HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第七十八回「世渡りいらずの純真」
文・イラスト/辻和子
世渡りいらずの純真
人間以上に情に厚く、倫理観にも優れているのが歌舞伎に登場する狐です。「義経千本桜」川連法眼館に登場する狐忠信は、その代表。兄・源頼朝に疎まれて追われた源義経をめぐる人々の物語です。
義経の家臣・佐藤忠信に化けた狐忠信は、義経の愛妾・静を、義経が潜伏中の館までエスコートします。正体がばれた後、静が義経から預っている鼓の皮は、自分の両親のものと明かします。それは昔、雨乞いのために作られた宝物で、鼓を親と慕う狐忠信は、鼓から両親の声も聴く事が出来ます。
「一日親をも養わず~」と、親孝行も出来なかったと嘆く狐忠信。「烏は親の養いを、育み返すも皆孝行。鳥でさえその通り、まして人の情も知る狐」という詞章からは、狐は他の動物より上で、人間に近い存在というプライドもうかがえます。義経のおかげで、静との旅のあいだ中、両親の側に寄り添う事が出来たと感謝しますが、鼓となった両親は、義経の迷惑にならぬよう、早く古巣へ帰れと諭します。
泣く泣く去ろうとする狐忠信ですが、その心情に打たれた義経は、鼓を忠信に授けます。喜んだ狐忠信は刺客を惑わし、義経の恩義にしっかりと応えます。
義経も忠信同様、幼少期に父を討たれて一日も親孝行が出来ず、成人してからは親とも頼る兄に見捨てられました。乱世の習いとはいえ、骨肉の争いに明け暮れる人間の世界をよそに、ひたすらに肉親を慕い恩義も知る狐の在り方は、世渡りという言葉を超えた清らかさに満ちています。