HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第八十四回「若気のプライド」

文・イラスト/辻和子
若気のプライド
若い時の恋は、えてして突き進んでしまうもの。「もうどうにも止まらない~」と燃え上がる事がある一方で、思わぬ失恋で、エキセントリックなまでの自己犠牲を払う場合だってあります。
「新版歌祭文」野崎村の場は、姿も性格も対照的な二人の娘が、丁稚の久松をめぐって恋の季節を繰り広げます。田舎娘のお光は、前垂れに手ぬぐいのかいがいしい姿。兄弟同様に育てられた久松との、間近に迫った婚礼に胸をおどらせ、膳の支度をしています。
そこにやって来たお染は商家のお嬢さま。豪華な振り袖姿で、おっとりした立ち振る舞いながら恋には早熟。お染の美しさにウブなお光は圧倒され、お染と久松が実は深い仲なのを知る。お染は妊娠していたのです。何不自由なく育ったお染は遠慮というものを知りません。久松との仲を周囲に許されないため、心中を迫ってまで自分の思いをとげようとします。
それを見たお光は、自ら身をひき尼となります。歌舞伎では庶民サイドの娘は自己犠牲を払いがち。嫉妬の気持ちを素直に表していた活発なお光が、尼姿になった途端、悟ったような物言いになるのはギャップもあります。でもそれはお光なりの、精いっぱいのプライドの示し方。もう自分の出る幕は無いと思い知った時、お染とは真逆の行動に出たのです。これも若さゆえの激しさと言えますが、去り行く二人を見送った後「嬉しかったは、たった半刻」と呆然とつぶやく、お光の本心が哀れです。
