HOME > MEGLOG【編集日記】 > <会見レポート!>映画「アジアの天使」石井裕也監督

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『舟を編む』(13)で日本アカデミー賞監督賞を最年少で受賞、『生きちゃった』(20)『茜色に焼かれる』(21)では社会や理不尽な出来事に葛藤しながら向き合っていくエモーショナルな人間物語を描いてきた石井監督が、オール韓国ロケで生み出した新境地が『アジアの天使』。日本と韓国、言葉も違えば文化も違う2組の家族の気持ちのすれ違いやふれあいをコミカルに描きながら、強い絆を育んでいくロードムービーとなっています。第16回大阪アジアン映画祭のクロージング作品にも選ばれた今作、監督の来阪にあわせて行われた会見をレポートします。

妻を病気で亡くした小説家の青木剛(池松壮亮)は、8歳になるひとり息子の学を連れて、兄(オダギリジョー)の住むソウルへとやって来た。「韓国で仕事がある」という兄の言葉を頼っての渡韓だったが、いざ到着してみると、兄がいるはずの住所には、知らない韓国人が出入りしていて中にすら入れない。言葉も通じず途方に暮れるしかない剛は、自分自身と学に「必要なのは相互理解だ」と言い聞かせながら、意地でも笑顔を作ろうとする。
やがて帰宅した兄と再会できたはいいものの、あてにしていた仕事は最初からなかったことが判明。代わりに韓国コスメの怪しげな輸入販売を持ちかけられ、商品の仕入れに出向いたショッピングセンターの一角で、剛は観客のいないステージに立つチェ・ソル(チェ・ヒソ)を目撃する。元・人気アイドルで歌手のソルは、自分の歌いたい歌を歌えずに悩んでいたが、若くして亡くなった父母の代わりに、兄・ジョンウ(キム・ミンジェ)と喘息持ちの妹・ポム(キム・イェウン)を養うため、細々と芸能活動を続けていた。
そんな矢先、韓国コスメの事業で手を組んでいた韓国人の相棒が商品を持ち逃げしてしまう。全財産を失った兄弟に残された最後の切り札はワカメのビジネス。どうにも胡散臭い話だったが、ほかに打つ手のない剛たちは、藁をも掴む思いでソウルから北東部にある海沿いの江陵(カンヌン)を目指す。同じ頃、ソルは事務所から一方的に契約を切られ、兄と妹と3人で両親の墓参りへと向かうことに。運命的に同じ電車に乗り合わせた剛とソルたちは、思いがけず旅を共にすることになる。


―韓国で映画を撮るきっかけとなったのは、『ムサン日記〜白い犬』(10)のパク・ジョンボム監督が今作のプロデューサーを引き受けたことから始まったそうですが、パク監督との出会いは?

2014年の釜山国際映画祭で出会い意気投合したのですが、まさか30歳をすぎて親友ができるとは思ってもみませんでしたね。彼とは心に抱えている傷や痛みの話をよくしたんですよ、お互いにつたない英語で。言葉が不完全なので言語的に完璧に理解出来ていないはずなのに、なぜか彼の心が手に取るようにわかったんです。パク・ジョンボムも「なんで二人は仲がいいんだ?」と誰かに聞かれたら「前世で友達だったとしかいいようがない」と言っているそうで、まさにそんな印象なんです。元々この企画は別のプロデューサーと動かしていたのですが頓挫し、パク・ジョンボムが「あきらめるな」と言い続けてくれ、最終的に彼がプロデューサーを買って出てくれました。彼こそ最後の最後に僕の前に降りてきた天使みたいでした(笑) 実は今作にも役者として登場しています。


―タイトルに「天使」という言葉を使ったのはなぜでしょう。

「天使」という存在は、人それぞれに捉え方も違うし、信じる人もいれば信じない人もいる。そういう扱いきれないもの、つまり言葉にならないものとしての存在が、偶然のように、奇跡的に人間同士を結びつけるのは面白いなと思いました。


―日本人キャストとして、自由な兄にふりまわされる青木剛役に池松壮亮さん、マイペースでオープンマインドな兄の透役にオダギリジョーさんを起用されました。

池松君とは、以前韓国に遊びに行ったことがあります。パク・ジョンボムと一緒になって、みんなでキャッチボールをして、ビールを飲みまくるような旅ですが(笑)、たぶん韓国で映画をやることになるんだろうなと、彼はどこかでわかっていたと思うんですよ。撮影中も、オダギリジョーさんと池松君という天才役者二人が、韓国という異国の地でかみ合うことのない兄弟の会話を繰り広げる姿を見ているのは、とても面白い経験でした(笑)。韓国スタッフも日本語がわからないのにクスクスと笑っていて。それに、キャストも仲が良くて。後半に登場する海辺の町での撮影は合宿だったので、よくみんなでビールを飲んだり、浜辺で遊んだりしてましたよ。


―映画『金子文子と朴烈』(17)で日本人の主人公・金子文子役を鮮烈に演じたチェ・ヒソさんをソル役にキャスティングした決め手は?

この年代の女優さんを探していた頃、すでに日韓問題は最悪の状態で、日本と共に行うプロジェクトには「出られません」という返答も多かったんです。そんな状況でも、彼女には色眼鏡みたいなものがまったくなかった。〝面白いことをやりたいんだ″という意思の強い人で、日本語も話せますから、それじゃあチャレンジしましょう、ということになりました。とても志が高く聡明で、全身全霊で映画に向き合う人です。


―都会・ソウルでの重い現実を背負った二組の家族の物語は、後半、トラックを使って海辺の田舎町へと旅をするロードムービーへと変化していきます。トラックでの撮影は大変だったのでは?

6人が一つのトラックで旅をするシーンは、役者以外にもカメラマンなどのスタッフが乗り込んでの撮影でした。現場は韓国スタッフが95%以上でしたが〝わからないことを楽しんで良いものを作ろう!″という人たちが集まっていたので、現場の雰囲気は最高に良かったです。


―韓国と日本で撮影システムの違いなどはありましたか?

例えば夜のシーン。日本では暗幕で窓を塞いで昼間でも撮ってしまうのですが、韓国では夜のシーンは夜に撮りたい!と。確かにそうですよね。夜のシーンは夜に撮る。そういう違いも面白いじゃないですか。食事の場面でも「飲んでいるシーンは本当にビールを飲みたい」と韓国の俳優陣は言っていましたしね。ノンアルコールでやるといったら「そんな現場は初めてだ」と兄役のキム・ミンジェはちょっと不満顔でした(笑)が、撮影が終わったら、やっぱり酒を酌み交わす。ビールに関しては四六時中、飲んでました。


―劇中でも「この国で必要な言葉は、メクチュ・チュセヨ(ビールを下さい)とサランヘヨ(愛しています)だ」とオダギリさん演じる兄が言っています。これまでの話を聞いていると、監督の実体験から生まれたセリフなのでは?と思えました。

韓国ではシックと言うそうなんですが、ご飯を一緒に食べる人、一緒に食べたら友達だ、家族だという文化があるみたいですね。それが今作の「家族のようになる」テーマにもつながっています。韓国で誰かとビールを飲んでいると、知らない間にどんどん人が増えていくし、何軒もはしごするんですよ。次はタッカルビ、その次はカルビタン(カルビのスープ)と店を変えながら食べては飲む。僕はこれまでそういう経験を繰り返し、韓国の人たちと心を通わせてきました。それに、韓国の俳優さんは、みんなよく食べるんです。女優さんであろうとバクバクと。それが本当にすがすがしい!素敵だなぁと思って見ていました。


―共にご飯を食べて交流を深めるけれど、追いつかないのが言葉の壁。言いたいことがダイレクトに伝わらないもどかしさをどう乗り越えていくのか。それも物語の重要なエッセンスになっていますね。

本心みたいなものに言葉ではたどりつけなくて。だけど、たどり着けないその先にある本当の感情を表現すること、それを今作で描ければと思いました。最初は空回りをするけれど、少しずつつたない英語を使いだすという点でも、僕とパク・ジョンボムとの関係に近いですね。今は、コロナ禍によってどの国の人も辛い状況を強いられています。他者の痛みに思いを馳せるのは、どうしたって必要なことだと思います。世界平和なんて言葉を使うのは照れ臭いのですが、国籍も人種も関係なく同じ気持ち、痛みを共有すること。みんなでビールを飲みながらご飯を食べること以上に重要なことなんてないんじゃないか、と思います。この作品は、二つの国を結ぶ小さな架け橋になりそうな気がしています。


(取材・文=田村のりこ)



7/2 FRIDAY〜
[テアトル梅田、シネ・リーブル神戸、なんばパークスシネマ他、全国ロードショー]
映画「アジアの天使」
■脚本・監督/石井裕也
■エグゼクティブプロデューサー/飯田雅裕
■プロデューサー/永井拓郎、パク・ジョンボム、オ・ジユン
■撮影監督/キム・ジョンソン、 音楽/パク・イニョン
■出演/池松壮亮、チェ・ヒソ、オダギリジョー、キム・ミンジェ、キム・イェウン、 
佐藤凌 他
■製作/『アジアの天使』フィルムパートナーズ
■制作プロダクション/RIKI プロジェクト、 SECONDWIND FILM
■配給・宣伝/クロックワークス