HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第四十五回 「革新という究極の世渡り」

世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

革新という究極の世渡り

「イノベーション」の本来の意味は「新機軸」「新しい切り口」「新しい捉え方」「新しい活用法」だそうです。何かすごい新技術の発明と思われがちですが、要は独自のアイデアで、新たな価値を生み出す事と言えるでしょう。 ひるがえって歌舞伎の世界。とにかく伝統第一と思われがちですが、実は何度もイノベーションを重ねた結果、生き残った芸能でもあるのです。歌舞伎を通じて、人間関係の機微を考える本欄ですが、今回は作り手側に注目。歌舞伎舞踊と聞けば、何を連想するでしょうか。綺麗な着物で品良く踊っているけれど眠くなる…というイメージを持つ人も多いかも。そんな人にぜひ観ていただきたいのが「高坏」という人気舞踊。舞台狭しと激しく踊りまくる「下駄タップダンス」です。 登場人物は大名と、その家来の太郎冠者と次郎冠者。二人を連れて花見に出かけた大名は、高坏(杯を置く台)を忘れた事に気づき、次郎冠者を買いにやらせます。しかし次郎冠者は高坏が何かわかりません。下駄売りに高坏とだまされて下駄を売りつけられた次郎冠者は、大名から預かった酒を飲んで酔いつぶれ、下駄をはき鳴らして踊り狂います。絶妙なバランスでリズミカルに踊る様子が大変面白いのですが、実は歴史は浅く昭和八年の初演。舞踊の名手・六代目尾上菊五郎が、当時流行中のタップダンスに着想を得てプロデュースしました。もともと歌舞伎舞踊は、タテノリ的な上下動の要素もあり、床を踏む足音も重要なアクセント。靴を下駄に変えれば日舞として成り立つという発想が、すぐれたイノベーションであり、日舞の技術を落としこんだ技術も秀逸でした。 舞台装置にも注目。「松羽目物」という能を模したスタイルが採用されています。本来の背景は松模様です