HOME > MEGLOG【編集日記】 > <観劇レポート!>仏・モリエール賞受賞『Le Père 父』が日本人キャストで初演!!

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2012年に初演され、フランス演劇界最高の賞であるモリエール賞で最優秀演劇作品賞を含む3部門を受賞し、ニューヨーク・ブロードウェイをはじめ世界中で上演されるヒット作となった『Le Père 父』。初演バージョンも手がけたラディスラス・ショラーが演出を担当しての日本初演版が名古屋で3/9(土)・10(日)に上演される。


 白を基調としたスタイリッシュな空間(舞台美術はエマニュエル・ロワ)で、アンドレ(橋爪功)は娘のアンヌ(若村麻由美)と向き合っている。80歳であるアンドレには認知症の症状が出てきているのだが、本人にその自覚はなく、看護師を追い出してしまったばかり。そんな父を娘は深く憂慮している。次の場。アンドレは、自分のアパルトマン――と、彼が思っている場所――に、ピエールと名乗る見知らぬ男(吉見一豊)がいることにまずは驚き、さらに、見知らぬ女(壮一帆)がアンヌと称して姿を現したことに愕然とする。アンドレの病はアンヌとピエール(今井朋彦)の同棲生活にも暗い影を落としており、アンヌは父を引き取って看護師ローラ(太田緑ロランス)を雇い入れるのだが――。観客はすなわち、作品を通じて、物忘れの症状が出始めたアンドレの世界を、彼の視点を通じて体験することとなる。展開される場面の時系列が飛び、この話とあの話、どちらが先でどちらが後? 、この人は実は誰? と、観ながら次第に混乱に陥ってくるのも、アンドレの境遇をそのまま味わえるようにとの作品の巧みな仕掛けゆえである。
 と記せば難解な舞台のように思われるかもしれないが、そんなことは一切ない。それも、アンドレに扮する橋爪の演技が、迫真を超えたところに成立しており、彼の演技を通じて、観客は実に自然に作品世界に引き込まれていくからである――観劇しながら、…これはドキュメンタリーではない、芝居なのだ…と、何度も確認を重ねたほどに。作中、アンドレは「チャーミング」と語られるが、その言葉通り、橋爪扮するアンドレは実にチャーミングである――この男は娘に捨てられたのだと、物忘れゆえ早合点し、見知らぬ男に同情交じりのほくそ笑みを見せる際のニヤッとした表情や、魅力的なローラに対し、自分はダンサーであったと罪のない嘘をつき、タップダンスを踏んでみせる際のしぐさ等、実に自然で生き生きとした魅力に満ちている。そのアンドレが、物忘れゆえ、自分と周囲との認識のズレに悩み、次第に絶望的な状況に追い込まれていく様はサスペンスフルですらある――シーンごとに少しずつ動かされる舞台美術と、服部基のシャープな照明が、その恐怖をさらに深めていく。


認識のズレ。それは何も、認知症の人間とその人物を取り巻く周囲だけに起こり得るものではない。長年一緒に過ごしてきた夫婦なり恋人なり友人なりがいて、向かい合うその二人が、ある出来事について共通認識を抱いていなかったということに、ある日いきなり気づくということもあり得る――例えば、夫にとっては幸せの象徴だと思えていた出来事が、妻にとっては逆に、不幸と思えているケースもあるだろう。その認識のズレ及びその発覚は、二人の関係性に当然大きな影響を及ぼさずにはおかない。作中、アンドレやアンヌが経験するのは、認知症という病ゆえの苦しみではあるが、人がいかに記憶というものに支えられ、それに頼って生きているか、そしてその記憶に対する認識のズレが、生きていく上で人にいかに大きな絶望を与え得るかについても、作品は問いかけてくるかのようだ。劇中、アンヌの妹エリーズの不在が何度も言及される。アンヌが彼女にはもう会えないと涙を流し、その際、アンドレが、その理由こそ病ゆえに理解しないながらも、アンヌの哀しみの感情だけは理解し、彼女の頬にそっと手を添えるシーンは、美しい哀感をもって観る者の心に迫る。
 アンヌに扮した若村は、父を深く思いやりながらもその病状ゆえに苦悩する娘の役どころを、真面目でまっすぐな演技で造形しており、この作品がこれまでの上演で現代版『リア王』と評されてきたこともなるほどと納得させる。ピエールを演じる今井は、アンヌ若村と交わすちょっとした目配せだけで、アンドレが周囲にかける迷惑行為が幾度となく繰り返されてきたことを暗示させる。ローラ役の太田も、よく動く大きな瞳で、アンドレと接する上での困惑をありありと表現してみせる。そして、フレデリック・ノレルの音楽が、ある種の懐かしさをもって作品世界を包み込む。

文=藤本真由(舞台評論家)

<公演概要>
3/9 SATURDAY・3/10 SUNDAY【チケット発売中】
「Le Père 父」
◎演出:ラディスラス・ショラー 作:フロリアン・ゼレール 
◎出演:橋爪功、若村麻由美、壮一帆、太田緑ロランス、吉見一豊、今井朋彦 ほか
■会場/ウインクあいち 大ホール(名古屋駅・ミッドランドスクエア東隣)
■開演/3/9(土)18:00 3/10(金)14:00
■料金(税込)/全席指定¥8,000
■お問合せ/中京テレビ事業 TEL:052-588-4477(平日10:00~18:00)
※未就学児入場不可