HOME > 土岐麻子「もちもち道中膝栗毛」 > Vol.10 だしいなり海木のお稲荷さん

土岐麻子「もちもち道中膝栗毛」

わたしが通っていた幼稚園では、年に一回「おいなりさんのひ」があった。その日だけは皆、空(から)のお弁当箱を持って行く。中庭に列び、先生たちがつくってくれた稲荷寿司をふたつずつ詰めてもらう。普段は家でつくってもらったお弁当を持参して、園からは基本、ヤクルトと肝油ドロップ以外提供されないものだったので子供心にとても特別な日だった。
なぜこういうイベントがあったかというと、敷地内に稲荷神社があったから。先生が「おいなりさんはあぶらあげが好きだから、今日は皆で一緒に食べるんだよ」と言っていたのを覚えている。
薄いあぶらあげはしっとりしていて、つややか。しっかりと甘い味がしみていた。庭の奥にいるおいなりさんも美味しいと思っているだろうか、と考えながら食べた思い出がある。

それからわたしは稲荷寿司が好きになり、いまになるまで二度くらい食べ飽きた時期があったものの、最近また盛り返している。
きっかけは博多・海木(かいぼく)の「だしいなり」との出会いだ。手土産でいただいたのだが、ひとくち食べて、声が出るほど感動した。しっかりとしただしの風味と、上品な味、そしてもっちもっちのあぶらあげの食感!…なんだこれは!
調べてみると、「南関あげ」を使っているとのことだった。熊本名物のカラカラに乾燥したあぶらあげである。わたしはこのあぶらあげが好きだ。常温で長期保存が出来るため、かつて軍隊の物資だったとのこと。水分を含むとじゅわっとふくらみ、もちもちもするしシャキシャキもするし…なんとも例え難い不思議な食感になる。
海木のものはさらにオリジナルでつくっているらしく、よりふっくらとやさしく、弾力がある。最近寒くて首がすぐ痛くなるので、このだしいなりを枕にしたいくらい。
刺激的なまでにやさしい美味しさの、海木のだしいなり。もちもちファンにも、幼稚園のあのおいなりさんにも食べてもらいたい、特別な稲荷寿司だ。