HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第六十三回「女がキャラ変するとき。」

世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

女がキャラ変するとき。

人に恨みを抱く最大の動機のひとつは「裏切られた」悔しさではないでしょうか。それが信頼していた相手ならば、なおさらです。
「東海道四谷怪談」のヒロイン・お岩様も、手ひどい裏切られ方をした一人。それも夫と隣人両方からというのがすさまじい。
本作の前半は、お岩様の夫・伊右衛門のDVぶりが焦点。自らの不正が発覚し、主家を出奔して浪人中の彼は元上司を殺し、その娘の元妻・お岩様とよりを戻しました。一児をもうけたものの、生活に困窮したあげく、お岩様が煙たくなった伊右衛門は、隣家の伊藤家の娘・お梅の求愛と、金銭的援助の申し出を受け入れた結果、お岩様を追い出そうとします。
お岩様の悲劇は、欲望のままに生きる伊右衛門と、真面目な彼女の性格の不一致が根本にあるのですが、伊藤家の当主が孫娘・お梅を溺愛していた事も原因。伊右衛門に愛想をつかされるよう、顔の崩れる毒薬を産後の薬と偽ってお岩様に送り、伊右衛門もその事実を承知していたのです。
何も知らない彼女は、ひたすら伊藤家に感謝して毒薬を吞みます。紙で包まれた粉薬をまるで金粉を扱うように、一粒もこぼさないよう、丁寧に茶碗の水で飲み干す姿からは、隣家を信頼しきっている様子が良くわかります。
顔が崩れて真相を知ったお岩様の台詞「そうとは知らず隣家の伊藤、この身を果たす(滅ぼす)毒薬を、両手を突いての(自分の)一礼は、今に思えば恥ずかしい。(今頃相手は)さぞや笑わん、口惜しい」はキャラが一変する転換点。後半に幽霊となり伊藤家と伊右衛門にたたるのですが、夫とグルになって裏切られた恨みの深さを思えば、さもありなんです。