HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第八十六回「寛容と尊敬のあいだ」

世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

寛容と尊敬のあいだ

「今どきの若者は…」という愚痴は紀元前からあるそうです。そんな世代間ギャップを埋めるのは、いつの時代も年長者は若者への寛容さ、若者は年長者へのリスペクトが鍵なのでしょう。
「鈴ヶ森」は世代の違う二人のアウトロー・幡随長兵衛と白井権八の出会いを描いた作品。長兵衛は大親分と呼ばれた人物で、口入業(職業斡旋)で名を上げ、三千人の子分がいたとされます。権八は十代の若者で侍の出身ですが、故郷・鳥取での揉め事で殺人を犯し、江戸へ出奔しています。
どちらも実在の人物がモデルですが、実は同時代の人ではありません。貫禄たっぷりの大親分と、腕の立つ美少年という対比を楽しむ演目です。江戸当時は、実力派俳優と美形アイドルの共演という感じだったのでしょうか。
二人の出会いの場は、江戸当時の刑場・鈴ヶ森。たどり着いたお尋ね者の権八を、大勢のならず者たちが賞金目当てに襲います。彼らを鮮やかに斬り伏せていく姿を、通りすがりの駕籠の中から長兵衛が目撃し、その腕前に感心します。立ち去ろうとする権八を呼び止める「お若けえの、お待ちなせえやし」の台詞は有名です。
答える権八の「益ない殺生いたしてござる」の台詞は、内心では得意満面の、若さゆえの自負が感じられますが、長兵衛の正体を知って驚く「すりゃ(あなたは)中国筋でも噂に高い」からは尊敬と驚きが。危険地帯での乱闘を見ても全く動じず、事の成り行きを観察し終えた長兵衛は、権八を自宅に誘います。大物のそんな余裕ぶりにティーンエイジャーの権八も「ゆるりと江戸で」と、これまた背伸びして応えるのです。