HOME > MEGLOG【編集日記】 > <観劇レポート!>長塚圭史演出、アーサー・ミラーの名作「セールスマンの死」

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20世紀アメリカを代表する劇作家アーサー・ミラーの名作に、長塚圭史が挑む『セールスマンの死』。綿密に練り上げられた戯曲に、彼は精巧緻密な演出を施し、キャストから秀逸な演技を引き出して、作品の上演史に豊かな実りをもたらす成果を上げている。本年、日本において上演された作品の中で、十本の指に入る素晴らしい舞台である。(11月14日19時の部、KAAT神奈川芸術劇場ホールにて観劇)


(あらすじ)
かつて敏腕で鳴らしたセールスマン、ウィリー・ローマン(風間杜夫)ももう63歳。得意先の知り合いは引退し、今はうだつが上がらず歩合給のみで働く有様だ。妻リンダ(片平なぎさ)も老いは隠せず、二人は未だ家や電気製品のローンに追われ、長男ビフ(山内圭哉)は30歳を過ぎて決まった住所も定職もなく、次男ハッピー(菅原永二)は結婚を考えながらも次々と違った女に手を出す女たらし。意識が混濁し、あたりかまわず独り言を吐き散らすウィリーの脳裏には、自分や息子たちの未来について明るい希望を夢見ていられた幸せな日々の記憶や、未知なる世界で成功をおさめた伯父ベン(村田雄浩)になぜ自分もついていかなかったのかという悔恨等、さまざまな思いがフラッシュバックする。彼が最終的に選んだ道とは――。



戯曲として接する際には、片仮名の人物名や地名、製品名もあって、これは遠い時代のアメリカの話であると、どこか距離を保って読むこともできる。だが、風間ウィリーが居丈高にまくし始めたその瞬間、――これは世界中、どこにでもありうるような父と子の物語なのだと、今の日本に生きる自分にとってのその切実さに、胸を締めつけられる思いがする。子供に期待を抱く父。その期待に応えたくて、背きたくて、抗う子供。ウィリーの中に自らの父を、ビフやハッピーの中に自らを見る観客は、決して少なくないことだろう。
ウィリーがいったい生涯かけて何をセールスしてきたのか、それは劇中では決して明かされることはない――彼は、自分自身を、自分自身の人生の時間を、セールスしていたのだと考えることも可能である。口八丁手八丁に、“売り物”についての美辞麗句を並べ立て、売りつける。そのやり方に、ついに限界がやって来た。ウィリー自身に限界が来た。精神的に、肉体的に。もはや彼は、高く“売る”ために自分自身を取り繕うことすらできない。その嘘偽りに薄々気づいてきたのが、長男ビフである。父は、立派な社会人、立派な男、立派な父を“演じて”いたに過ぎず、その父に期待を寄せられて育った自分もまた、父が“演じ”ようとしてきたそのような者には決してなり得ないのだと、ビフは考える。そして、実に果敢にも、自らが気づいたその厳然たる真実を、父にも、家族にも知らしめようと、あらん限りの力をふり絞って闘う。愛ゆえに――たとえ、立派であろうがなかろうが、息子にとって、父は父である――。人生を賭けてきた自らの“演技”を息子に見破られ、ウィリーが下す決断。そこに何を感じるかは、観る者それぞれの心に委ねられている。だが、決していわゆるハッピーエンドではない物語ながら、この舞台の結末にはどこか、一条の希望の光が差し込む。長年心の奥底にずっと淀んでいた重荷をきれいさっぱり拭い去った者だけに許された痛切な爽快感が、そこにはある。どんな残酷な真実であれ、それに向かい合うことは、その真実に決して向き合わずに生き続けることが招く残酷な結果よりも、救いがある。そう、教えられる。


3時間を超える舞台ながら、キャストの演技、セリフの間、応酬のタイミング等、寸分の隙もない。風間ウィリーは感情の振り幅の実に激しいこの役に扮して、役柄に不可欠なチャーミングさと、現実に向き合おうとしない男の哀しさ、やるせなさ、傲慢と卑屈さとを、等身大の演技で提示する。――息子に愛されている!――と知った瞬間の晴れやかな表情が、その後、彼が下そうとしている重大な決断との対比で、心に深く残る。真実に敢然と向き合ったが故、そんな風間ウィリーと人間として真っ向勝負をすることとなるビフ役の山内圭哉はもともと優れた役者だが、彼のキャリアにおいてハイライトともいえる名演を見せる。ちゃらんぽらんな次男のハッピー役としてこれまたきりりと引き締まった演技を見せる菅原永二共々、こうした人材を育ってきていることが、日本の小劇場演劇の成熟の一つのありようを示している。片平なぎさの、実に地に足の着いた演技も、抑えた中にあふれる魅力を感じさせる。成功者であるウィリーの兄弟チャーリー役の大谷亮介、ベン役の村田雄浩の好演も忘れ難い。

文=藤本真由(舞台評論家)
撮影:細野晋司

<公演概要>
11/29 THURSDAY・11/30 SFRIDAY【チケット発売中】
「セールスマンの死」
◎演出:長塚圭史 作:アーサー・ミラー 
◎出演:風間杜夫、片平なぎさ、山内圭哉、菅原永二、伊達暁、加藤啓、大谷亮介、村田雄浩 ほか
■会場/東海市芸術劇場大ホール
■開演/11/29(木)19:00 11/30(金)13:00
■料金(税込)/全席指定¥9,000 U-25チケット ¥4,500
※U-25チケットはメ〜チケ(052-308-5222)にて前売りのみ取り扱い。(観劇時25歳以下対象・座席数限定・当日指定券引換、要本人確認書類)
■お問合せ/メ〜テレ事業 TEL:052-331-9966(平日11:00~18:00)
※未就学児入場不可