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文・イラスト/辻和子
第二十一回「したたかな達観」
自分ではどうしようもない状況の時こそ、気を長く持つべし。心のスパンを長くとれば客観的にもなれ、つらい時期も乗り切りやすくなります。 「一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)」の一條大蔵卿長成は高貴な公家ですが、言動はアホ丸出し。都中の人の笑い者にされながら、能狂言にうつつを抜かす毎日。平清盛から美女・常磐御前を下げ賜って、ご機嫌です。 世は平家全盛の時代。常磐は源義朝の妻でしたが、義朝が平家に破れ、子である幼い頼朝・義経兄弟を守るため、泣く泣く清盛の妾になりました。 いわば清盛のお下がりを、ありがたがって妻に迎えた長成を、世間はいっそうバカにします。常磐は常磐で、毎日弓矢遊び三昧。当時、女性は二夫にまみえずと言われた時代。彼女も長成とセットで物笑いの種に。 源氏再興を目指す義朝の家臣・吉岡鬼次郎は、そんな常磐の本心を探ろうと長成邸に潜入。遊びほうける彼女に腹を立て打ち据えますが、弓矢遊びは清盛を呪い殺すための儀式で、彼女は源氏再興のために本心を隠していたのでした。 実は長成は、これら全てを把握していました。アホの振る舞いは、清盛に睨まれないよう、生きのびるための処世術だったのです。芝居後半は、うって変わってりりしい貴公子ぶりを見せるのが最大の見どころ。 本当は源氏の血筋で、ひそかに再興を願う長成は、三十年間も出自を隠してアホのふりをしていました。常磐にも指一本触れていません。 なぜそんな事が出来たのか?源氏の凋落を目のあたりにした長成は「人間の盛衰は、ただ天の為すところ」と達観した上で、源氏再興の願いを心に据えました。「こうなればいい」という目標があれば、目先の事象に翻弄されずに、未来に気持ちを向けられます。もしヤケになって常磐に手を出していたら、心はさらに曇っていたでしょう。 自分が生きている間に、源氏再興はないかもしれない。それでも構わないと、時間という大きな存在に身を預け、世間の嘲笑を受け流し続ける長成。最後にアホに戻って言う台詞「命長なり、気も長なり」が、心に残る作品です。