HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第九十一回「思いの答え合わせ」
文・イラスト/辻和子
思いの答え合わせ
歳月が経っても色褪せない恋の記憶ー。ずっとそれを抱いて生きる場合もある。「弁慶上使」はそんな事を思わせる作品です。
敵方の平家の娘・卿の君を正妻にした源義経。そのために兄・頼朝に謀反の疑いをかけられ、妻の首を差し出すよう迫られます。身重の妻は家臣の屋敷に預けられていますが、そこへ武蔵坊弁慶が頼朝の使者としてやって来ます。
家臣夫妻は腰元・しのぶを卿の君の身代わりにしようとします。居合わせたしのぶの母・おわさは「この子は17年前に一夜の情から身籠った娘。父親を探して対面させるまでは死なせない」と、その時に残された相手の振袖の片方を見せて拒みます。
しかししのぶは、物陰から突き出された弁慶の刀によって絶命。詰め寄るおわさに、弁慶が片袖を脱ぐと同じ振袖が。その昔、おわさが闇に紛れて契った稚児(僧侶見習い)は弁慶であり、しのぶは彼の実の娘だったのです。主君の命でやむなく娘を身代わりにした弁慶は、大泣きに泣くのでした。
弁慶が生涯一度だけ女性と契ったという伝説を基にした作品ですが「色褪せない一夜の記憶」が本作のテーマ。弁慶もおわさも、恋の形見の片袖を肌身離さず持ち続けていました。娘を失った悲しみに暮れながらも、探し求めていた相手と出会ったおわさの驚きと、17年の歳月を経て再び燃え上がる恋心。その様子は娘時代の再来のような生気に満ちています。それはたった一度の恋だったと語る弁慶。いかめしい豪傑にも、振袖の似合う美青年時代があったという年月の重み。その重みにも消える事のなかった恋の炎が、涙の中にゆらめいて見えます。











