HOME > MEGLOG【編集日記】 > <会見レポート!カンヌ4冠の映画「ドライブ・マイ・カー」濱口竜介監督>

MEGLOG

濱口竜介監督の商業長編映画第2作目となる映画「ドライブ・マイ・カー」が明日から全国ロードショーで公開される。今作は第74回カンヌ国際映画祭で、日本映画としては初受賞となるコンペティション部門の脚本賞のほか、独立賞に当たる国際映画批評家連盟賞、AFCAE賞、エキュメニカル審査員賞を受賞した。濱口竜介監督の合同取材をレポートします。


映画「ドライブ・マイ・カー」は、村上春樹による短編小説を原作とする物語。舞台俳優で演出家の主人公・家福(かふく)は妻の音(おと)と満ち足りた生活を送っていたが、音がある秘密を残して突然この世からいなくなってしまう。その2年後、広島での演劇祭に愛車のサーブ900で向かった家福は寡黙な専属ドライバーのみさきと出会う。喪失感と残された秘密に苛まれながら、みさきと過ごす中でそれらに向き合っていくさまが描かれる。映画には、村上による短編集「女のいない男たち」所収の「ドライブ・マイ・カー」に加え、同短編集に収録された「シェエラザード」「木野」の内容も投影されているが、それに加え「ゴドーを待ちながら」「ワーニャ伯父さん」という2つの演劇作品の要素も取り入れている。特に「ワーニャ伯父さん」は原作と同レベルと言っていいほどに映画の中で重要な役割を担っている。

濱口:原作の短編小説「ドライブ・マイ・カー」は起承転結の転で終わっているようなところがあるので、長編の映画ではどういった結末を迎えるのかと考えた時に、村上さんの長編作品に多く描かれるようなある種の希望まで辿り着きたいと思ったんです。その導き手をチェーホフの「ワーニャ伯父さん」が担いました。原作にも「ワーニャ伯父さん」は登場し、ワーニャを家福が演じ、みさきが自分の境遇をソーニャに重ね合わせるという記述があります。原作での扱いは決して大きくはないのですが、村上さんは明らかに家福とみさきの関係性をワーニャとソーニャの関係性に類似させています。それであるならこの映画は、家福がワーニャを演じられるようになるまでの物語としようと思ったんです。


映画では、広島の演劇祭で「ワーニャ伯父さん」を上演するためのオーディションから本読み、稽古、本番までの様子が描かれている。随所にそのセリフは発せられ、映画の本編と「ワーニャ伯父さん」の物語が交錯し溶け合っていくような感覚さえ覚える。

濱口:特にチェーホフの言葉の力というのは非常に強い。人が心の底のほうで思っていることを言葉にしていると思うんです。それは舞台上だからリアリティを得ることが可能になるのですが、そういう言葉を口にした時、または耳にした時に役者の体に起きる変化というのは非常に強いものだと感じました。

そして物語はまるで対話劇を見ているように進んでゆく。対話によって物語が進められ、人物の心理を描き、お互いの気持ちの邂逅がもたらされる。この対話がもたらす作用について濱口監督は、

濱口:2つあります。物語は、主人公の家福が終始自分の感情をしまい込んでいる状態で進んでゆくわけですが、そのしまい込む過程であったり、一方で感情を隠せなくなって表に出てゆく様子を対話によって表現しています。この様子は彼一人がいる状態では、少なくとも映像には定着することはできない。対話においては、誰かに何かを言うことを躊躇うにせよ、その「躊躇う」という行為が映像には映り、観客の皆さんにも伝わるわけです。もうひとつは演出に関わることです。私の今までの経験上、演技の中で対話をすることで、その現場で役者さん同士の相互反応というのが起きやすくなると感じています。役柄としても役者自身としても言葉を通じてお互いに触発し合うわけで、その両面の現象が映画の中に生きているんだと思います。


その対話を織りなすキャストは主人公・家福に西島秀俊、家福の妻・音に霧島れいか、ドライバーのみさきに三浦透子、キーパーソンとなる高槻に岡田将生という実力と人気を備えた俳優陣。そして海外からのキャストが劇中の多言語劇「ワーニャ伯父さん」を展開する。大部分の撮影を行なった広島、みさきの実家の跡地として登場する北海道などの印象的な風景や、映画を彩る石橋英子の音楽にも注目したい。


そして濱口監督といえばその学歴も注目される。東京大学文学部を卒業後、映画の助監督やT V番組のADを務めた後、東京藝術大学大学院で当時新設された映像研究科の2期生として入学している。

濱口:助監督とA Dの仕事についていうと、自分に本当に能力がなかった。当時の先輩方には申し訳ない気持ちが多々ありますが、全く気が利かなかったんです笑。でも、(映画を)作るということを諦められなかったので、東京藝大の大学院が国立で初めて映画製作の教育機関を設けるということで、「これが最後の蜘蛛の糸」と思って受験し、1浪しましたが入学できました。

と、この時ばかりはほころんだ表情を見せてくれた。映画「ドライブ・マイ・カー」は8/20(金)より名古屋・伏見ミリオン座をはじめ、全国ロードショー公開。

◎Interview&Text/福村明弘

8/20 FRIDAY〜【名古屋・伏見ミリオン座 他、全国ロードショー】
映画「ドライブ・マイ・カー」
■監督/濱口竜介
■脚本/濱口竜介、大江崇允
■出演/西島秀俊 三浦透子 霧島れいか 岡田将生
■原作/村上春樹 「ドライブ・マイ・カー」 (短編小説集「女のいない男たち」所収/文春文庫刊)
■配給/ビターズ・エンド (C)2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会