HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第六十九回「本当は怖い共感者」

世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

本当は怖い共感者

真の悪人は共感する術にも長けている。そんな感想を持つのが「佃夜嵐」です。
江戸市中の佃島に収監されている囚人・青木貞次郎と神谷玄蔵。盗みでつかまった二人は元侍で、島では助け合う間柄です。貞次郎は武田信玄の埋蔵金を巡って、親を何者かに殺されており、仇をとる志を持っています。その言葉に共感する玄蔵。二人は共謀して脱獄をはかります。
泳ぎの達者な貞次郎が泳げない玄蔵を背負いながら隅田川を渡る場面は有名です。脱獄に成功した二人は、通りかかった若者から金を奪いますが、見ていた駕籠かきにからまれます。押さえつけられている貞次郎を、なぜかしばらく見つめている玄蔵。あわやという時になって助けに入り、駕籠かきを無情に殺します。
立ち寄った飯屋で、玄蔵は昔の子分に偶然出会います。貞次郎が座をはずした時、子分に何事かを耳打ちする玄蔵でしたが、信玄の埋蔵金を得るため金鉱窟に向かう貞次郎を励まして別れます。
その後、紆余曲折を経て、親殺しの真犯人は玄蔵だったと知る貞次郎。玄蔵は最初から自分が犯人と知りながら、何食わぬ顔で貞次郎に合わせ、子分を差し向けて貞次郎を殺し、埋蔵金を横取りするつもりでした。金鉱窟に先回りしていた玄蔵に追いつき、問いつめる貞次郎。シラを切る玄蔵と斬り結びますが、二人とも駆けつけた捕り手に捕まります。
事あるごとに貞次郎に共感してみせた玄蔵ですが、陰では「親殺しの犯人とも知らず俺を背負って助けた奴」とせせら笑っていました。徹底した悪人ぶりが印象的ですが、情の見せ方ひとつで相手を信用させる術は、今も昔も詐欺師に共通のようです。