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VOL.14
「スクデラランジャポルファボール」呪文みたいなこの言葉は、子供の頃に父が教えてくれたポルトガル語。「オレンジジュースをお願いします」という意味だそう。
ミュージシャンの父は、レコーディングをしに何度かブラジルへ行っていた。帰国すると現地の話をたくさん聞かせてくれて、音楽仲間の話、食べ物の話、小鳥が集まってくる家の話…楽しそうに話す父につられ、私もテンションが上がっていたのを覚えている。
宿のお婆さんが私のために作ってくれたという服は、宝物だった。鮮やかなピンクで、花型のモチーフを縫い合わせて出来たショート丈のボレロ。その色が馴染むであろう、ブラジルの街や空の色を想像した。
大学生になって私はボサノヴァを好きになり、バイト先でアストラッド・ジルベルトやマルコス・ヴァーリのCDをかけ、父から辞書を借りて歌詞を読み、ひそかにポルトガル語の歌を練習した。難しくて今でも上手く歌えないが。
でもやっぱり聴くのは大好き。
夏が近づいてきた今は、エリス・レジーナの『イン・ロンドン』を聴いて気分を高めている。
そんな先日、東京でブラジルのもちもちに出逢った。「タピオカ」という、半円型のクレープのようなもの。真っ白で、表面はざらざらとしている。中にはハムとチーズ。歯応えはカリッとしているのに、もっちりと重たい弾力がある。もちもちしているのに水分が少ないという、初めての食感だ。
北部の定番の朝ごはんで、生地はキャッサバ粉と水を混ぜて一晩寝かせて作るのだそう。父が訪れたのは確かリオだったが、どこかでこれを食べたかな。東京のWORLDBREAKFASTALLDAYで、アサイー、ポン・デ・ケイジョなどが添えられ「ブラジルの朝ごはん」として7月31日まで味わうことが出来る。
飲み物は当然オレンジジュースにした。
日本なので「スクデラランジャ…」とは注文出来なかったが。
いつか、ブラジルでこの言葉を実践する日が来るだろうか。父がお世話になったブラジルの家族や音楽仲間は皆、病気や強盗に遭って亡くなってしまったという。そんな父も昨年亡くなった。
当分は、父との思い出にタイムスリップする魔法の呪文だ。