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清水ミチコのシミズム

<本の中に「エッセイ」っていうジャンルがあるんだ!>
私は高校生の頃、これをはじめて知り、驚きました。
きちんと創作された小説だとか、
作者が過去に経験した遠い話ではなく、
日々感じたこと、ゆうべの気持ちを
そのまま文章にするだなんて、
こんなのアリなの?めっちゃ読みやすいし!
と思い、図書館や新刊などで、
色んな人のエッセイを優先して読むようになりました。
そのうち、これなら書ける!
しかも書きたい、今すぐに!
と思うようになりました。
もともと作文の宿題は大好きで、
夏休みなどの読書感想文すらもイヤではなかった。
「書きたくな~い!メンドー!」という、
よく聞く友達の言葉には、
(またまたカッコつけて~。
誰だって本当はあんな楽しいことないだろ)
と思っており、
最近やっと自分が少数派だとわかりました。
高校時代から行動の早さだけは
まわりの誰にもヒケを取らなかった私。
さっそくそのエッセイのモノマネをノートに列記。
それをいつも私を存分に甘やかしてくれ、
すぐ誉めてくれる友人M子に見せると、
予想通りに絶賛をもらい、うれしかったものです。
しかしそれ以上に忘れられない記憶は、
いつだったか、そのノートを勝手に開いて
読んだ親からの爆笑と罵詈雑言。

父「おい、ケイコ(母の名)、コレ読んだか。
“白でも黒でもない。灰色なことはたくさん
あるのだ”やとよ。“おしまい”。やと!」

母「“あるのだ”。ハハハハ。ありがち!

 しかも全体、山田太一のパクリ。」

 
父「おとついのドラマのパクリ、バレバレ。
アーッハッハ!」

母「アーッハッハ!」

爆笑。笑うがいい。事実、私は使ってみたかったのです。
「白でも黒でもない。灰色な事がある。」
このフレーズ最高。
しかし、まさか同級生に見せるより先に親にバレるとは。
今でこそ、親と子供の距離が問題になってますが、
昭和の親はとかく子供と密なのでした。
それはそれで子供は傷つき、うざったかったものです。
つまり、灰色な事がかようにあったのでした。