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文・イラスト/辻和子
第二十回「“男は黙って”の悲哀と厚み」
「ぶれない事」は難しい。たとえばあなたが、秘めた志を守り通す事によって、周囲から誤解され、なじられても、我慢できるでしょうか?
たった一人の大切な人が、自分を理解してくれていれば、それでいい―。「菅原伝授手習鑑」の松王丸がそうでした。
松王丸は、三つ子の兄弟の一人。他の兄弟(梅王丸・桜丸)とは、敵味方になっています。三兄弟は菅丞相(菅原道真)に恩を受けた身ですが、松王丸だけがたまたま、菅丞相の敵・藤原時平の家来になっているという設定。
世間も他の兄弟も、松王丸が時平にくらがえしたと非難。時平の陰謀が原因で桜丸は切腹、梅王丸は左遷された菅丞相を追って太宰府へ。
一人残された松王丸ですが、世間は菅丞相が詠んだ「梅は飛び桜は枯るる世の中に何とて松のつれなかるらん」という歌をうけて、「松王丸はつれない」と悪口を言っています。
しかし歌の本意は「どうして松王丸だけがつれない事があろうか。きっとそんな事はない」というもの。菅丞相は松王丸を信頼しており、松王丸も、それを知っていました。菅丞相は、私心のない高潔な人物です。
それでも松王丸が時平寄りを装っていたのには理由が。仮病を装って時平に退職を願い出ている松王丸は、追手のかかった菅丞相の子・菅秀才を救おうと苦慮。「寺子屋」の場では、かくまわれている菅秀才の首を、時平の命令で、他の家来と一緒に検死しに行くという難題に直面します。
松王丸は、わが子を菅秀才の身替わりにするため、こっそり寺子屋に送りこみ、寺子屋の主・源蔵に首をうたせて菅秀才の首と偽証。時平の家来たちをあざむきます。
危機を脱した後、源蔵夫婦に全てを告白する松王丸。前の場面(賀の祝)では、肉親に災いがおよばぬよう、時平に忠義を尽くしたいという名目で、わざと親に勘当されます。肉親との断絶と世間の非難を、一身に背負う松王丸のキャラには、悲劇の厚みとスケールがあります。
松の緑色が一年を通じて変わらないように、松王丸の心も不変でした。その衣装は「雪持ち松」といって、雪を耐え忍ぶ松の柄です。