HOME > 土岐麻子「もちもち道中膝栗毛」 > Vol.17 ニイハオの餃子

土岐麻子「もちもち道中膝栗毛」

小さい頃、我が家で外食といえば「ニイハオ」だった。ご夫婦が経営している幡ヶ谷の小さなお店で、餃子が美味しい。おばさんが大きな銀のボウルから白くて丸い小麦粉の生地をちぎると、あっという間に具を包み餃子が出来ていく。手品のようで、いくら眺めていても飽きなかった。
分厚い皮は、水餃子にしても焼き餃子にしてももちもち。焼き餃子は多めの油で表面はパリパリに焼かれている。そして粗めの豚肉、ほのかなスパイスの風味。
他のメニューも美味しい。セロリが苦手だった私は、ニイハオの「セロリ酢漬け」で好きになった。
小学校の近くだったので、友人家族と出会すことも多かった。兄弟がいなかった私は男の子供という、すぐからかってくる生命体が苦手だった。だから知っている男子の一家に会うと、緊張が走った。
しかしそれはニイハオに行かない理由にはならなかった。顔を隠して気配を消してまでも、あの餃子は食べたかったのである。
父は、同じマンションのおじさんと紹興酒を飲みに行くこともあった。
母はもともと中華料理が好きではなかったらしいが(神奈川県出身で、中華街の店先にぶら下がっている鶏にショックを受けたトラウマがあったそうだ)、ニイハオにはとてもハマっていたと思う。お店と似たような白い皿を買っていた。
時が流れて、いまもお店は健在である。それどころか以前よりも賑わっているし、規模も大きくなった。同じフロアのもっと大きなスペースに引っ越したのだ。
おじさんは昔、おばさんと離婚してしまって一時期は何もやる気が起きなかったそうだが、社交ダンスを習ったことで気力が復活し、餃子の味も取り戻したそうだ。それからミシュランにも載ったしアド街にも出た。
やっぱりニイハオは家族連れが多い。かつては私が避けていた同級生の男子達がおじさんになって子供を連れて来ていたりする。いまは彼らと挨拶だって出来るし気楽に話せる。カウンターには、かつての父のように紹興酒をやりながら餃子をつついている大人達もいる。ひとの人生のようにお店も紆余曲折しながら、40年近くたったいまもたくさんの人の「特別な外食のいつもの店」であることに、行くたびに感動する。
今回でもちもち道中膝栗毛は最終回。自身のもちもちグルメの原体験を振り返ってみたところ辿り着いたのがニイハオの餃子でした。ありがとうございました!