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世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

第ニ回「嫉妬が育てる妄想」

嫉妬の最大のこやしは妄想かも。つき合っていた人の携帯が、急に音信不通になったら?「最近別の女の子とも仲良さげだった…」と気づけば最後「今ごろ二人はどこで何してるんだろう?」などと、気が気じゃなくなるもの。
状況がわかりにくいほど、嫉妬も育ちやすい。そんな妄想地獄にはまったのが「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)のお三輪です。
お三輪は十代の酒屋の娘で、隣に越してきたイケメンの求女(もとめ)に恋をします。実は求女は、天下を狙う大悪人・蘇我入鹿征伐のために身をやつしているVIP。突如現れた美女・入鹿の妹、橘姫の後を追って失踪。
お三輪は、求女の着物につけた糸車の糸が切れたのを、狂ったように追いかけ、入鹿の御殿にたどり着く。現在ならば「携帯がつながらない!きーっ!」という感じでしょうか。
深窓のお嬢様である橘姫に対し、お三輪は庶民の娘。「人の男を取りくさって」と怒りながらも、立派な御殿に気後れしがち。それでも二人の様子が知りたいと、右往左往する様子は、もはやストーカー状態。ティーンならではの一途さとも言えますが、余裕を失っている時ほど要注意。人にもつけこまれやすいもの。
御殿につかえる官女たちは、男っ気の少ない環境のなかで、欲求不満状態。突然飛びこんできた、恋する乙女のお三輪は、格好のイジメの対象に。無理な事をやらされ嘲笑されても、お三輪は求女に会わせてもらいたい一心なので、泣く泣く従うものの、心は上の空。奥をうかがっては求女たちの様子を探ろうとするそぶりが、ますますイジメをエスカレートさせるという悪循環。
求女と姫の婚礼を祝う声を聞きつけたお三輪は、ついに怒り爆発。「疑着の相」という激しい嫉妬の悪相となり、田舎の美少女は、一瞬で得体の知れない何ものかに変身。芝居的には、お三輪の一番の見せ場です。
すべては入鹿征伐の計略のための結婚で、最終的にお三輪は、その身を犠牲にして求女の役に立ちますが、妄想と嫉妬が、いかにいつもと違う自分にならしめるかという見本のようです。