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「寺井尚子」 スペシャルインタビュー
取材日:2011.10.16


日本におけるジャズ・ヴァイオリンの第一人者、寺井尚子。
自らキャリアを切り拓き、独自のスタイルを確立。繊細な表現力と情熱的な演奏で、
多くのファンを魅了し続けています。力強くかつ華麗に邁進し続ける彼女が、
ジャズ・ピアノ界の重鎮、佐山雅弘と共にジャズの魅力を語ってくれました。

“ジャケ買い”で聴いた1枚のレコードがジャズとの出会い。

寺井さんとジャズとの出会いはどのようなものだったのですか?

寺井:4歳からクラシックのヴァイオリンを習い始めて、6歳のときにヴァイオリニストになろうと心に決めてずっと歩いていたんです。でも15歳のときにひどい腱鞘炎にかかって、休んでいる間にビル・エヴァンスのレコードと出会って。アルバム「ワルツ・フォー・デビイ」のジャケットが素敵だったんです。それで、「まぁ聴いてみよう」と。そうしたら、アルバム1枚を聴き終わる頃には、ピアノトリオと共に自分が自由自在にヴァイオリンを弾いているイメージが沸き上がってきたんです。このイメージを何か形にしたいと思って、そこから探求の日々が始まりました。

ジプシー音楽などではヴァイオリンが使われますが、ジャズ・ヴァイオリンというのは一般的には馴染みが薄いですよね。

寺井:世界的にも珍しいと思います。当時は、ジャズ・ヴァイオリニストが少ないことも知らなかったんです。どこのレコード屋さんに行ってもジャズ・ヴァイオリニストのコーナーもないし(笑)。でも「おかしいな、まいっか。」って感じでしたね。とにかく、私にとって魅力的な音楽が見つかった。そこで何かを表現したい。私はヴァイオリンが弾ける。この3つの動機があれば充分だったんです。

自ら探求して作り上げたジャズ・ヴァイオリンの奏法。


最初に触発されたビル・エヴァンスのようなモダンジャズをヴァイオリンで表現してみよう、というところから始まったのでしょうか?

寺井:そうです。修業時代は、よく自分のライヴの演奏を録音していました。でも、それを後で聴くと、イメージ通りに聴こえないわけです。自分では、弾いているつもりなのに(笑)。「あれ?この差は何だろう」と、毎日、試行錯誤しながらいろいろな奏法を見つけていきました。もちろん、クラシックの奏法は100%必要なのですが、それにプラスしてジャズのノリ、ニュアンスというものをより表現するための奏法が、次第に自分の中に沸き上がってきたんですね。

誰に教わるでもなく、ご自身で奏法を身に付けられたんですね。

寺井:そうですね、言葉にするとそうなるのでしょうか…。でも、音楽家なら皆さんそうしていると思いますよ。それぞれにオリジナルの奏法というのがあって、それが聴く人の耳に心地いいとか、プレイヤーの魅力、ということにつながるんだと思います。

「こう弾きたい」という強い思いで臨む、
真剣勝負のセッション。

12月には、ジャズ・ピアノの重鎮、佐山雅弘さんとのデュオコンサートを行います。寺井さんからご覧になって、佐山さんの魅力は?

寺井:素晴らしい音と感性、世界観を持った、本当に素敵な音楽家だと思います。これまで何度も共演していますし、知り合ってからも長いんですよ。私が修業してる頃から、声をかけていただいたり一緒にセッションする機会もあったり。今も年に何度かご一緒させていただくんですが、本当に毎回楽しみで。佐山さんとの共演は、今日のステージがどうなるか分からないという未知の世界が、緊張感と共に楽しみにつながっています。



このデュオ・コンサートでの聴かせどころ、こだわりは?

寺井:いつもはベースとかドラムのリズムがあるけれど、デュオは本当にシンプルですよね。その分、難しさもあるんです。信頼関係がないと成立しない。頼るものは自分と相手しかないわけでしょ?お互いの呼吸を感じながら耳を研ぎ澄ましていくというか…。何百分の1秒まで感じるぐらい自分のテンションを上げて臨みます。

佐山さんにとって、寺井さんとのセッションはどのようなものですか?

佐山:そりゃもう、いいですよ。何がどうと言うのではなく、音を出してそれに反応して、ということで世界が出来ますから。でもね、それも僕たちを育ててくれた多くの人たちの音楽性とミックスしてるんだと思うんですよ。直接習った人、一緒に演奏した人、それこそレコードで聴いたビル・エヴァンスやセロニアス・モンク、オスカー・ピーターソンなんかの音楽性が僕たちの中で集約されて、音として出てるわけですから。僕は自分自身をフィルターだと思っているんです。でも尚ちゃんは、もうちょっと恣意的かもしれないね。自分の出したい音に対しての意志がとても強い。

寺井さんは、佐山さんに限らず、ほかのプレイヤーとのセッションではご自身がリードする方ですか?

寺井:そうですね(笑)。「こう弾きたい」という確固たるものはあります。自分がこういう音を出したい、こういう音を作りたい、という思いはすごく強い。でも、そう思って弾いていても、例えば佐山さんからいい音が出てくると「あ、それいいね!」って飛び乗ってしまう自分もいるんです。ただ、最初は私が提示しなきゃ、と(笑)。ですから、いい音やプレイを吸収してちゃんと反応できる自分でいたいなぁと思っていますね。通り過ぎないように。

より自由になるために、ジャズを探求する日々。

ジャズはとても自由な音楽ですよね。寺井さんご自身も、クラシックや映画音楽などさまざまなジャンルから演奏する曲を取り上げていらっしゃいます。

寺井:そうですね。オリジナルのジャンルは問わない。ジャズの魅力って、ノリとかリズム感とかいろいろありますけど、ほかの音楽にないのはやっぱり、即興演奏(アドリブ)ですよね。それによって、音の会話を飛ばしながら演奏を作り上げていく。その曲で“ジャズる”ことが大切なんです。

佐山:「オリジナルのジャンルは問わない」。これ、いい言葉ですね。ジャズのスタンダードと言われている曲でも、オリジナルはジャズじゃないものも多いもんね。

寺井:映画音楽とかミュージカルナンバーとか。偉大なジャズメンが演奏したということでスタンダードになっている曲って、いっぱいあるんですよね。私が弾いている曲がこれからの時代のスタンダードになっていけば最高だし。「ジャズとは」と定義して「よく分からない。難しい」となってしまうと、つまらないですよね。音楽って居心地がいいかどうかということが、実はいちばん大事なんじゃないかと思います。演奏する側も、聴く側も。そこを大事にしていきたいなぁと思います。スタンダードのジャズが聴きたい方は、ジャズクラブに行ってその世界に浸るのも楽しいでしょう。

佐山:僕は、ジャズファンとしては割とそれかな。ジャズ喫茶に行って、カバーの付いてない文庫本を読んでほかのお客に「喋るな!」って(笑)。

寺井:60年代の、大音量でダーッて聴くみたいな(笑)。私は、常により自由になりたいと思っています。そのためには、どんどん課題をこなしていかないといけない。そこを目指して、日々を送っています。2011年、本当にいろいろなことがありました。名古屋での12月のコンサートは今年の締めくくりですから、佐山さんとふたりで、思い切り自由になってエネルギーを発信していきたいです。