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「阿部 寛」スペシャルインタビュー
取材日:2022.07.05


犯罪捜査一筋30年の刑事、成瀬司。犯罪撲滅のために、
違法スレスレの捜査までやってしまう彼は、警察組織から問題視され、
ついに警察音楽隊への異動を命ぜられてしまう…。
日本の映画界をけん引する阿部寛が、成瀬役を演じる『異動辞令は音楽隊!』。
これまで楽器を触ったこともなかったという彼に、作品の魅力を聞いた。


脚本を読んで、オファーを快諾されたそうですね。今までと違った自分が引き出されるのではないか、という期待があったそうですね。

俳優としてのキャリアがここまで長くなると、これは今までと全く違うな、と感じる役とはなかなか出合えない。だけど、音楽隊でドラムを叩くことになる刑事なんていうのは、完全に初めてですね(笑)。成瀬は子どもの頃に和太鼓の経験がありますが、僕自身はドラムも和太鼓もどちらもない。どういうものなのかさえ全くわからなかったんです。成瀬が感じたように僕も『なんで俺が?』と思いましたよ。ドラムを叩くシーンを、俺が一体どうやって撮影するんだろう?とも考えました。ただ、監督は今注目の内田さんですから(※『ミッドナイトスワン』(2020)などの内田英治監督)、そこにはきっと何かあると。そういう期待感もあって引き受けました。

成瀬は、犯罪撲滅にかける正義感が強い。でも、その正義感が行き過ぎてしまう人ですね。そのせいで仕事も家庭も、うまく行っていません。

高齢者をはじめ弱者を脅かす犯罪者を決して許すことはできない、一刻も早く事件を解決しなくてはならないという強い思いが成瀬にはあるんです。コンプライアンスを重視して慎重な捜査しかできない警察組織に対しても、歯がゆさを感じている人物。正義感が強すぎるがゆえに、周りの人間がどんどん遠ざかっていってしまうんですね。


仲間とも家族とも、いい関係を築くことができなかった成瀬が、音楽隊に入って変化していきます。その変貌ぶりが興味深いと感じました。着ている洋服まで変わっていきますから。

音楽隊の中で一番苦手だった春子との会話がきっかけになって、成瀬は変わっていくんです。自分のことだけでなく、周りのことも考えようと努力するようになっていく。実は、その成瀬の変化を感じるすごく好きなシーンがあって。春子との会話のあと、早朝に練習場へ向かうという何でもないシーンなんですけど、そのとき成瀬はドラムスティックを小さく投げて、キャッチするんです。完成した映画を見て、涙が出ました。台本ではまさか泣けるシーンだと思ってなかった。僕にはその瞬間こそが彼が変わった奇跡のシーンでした。

成瀬を演じるに当たって、ドラムをかなり練習されたそうですね。ドラムに挑戦してみて、いかがでしたか?

ドラムのことを全く知らなかっただけに、やる前はスポーツのようなものだと思っていたんです。パワーが重要なんだろうなって。だけど、やるうちに繊細なものだとわかったんです。まず勉強のために、バディ・リッチをはじめとした海外のドラマーの演奏を映像で見ました。もう本当に震えましたよ。水滴が湖の湖面に落ち、波紋が広がるような繊細さがあるんです。ピアノの鍵盤に触れる指先のような繊細さが。ただ力強くドンドン叩くだけじゃなく、そうやって繊細な表現ができれば、さらに成瀬の心情をより細やかに見せることもできるんじゃないかなと思いました。そこから迷いなく練習に力が入りました。トイレに入っている時間も練習しましたよ(笑)。ドラムは簡単なものではなかったんですが、練習を重ねるうちに可能性が少し見えてきた。自分ではない自分が現れたような感覚もありました。本当に楽しかった。ドラムセットを買おうかなとも思いましたが、音も大きいしマンション暮らしの自宅ではと冷静になって諦めましたけど(笑)。



定期演奏会で『イン・ザ・ムード』を演奏するシーンは、観客が一番見たいシーンだと言えます。監督は一切吹き替えをしないと宣言していたそうですね。

僕と同じように、出演者はみんな担当の楽器を相当に練習しているんですが、やはり大事なシーンですから、全員が合わせられるようにテンポを落として演奏する案も考えられていたんです。だけどそれでいいのか?と思って「速いテンポでやりましょう」と提案しました。ここで見せたいのは演奏。上手に演じようということではないと思ったんです。観客のために絶対に失敗できない。そんな緊張感が高まった状態だからこそ、いい演奏を見せられると思ったんですよね。

この作品は、音楽映画としてのストーリーを主軸に、刑事ものとして、今大きな問題になっている“アポ電強盗”のサブストーリーが展開していきます。高齢女性が被害に遭う冒頭のシーンは、「これは私も騙されるかもしれない」とハッとしました。

被害に遭う女性役を演じた俳優さんの力もあるし、その現代の闇をきちんと描いた監督の手腕も見事です。あのシーンがあるから、成瀬の悪を憎む強い思いがはっきりと見える。この映画は、刑事ものとしてのその部分と、音楽映画としてのメインストーリーで描かれる成瀬の変化とのバランスが絶妙だと思います。音楽隊のメンバーと共に変わっていく成瀬の姿は、この映画を見てくれる方に、人は変わることができるんだということを感じてもらえると思っています。

◎Interview&Text/上田美香
◎Photo/安田慎一
◎Makeup&Hairstyling/AZUMA(M-rep MONDO-artist)
◎Stylist/土屋シドウ



8/26 FRIDAY〜全国ロードショー
「異動辞令は音楽隊!」
◎原案・脚本・監督/内田英治
◎出演/阿部寛
清野菜名、磯村勇斗
高杉真宙、板橋駿谷、モトーラ世理奈、見上愛
岡部たかし、渋川清彦、酒向芳、六平直政、光石研/倍賞美津子
◎配給/ギャガ
Ⓒ2022「異動辞令は音楽隊!」製作委員会