HOME > MEGLOG【編集日記】 > <公演レポート!>久石譲指揮、日本センチュリー交響楽団「第262回定期演奏会」

MEGLOG

スタジオジブリをはじめ人気映画の音楽を多数作曲していることで、広い世代からの支持を得ている久石譲が、日本センチュリー交響楽団の首席客演指揮者に就任したのは2021年4月のこと。2021年度シーズンの掉尾を飾る「第262回定期演奏会」は、当の久石譲が登場し、彼が選んだ現代の音楽を中心とした、挑戦的なプログラムを、満員の聴衆に披露した。


©s.yamamoto

久石が1曲目に選んだのは、エストニアの作曲家アルヴォ・ペルトが1986年に作曲した「フェスティーナ・レンテ」。「悠々とゆっくり急げ」の意味を持つこの曲は、弦楽器とハープだけの静謐な曲だが、現在の世界情勢を考え、またペルトの生まれたエストニアを含むバルト3国とロシアの関係などを思いながら聴いていると、まるでレクイエム(鎮魂歌)のようにホールに優しく響いた。偶然とは云え、実にタイムリーな選曲からコンサートは始まった。

続いての曲は、久石譲が2019年に作曲した「Variation 57〜2台のピアノのための協奏曲」チェンバー・アンサンブル版を、新たに2管編成のオーケストラ用に書き直したもの。3つのモチーフと57のヴァリエ―ション(変奏)で構成されたこの曲は、ニューヨークの57thストリートに滞在していた時に着想し、スケッチを書いたのでこの名前になったそうだ。この日が管弦楽版の世界初演となった。演奏したのは、2021年に「第70回ミュンヘン国際音楽コンクール ピアノデュオ部門」で、第3位と聴衆賞を合わせて受賞した新進気鋭の姉妹デュオ、Piano duo Sakamoto(坂本彩、坂本リサ)。久石がYouTubeで彼女たちの演奏を見て、この子たちで行こう!と決めたそうで、リハーサル初日が初めましてだったとか。
この曲は、久石がSingle Track Musicと呼ぶ手法で書かれている単旋律で和音の無い音楽だが、特定の音の並びによっては、まるでフーガや和音の様に聴こえるという音の特性を利用したものとなっている。幼い頃からジブリ映画を見て育ったという坂本姉妹は、久石を神様のような存在と呼ぶが、久石の作るジブリ音楽とは違うもう一方のミニマル音楽をはじめとする現代音楽を、どのように捉えているのか、話を聞いた。
「同じことを繰り返しているだけのように思えますが、光の当たり方でグラデーションが変わって行くように、どんどん変化していきます。変拍子の連続で、オーケストラと合わせるのは難しいのですが、色々な楽器とピアノの音が混ざり合って、魅力的な響きになります。」坂本リサ 談。 
「現代音楽はコンクールでも演奏しますし、好きですよ。演奏中は一瞬たりとも気が抜けませんが、お客様も緊張感を持って聴いてくださるはず。奏者とお客様が一つになれる曲だと思います。久石さんの作られた曲を世界初演出来るのは、大変光栄なことです。」坂本彩 談。


©h.isojima


久石は語る。「この曲、自分の曲の中でも1、2を争う難しい曲です。16分音符を正確に弾かないとずれてしまいます。当初、客席に音を飛ばすためにピアノの蓋を客席に向けて開けていたのですが、それがオーケストラとピアノを分断していることに気付きました。蓋を取ったら、お互いの音が聴き易くなり、上手く行きました。オーケストラもピアノも、自分の出る位置や、きっかけを確認してもらう意味で、テンポを通常よりゆっくりやりましたが、他の楽器の動きが分かり、効果がありました。これで本番は大丈夫」
かくして、本番の「Variation57」は、ピアノとオーケストラによる新鮮な音楽がホールに響きわたったが、演奏が上手く行った事は、久石の表情が物語っていた。少し呆気にとられた客席とは対照的に、喜びに溢れた表情の坂本姉妹と、オーケストラのメンバーの誇らしげな表情が印象的だった。


©s.yamamoto

20分の休憩を挟んで始まった後半は、プロコフィエフの交響曲第7番。この日のプログラムの中で一番古い曲だが、それでも1952年の作品。しかしこの曲には調性も旋律もあって、とてもわかりやすい音楽だ。センチュリーの演奏は第1楽章から拍節感を意識したリズミカルな音楽。リハーサル時に久石が「前半で「バリエーション57」をやると、正確に刻むリズムが後半の曲に影響するんですよ。」と語っていたことを思い出した。なるほど。第3楽章の冒頭、映画音楽のようなメロディをオーケストラは歌いがちだが、程よくクールでリズミカルな演奏に合点がいった。そして第4楽章の軽妙洒脱な音楽が、昨今の重い空気を一掃してくれるように心地良く感じた。前半のプログラムとは打って変わり、カラダが揺れる!第4楽章のラストは、静かに終わるバージョンと華やかに終わるバージョンがあるが、この日はオリジナルの静かに終わるバージョンで演奏を終えた。


©s.yamamoto

「これぞ久石譲の本領発揮。リズム、メロディ、ハーモニーという音楽の三要素を、有る無しと使い分けることで、音楽の魅力を強く意識付けた見事なプログラム!」と、拍手をしながらカーテンコールを見ていると、定期演奏会には異例な事だがアンコールのハチャトゥリアン「仮面舞踏会」が始まった。この曲、タイトルは知らなくても、聴いたことがある聴衆が殆どではなかったか。フィギュアスケートの浅田真央が、フリーで使用していた曲だ。曲が始まると聴衆は顔を見合わせ、頷きながらもカラダが揺れる、揺れる(笑)!この1曲で、少なくとも定期会員を希望する人数が4、5人増え、ロビーでのCDの販売数が10枚は変わったのではないか(笑)。
アンコールまで含めた緻密に計算され尽くしたプログラミングの勝利!久石譲の緻密な計算にやられたと思った。そして、久石の要求通りに演奏する日本センチュリー交響楽団の演奏技術の高さには舌を巻いた。
ホールを出て帰路につく聴衆の弾ける笑顔を眺めながら、音楽の力、エンターテイメントの力を再確認した、素晴らしいコンサートだった。

◎Interview&Text/磯島浩彰

坂本姉妹インタビュー掲載 MEG関西版Vol.9 デジタルブック


©s.yamamoto