近年のニューヨークのジャズシーンでは、ロバート・グラスパーやホセ・ジェイムズなど新鋭のアーティストが存在感を示しています。彼らの音楽にはどんな影響を受けていますか?

ジャズという音楽における心の置き方でしょうか。私自身も自分の表現に重きを置いてきましたから、表現方法は違えど共感する部分があります。また、いろいろな見方があることを知るのは幸せなことです。特にロバート・グラスパーはジャンルを越えて縦横無尽に活躍していますよね。ピアニストとして卓越した素地を持った上で、そんな風にオープンであることがすごくスタイリッシュ。そんな中で、彼自身の方向性がはっきりしているのも素晴らしいと思います。今度、ロンドンの国際ジャズピアノフェスティバルで初めてご一緒するんですよ。とても楽しみだし光栄に思っています。


シーンが変化する中で、山中さんの音楽スタイルも変わってきましたか?

バークリーで学んでいた頃は、ジャズの伝統をきちんと尊重しようという意識が強くありました。私はクラシック出身ということもあり、伝統や技術を大事にするという基本姿勢を持っていますから。それに加え、周囲の影響を受けて、表現に心を注ぐということに没頭した経験は面白かったですね。今、シーンには、また原点回帰の波が来ているんですよ。よりジャズのルーツに根ざすという流れ。それで今回、ラグタイムに臨んでみました。時代の流れの中で音楽を作るということは、オーディエンスの皆さんとの共同作業だと思うんです。音楽は決してひとりのミュージシャンからだけでなく、個のさらに一段上の大きなものと一緒に生まれるものだと…。

7月にリリースされた最新作「シンコペーション・ハザード」は、保守に回帰するというジャズシーンの最先端の動きに呼応するように生まれたのですね。

保守といっても、ルーツに戻って自分たちの音楽を再発見するという意味。単純に昔に帰るということではありません。そういう形でジャズのルーツであるラグタイムに取り組んでみて、音楽が命を得る瞬間を追体験できたと思っています。ビートというのはひとつのパルス(拍)でしかありませんが、シンコペーションというリズムが絡みつくことで、そこにスウィングが生まれるんです。実際に弾いてみることで、音楽に躍動感が生まれる瞬間に立ち会うことができたという実感があります。すごく面白い試みでした。以前から取り組んでみたかったのですが、なかなか機会がなくて。今回10周年という区切りもあって思い切ってチャレンジしました。ラグタイムというとジャズから切り離されてひとつの独立した音楽になってしまっていますが、現代のジャズとどのようにつないでいったら面白くなるかという挑戦ですね。

アルバムを拝聴して、ラグタイムのイメージがガラッと変わりました。例えばスコット・ジョプリンの「エンターテイナー」が、これほどエレガントで洗練された曲にアップデートされるのかと。

ラグタイムってコード進行が一定なんですね。でも、100年の間にジャズの語彙が変化してきました。現代のラグタイムを試みる上で、少ない動きの中でより複雑に豊かに響かせる和声のアプローチをしたんです。和声的には変化していますが原曲のメロディは一切壊さず、根幹になるラグタイムのシンコペーションもそのままに演奏しています。だからスウィングが生まれて音楽に命が宿るんです。現代的なジャズとして味わいのあるものができたんじゃないかなと思います。


スコット・ジョプリンは自作の曲の楽譜に「速く弾いてはいけない」という注意書きをしていたそうですね。

でも遅くなりすぎてもいけないんです。ラグタイムはダンス音楽ですから、ステップを踏む、行進する、という人の動きに合わせて演奏して欲しいということなんですね。当時は、時間の感覚がとてもゆっくりしていたと思います。移動に船で何日もかかった時代と現代では、当然違いますよね。そういう意味で、今回のアルバムは現代に生活する私たちの時間感覚で作られています。でもライヴでは全然違う雰囲気で演奏しますから、先にアルバムを聴いていただいて、生の演奏がどのようになるのか違いを楽しんでいただけたら。それがジャズの面白みですから。11月の名古屋公演では、アルバムからの曲はもちろん、皆さんがよくご存知の曲をラグタイムテイストでお届けしたいと思っています。以前、よく「エリーゼのために」をラグタイム風にアレンジして弾いていましたが、わかりやすくて喜んでいただけたようです。「私もピアノを弾きたくなりました」と言ってくださる方もいて、とても嬉しかったですね。今回も「ジャズは楽しくて面白いんだ」と、ひとりでも多くの方に思っていただけるようなコンサートにしたいと思っています。これまで何度も名古屋で演奏させていただいていますが、皆さん本当に音楽が好きでミュージシャンを大事にしてくださる。ライヴが終わると温かく声をかけてくださるんですよ。また、デビュー10周年に三井住友海上しらかわホールで演奏できることを本当に嬉しく思っています。音響も素晴らしいし、入った途端に気持ちがワクワクするようなホールなんです。名古屋の公演を今からとても楽しみにしています。


山中さんのアレンジやオリジナル曲は、ジャズの枠を越えたポップな聴きやすさが魅力だと思います。どんなモノやコトが、ご自身の音楽性に影響を与えていますか?

音楽でいうと、インスピレーションをもらうのは、やっぱり聴いたときに素敵だなとか、私もこんな風に弾いてみたいという気持ちが沸き上がってくるようなもの。それを自分の作曲などのモチベーションにしています。一概にどんな音楽とか、どのミュージシャンとかは言えませんが、最近気になるのはエレクトロ・ミュージックのスクエアプッシャーや、ブルックリンを拠点に活動しているダーティー・プロジェクターズ。面白いですね。それに、やっぱりニューヨークには音楽以外にもダンスや演劇など刺激的なカルチャーが溢れていますからね。演劇なんかだと、言葉を完全にはわからなくてもリズム感や動きからインスパイアを受けることもあります。先日はMoMAでオノ・ヨーコさんの回顧展とビョークの特別展を見てきました。そういうものから刺激を受けて「これが音楽なの?」と言われるような音楽を作ってみたい。新しい驚きをこれからも届けていきたいと思います。



11/5 THURSDAY
山中千尋 ニューヨーク・トリオ
全国ホールツアー2015
〜山中千尋のラグタイム〜

◎曲目/エンターテイナー、メイプル・リーフ・ラグ、イージー・ウィナーズ、
サンフラワー・スロードラッグ ほか ジャズ・スタンダード、オリジナル曲など
■会場/三井住友海上しらかわホール
■開演/19:00
■料金(税込)/S¥6,500 A¥4,500 学生¥3,000 
■お問合せ/中京テレビ事業 TEL.052-957-3333(平日10:00~17:00)
※A席は安全てすり設置のため視界が遮られます
※未就学児入場不可