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世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

第三十一回「悪人の必須スキル」

何事にも「詰め」は重要。どんなプロジェクトでも、詰めが甘くては失敗してしまいます。 「伽羅先代萩」の悪人たちはその典型。仙台・伊達家のお家騒動をヒントに書かれた作品で、お家乗っ取りを企てる仁木弾正と、その妹・八汐を中心に、幼君暗殺の陰謀が計画されます。それを阻止せんとするのが、幼君の乳母・政岡をはじめとする善人たち。悪人たちは邪魔な政岡を排除しようと、政岡が幼君を亡き者にし、わが子・千松にお家を相続させようとしている願書を、神社で見つけたと言い立てます。 もちろん願書は八汐らの偽造。事の成り行きを不審に思った善人方が願書を見ると、末尾に政岡の署名が。「陰謀を明記した願書に、わざわざ自分の名前を書くアホはいない」と、しごくもっともなツッコミを入れます。 この八汐という役は、立役(普段は男性役を演じる役者)が演じるのが通例で、強さと憎々しさが必要なキャラですが、ツメは甘いようです。 陰謀に陰で加担する栄御前という女性も同様。官領家(幕府の要職)の妻である彼女は、幼君を暗殺しようと毒入り菓子を持参。権威をかさに、無理矢理菓子をすすめますが、すかさず千松が走り出て頬張る。政岡の日頃の言い聞かせの成果ですが、陰謀の露見を怖れる八汐は、苦しむ千松を刺殺。しかし男まさりの政岡は、つらい気持をこらえて涙一滴こぼしません。 その様子を見た栄御前は、政岡が千松と幼君を、赤ん坊の時にすり替えたと勝手に解釈。人払いをした後、政岡を仲間に取り込もうと、一味の連判状を見せます。そしてあろう事か、大事な連判状を政岡に預けて帰って行くのです。 自分の当てずっぽうを疑う事なく、他のメンバーと協議もせずに、勝手に重要書類を預けてしまう迂闊さ。そもそも計画通り若君が毒入り菓子を食べたとしても、持参した自分が疑われるであろう事は、明白ではないでしょうか。 本作の悪人たちは、みな迫力があり魅力的ですが、先を読む力には欠けているよう。でもそれがかえって、芝居にメリハリを与えています。