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世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

第十一回「王道の親子関係」

舞踊「連獅子」ほど、理想的な親子関係はないかも知れません。親は自信を持って子育てをし、子は親の期待に立派に応えてみせる―。
能に取材した「石橋物」というジャンルの演目で、獅子は空想上の動物。中国は清涼山に住む聖獣で、深い谷には石の橋がかかっている事から、この名があります。
お話は単純明快。親獅子が子獅子を鍛えるために、あえて谷に突き落とし、子獅子は、たくましく這い上がってくるというもの。
最大のポイントは、その特徴的な内容が、実際の歌舞伎役者の親子による「芸道精進」と重なっているところ。現実にも、親子の役者で演じられる事が多く、前半(前シテ)は狂言師の姿、後半(後シテ)は、獅子に変身して踊ります。
白は親獅子、赤が子獅子の色。初々しい子獅子を、足で転がすようにして突き落とす親獅子。とは言え、子獅子が這い上がってくるまで、心配そうに気を揉むところは、親の情愛の見せどころ。
やがて勢い良く駆け上がって来る子獅子。溌剌とした動きは、子獅子の見せ場です。
獅子の姿になり、勇壮に毛を振るラストでは、観客は「ああ、こうやって歌舞伎の芸が、次世代に伝承されていくのだなあ」と、思わずにはいられません。ちなみに毛振りは、頭ではなく「腰で振る」のが口伝。子獅子の疲れを見計らい、親獅子がトンと足を踏んで、毛を振り終わる合図をします。
現在では、中村勘三郎親子による三人バージョンや、片岡仁左衛門と千之助の、祖父孫コンビまで登場。親子や兄弟、実際の肉親関係が投影された「それぞれの連獅子」があるのが、興味深いところ。
今どきの親御さんの、羨望を集めそうな内容ですが、意外にも初演された幕末前後にかけては、娯楽性を強調したものでした。ぬいぐるみで踊ったり、捕り手をからませてショーアップしたり、能よりも「歌舞伎味」の勝ったものだったのです。
また当初は、実力者同士の芸の競い合いを見せるのが眼目でしたが、時代が下がるにつれ、どんどんストイックで「芸道追求」的な方向に。もちろんこれには、観客の好みの変化もあるでしょう。昔に較べ、社会や家族関係が複雑になった現代ほど「王道の親子関係」が、夢みられるのかも?歌舞伎も時代に合わせて「世渡り」する生き物です。