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世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

第九回「『生き方のテーマ』が、自分のポジションを決める?」

侠客と呼ばれる人々の世界も、ある種テーマを持った生き方でしょう。限られた世界のなかで、独特の縦社会を形成し、仲間意識も強い。ミッションや「義侠心」のために身体も張りますが、それは同時に、自分のポジションを体感するためとも言えます。
「夏祭浪花鑑」は、そんな若者たちの「ミッションにかける熱い夏」を描いた作品。舞台は真夏の大阪。行商の魚売り・団七九郎兵衛、彼と義兄弟の誓いをかわす一寸徳兵衛、その女房・お辰といった人物の群像ドラマ。下層階級に属する彼らは、基本はやんちゃな暴れん坊で、色でいえば、鮮烈な原色の世界。
主筋の「バカ坊ちゃん」を敵方から守るため奔走する彼らですが、「困ったちゃん」な放蕩息子のために、団七は、悪どい舅を殺してしまう羽目に。
現在から見ると「そこまでする?」と思えますが、団七の女房は、バカ坊ちゃんの父親の武家屋敷に奉公していました。団七や徳兵衛も、それぞれ恩義を受けており、それが彼らの結束力を強めています。
現代でも私たちは、あるテリトリーのなかで生かされているもの。団七たちはさらに濃密に「義理と仲間意識」がからみ合う世界で生きている。
なかでも注目は、徳兵衛の女房・お辰のキャラ。
坊ちゃんの身柄護送を頼まれたものの「若者と若い美女が一緒では間違いがおこる」と言われ、自分の顔に、焼け火箸を押し当て火傷をつくり「これでも色気がござんすか」と迫る。役者さんが一様に「演じていて気分が良い」と言う役です。
夫に同調しているだけでは、そこまで出来ないでしょう。彼女の「心意気こそわが命」という人生テーマが、与えられたミッションによって、顕在化されたのです。定められたテリトリーのなかで、自分らしいポジションを保持するための行動で、火傷などは瑣末事。だからこそ、去り際に「うちの人が惚れたのは、ここ(顔)じゃない。ここ(心)でござんす」と、胸をポンと叩き「仲間に向かって」勝利宣言するのです。
登場時は、透けた黒の着物に日傘を持った姿。夏の午後に一陣の風が吹き抜けるような涼しげな風情で、熱い心を持ちながらも「暑苦しい」キャラではないのもポイントです。