HOME > 土岐麻子「もちもち道中膝栗毛」 > Vol.13 沖縄のメキシコのタコス

土岐麻子「もちもち道中膝栗毛」

沖縄へ行くと、私はまずメキシコへ行く。いや、メキシコへ行くために沖縄に行っているというべきか。沖縄なのにメキシコ、メキシコなのに沖縄…70文字ものスペースを使って一体なんの話をしているのだろうと思われる方もあろうが、もしかしたらピンと来る方も少なくないのではないだろうか。
沖縄は宜野湾市に、「メキシコ」というタコスの有名店があるのだ。街道沿いの小さなビルの一階で、ひょろっと背の高いサボテンと、窓にぐるりと装飾された緑・白・赤のメキシコストライプが出迎えてくれる。
なんと1977年創業だそうで、古い映画に出てくるアメリカンダイナーのようなシックでレトロな雰囲気。しかし壁にはメキシコっぽい強い色彩の油絵と、シーサーや三線…と、文化が調和している感じは沖縄ならではの佇まい。
たぶん、誰が来ても「なつかしい」と思うはず。でも思い起こす時代や場所は人それぞれ違うだろう。私は小さい時に家族と行ったイタリア食堂を思い出し胸が熱くなる。
食べ物のメニューはタコスだけ!いくつ食べるかだけを告げればよい。あきらかに他と違うのは皮で、ところどころぷくっと膨らんでいるのは揚げてあるから。なにより食感がすごい。パリパリともちもちとふわふわが共存していて、おまけに全くしつこくないのだ。ふわっとした千切りキャベツ、挽肉、チーズ、スライストマトがはみ出さぬ程度におさまっている。爽やかで夢のように美味しくて、飲み物のようにスルスルと入っていく「のどごし」のよいタコスなのだ。
数年前、新しいスタッフに皮の揚げ方を伝授するために1ヶ月ほどお店を閉めていたことがあった。張り紙を見たとき、食べられないことを残念に思う気持ちよりも感動を覚えた。40年以上続くお店の誠実さよ…
ときに立ち止まったとしても、納得いく仕事をする。
私はその張り紙を見て以来、メキシコに行くと「なつかしい」という懐古の気持ちの他に、これからの生き方について姿勢を正される気持ちをも感じるようになった。