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世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

第十三回「ワルの魅力、江戸の肉食男」

落ち目のライオンに、したたかなハイエナ、そして陽気な野良犬—。「髪結新三」は、そんな一癖あるキャラが生き生きと描かれた、江戸のワンダーランドです。
主人公の新三は、家々を回って髪を結う、いわばフリーの美容師。縄張りの商家・白子家の娘お熊を身代金目当てに誘拐したあげく、なぐさみ者にするという、かなりヤバイ事をやってのけますが、陰にこもらずカラリと明るいのが特徴。
実は新三は前科者ですが、職業柄、愛想と調子はめっぽう良い。その口車に乗せられたのが、白子屋の手代・忠七。お熊とラブラブな彼は、新三にそそのかされて駆け落ちを決意しますが、新三は助けるどころか、態度を豹変。忠七を足蹴にした上、お熊を誘拐し、自宅に監禁します。
そんなワルの新三も、お熊奪回の交渉にやってきた家主には頭が上がらない。江戸当時の家主は、長屋のオーナーに委託され、家賃の取り立てや住人のもめごとの仲裁など「裏仕事」を一手に引き受けていました。新三以上に、したたかなアウトローなのです。
最初は相手を持ち上げておいて、後ですごむのも、この手の人間に共通。「俺は前科者だぞ」と意気がる新三に対し「そんな奴を置いてやっているのは誰だ。奉行所に訴えたっていいんだぞ」と言い放つ。一枚も二枚も上手です。
その前に交渉に来たのが、土地の親分・弥太五郎源七。こちらは最盛期を過ぎているのを新三に見くびられ、追い返されています。いわば年老いたボスライオンで、新三は後釜を狙う野良犬、家主は老獪なハイエナというところ。
肉食獣・狩猟民族的なこの三人に較べ、お固い商家勤めの忠七は、草食獣・農耕民族的。が、しかし、当時は、主筋と奉公人の恋愛はご法度。それなのに、隠れてお嬢さんとよろしくやっているのですから、こちらもかなりなもの。箱入り娘のお熊も同様で、監禁から解放される時は、新三の目つきも「いい女だなあ」と、未練ありげです。
魅力的な新三のキャラですが、先ごろ急逝した中村勘三郎も得意としていました。大人の男性の色気とやんちゃさが、良く似合っていました。
本作は初夏の季節感も大きな見どころ。青空の下、爽やかな風に吹かれ、肉食獣も草食獣も、ともに江戸という地平に生きているーそんな「抜け感」が、とても魅力的です。