HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第五十二回「幸せとは足るを知ること」
文・イラスト/辻和子
幸せとは足るを知ること
もう少しお金があれば、あれもしたい、これも欲しいー。誰しも、そんな空想をしたことがあるのでは?平凡な夫婦に、思わぬ大金が転がりこんできたら…。環境の変化が人の関係も変えて、予想もつかなかった展開となるのが「怪談牡丹燈籠」です。
若侍の家で下男をしながら貧乏暮らしをしている伴蔵夫婦の長屋を訪ねて来たのは、若侍に恋いこがれて死んだ娘の幽霊と、その乳母。若侍をあの世に連れ去るため、家の守り札をはがしてほしいと頼まれた伴蔵は、女房・お峰の入れ知恵で幽霊と交渉し、成功報酬として百両をもらいます。その結果、若侍は死亡。いわば伴蔵のした行為は殺人幇助です。
百両を元手に故郷で商売を始めた伴蔵は羽振りが良くなり、女遊びにも入れこむように。知人もいない場所で寂しい思いをしていたお峰を訪ねてきたのは、長屋時代の女房友達。落ちぶれた彼女を助けようとするお峰に伴蔵は「人にはその時の境遇に合わせた暮らし方がある。付き合いだって変わってくる」と言い捨てます。
伴蔵の浮気も知っていたお峰は「以前お前が、せめて鮭の頭を肴にしてゆっくり酒を呑みたいと言ったから、あたしは三日三晩徹夜で針仕事をして酒を買い、鮭の頭で呑ませてやったら手を合わせて喜んでいたのは、つい去年のことじゃないか!」とまくしたてます。酌婦に入れあげ、お峰を煙たく思っていた伴蔵でしたが「誰の才覚でこうなれたと思ってるんだ!」と、お峰から別れるなら手切れ金として百両くれと要求され、旧悪のばれるのも恐れて、お峰を殺してしまいますが、自分も幽霊となったお峰にとり殺されるのです。
「もう何が幸せで、何が不幸せか、わかんなくなっちゃった」というお峰のぶやきが印象的。人は自分の考える以上に環境に流されやすい生き物。貧乏でも足る事を知り、二人で同じ夢を見ていた頃が、一番幸せだったのでしょう。