HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第七十九回「親の乗り越え方」

世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

親の乗り越え方

たとえ肉親でも解り合うのは難しい。特に父と息子、母と娘の同性同士の場合、複雑な感情を持つ事も少なくないでしょう。
「ヤマトタケル」は神話の世界を題材にしたスーパー歌舞伎です。大和の国の皇子・小唯命(後のヤマトタケル)は、心優しく武勇に富んだ青年。誤って双子の兄を殺してしまったため父帝の怒りを買い、その命により各地の豪族の征伐に出向きます。
豪族・熊襲を討ち果たし、勇んで大和に帰還したタケル。しかし父は美しい兄橘姫との婚姻とセットで、飴と鞭のごとく今度は蝦夷の征伐を命じます。「戦って死んで来い」と言わんばかりの扱いに翻弄されるタケル。父への思いが届かず、自分を認めてもらえない事に悩みながらも、気丈に蝦夷へと向かいます。
東国の征伐にも成功し、ようやく父に認められたと思ったのもつかの間、またもや伊吹山の山神を倒すよう命じられるタケル。自分が望んだ訳ではない運命を受け入れ、ひたすら最善を尽くそうとする姿が印象的ですが、征伐される側からすれば彼は侵略者。ふとした慢心が元で、タケルはついに命を落としてしまいます。
思えば人は、自分の物語を更新する事で生きていけるものなのかも知れません。タケルの場合、父との対立を乗り越えて自己の価値を確認出来る唯一の方法が、戦いだったのでしょう。肉親とは、よくも悪くも自分の生き方を問われる存在のようです。