HOME > MEGLOG【編集日記】 > <上映レポート!> 京都の実在のカフェが舞台。〝人生のやり直し〟をおかしみたっぷりに描いた映画『事実無根』

MEGLOG

ドラマやBS時代劇『雲霧仁左衛門』など数々の作品で助監督を務めてきた柳 裕章の初監督映画『事実無根』が2023年12月、大阪・十三にある映画館シアターセブンにてお披露目された。

舞台となるのは京都に実在する「そのうちcafe」。DVされたと妻に嘘をつかれ離婚に持ち込まれてしまったマスターの星 孝史役に『ラヂオの時間』『THE有頂天ホテル』『紙の月』の近藤芳正、やってもいないセクハラで大学教授の職を失い、ホームレスになってしまった大林明彦役を『ミンボーの女』『おこげ』などで数々の映画賞を受賞する村田雄浩。カフェの新人アルバイトで物語のキーパーソンである大林沙耶役には、ヒロインオーディションで抜擢された気鋭の若手女優・東 茉凜(あずままりん)。京都の下町で事実無根の罪を抱える男2人と、家族の問題が絡み合い、翻弄されながらも新しい一歩を選んでいく〝人生やり直しムービー〟だ。タイトルからくるヘビーなイメージとはまったく異なる、人と人の繋がりのおもしろさ、人間の滑稽さ。笑いと人情味が絶妙に溶け合った今作について、監督と出演者に話を聞いた。


人と寄り添うことを、柔らかな関西弁で表現したい(柳監督)
物語は、京都の下町にある「そのうちcafe」で始まる。近所の常連さんや子供たちの遊び場にもなっている憩いの場。そこにアルバイト募集の張り紙を見て「大林沙耶」と名乗る若い女性がやってきて働くことに。ある時、店のそばにある公園にホームレスの男が現れた。彼は働く沙耶の姿を日々見つめている。理由を聞くとこの男、沙耶の父だった。マスターは2人を仲直りさせようと芝居を打つが、思いもよらない新事実が発覚! 3人の関係性はいったいどう転ぶのか? 沙耶とは何者? 事実無根の罪を抱えて立ち止まっていた男たちの人生は…?

舞台挨拶で柳監督は「人と寄り添うことがどういうことなのかを考える機会が多かったんです。それを学んだのが、お父さんやお母さんが子供たちに話す関西弁でした。僕は茨城出身。関西の言葉はとても柔らかに聞こえたので、今回は関西弁で人が寄り添うことにチャレンジしたかった」と話す。神髄を体現できる役者として選んだのが2人の名バイプレイヤー。愛知県出身の近藤は「僕はしゃべり慣れてはいないけど、関西弁独特のニュアンスで成立する笑いや、人と人とのコミュニケーションが引き立つところが多いので、セリフは関西弁で、と監督に言われて、わかりました、やってみましょうと。それに、京都って〝京都生まれ京都育ち〟よりも、大学や仕事で来る人も多いので、生まれ育っていない京都の地で、楽しく過ごしている人がたくさんいる、そのエッセンスもセリフにいれたいなと思いました」と振り返る。


関西で活躍する映像のスペシャリストが集合!
『雲霧仁左衛門』の現場のロビーでタバコを吸っていたら「映画撮るんですけどやりませんか?」と声をかけられた村田。気軽な出演交渉に笑いながらも「こんなにいい映画を撮るとは思わなかった。現場にも『雲霧仁左衛門』のスタッフが入れ代わり立ち代わりやってきて、プレッシャーもあったのでは(笑)。参加したスタッフも精鋭ぞろい。録音の松陰信彦さんは、二度の日本アカデミー賞最優秀録音賞を受賞している人ですから。そういう熟練した人たちがこぞって柳のためなら、とやってくる。それを見ていると、なんかもう泣けちゃって」と話す。人と人が寄り添うことを表現したい監督の思いは、すでに、撮影時から始まっていたともいえそうだ。

「そのうちcafe」の名前が〝人生のまだ途中〟みたいで素敵(近藤)
それは、最後のセリフにつながっているよね(村田)
柳監督はこのカフェを偶然見つけたそうだ。「ブランコのある公園がカフェの横にあって、住所にも〝五条高倉下ル 六条院公園 ブランコ入ル〟と書いてある。そこに村田さんがいて、店内に近藤さん、東さんが居るという絵が公園側から撮影できるんです。マスターのお人柄も素晴らしくて、近藤さんが劇中で被っていた赤い帽子はマスターからお借りしたものです。実際に、子供達もたくさん遊びに来ていて、枯れ葉を集めて貼り絵を作ったり、うるさくして怒られた後には「ごめんなさい」と書いた反省文を持ってきてたり、かわいいんです。映画の中に出てくる子供たちのセリフは彼らが話している言葉を使っています」。
近藤が「あのカフェはちょっとくせになる、独特のよさがあるんだよね。子供達もよかった。それに、カフェの名前もいい。〝まだ途中〟みたいなイメージが、人生まだ途中、人間修行中みたいな感じで。ずっとそんな思いで生きていくんだろうな」というと、「それは2人が最後にかわす場面のセリフにもつながってくる。星と大林が別れるシーンでは“またいつでも来いよ”のあとで僕が “生きてたらな”と返すことになってたんだけど“そのうちな”に変えたんです。象徴的なネーミングだし、“そのうち”っていいたくなるよね」と村田。ここでは、はからずもカフェの名前が映画のセリフに寄り添うものになった。

脚本がおもしろくて!まるで古いフランス映画みたい
脚本を担当したのは『雲霧仁左衛門』シリーズも手掛けるベテランの松下隆一。昔のホームドラマの良さをみたいなものを表したいと思い書いたそうだ。最初に脚本を読んだ時の印象を聞くと「純粋に面白くて。淡々としたテンポのなかに、びっくりするような大転換があったりシュールだったり、おしゃれなフランス映画のような匂いもある。悲しい場面もあるんですが、そこにも笑いがちりばめられていて、本当に素敵。これをやらせていただけるのは幸せなことだと思いましたね。橋田壽賀子さんの脚本みたいに、一人一人のセリフがとても長く書いてあって(笑) もちろん関西弁で。セリフは缶詰状態で覚えました」と近藤。
それを受けて村田は「あ、だから愛知出身の設定にして、少し楽しようとしたんですか?(笑)」とツッコミながらも「関西弁は、気持ちが入っていないと意味がない。だから僕も敏感になりながら演じてました。脚本は本当に良かったし、淡々とやればやるほど笑いが際立って面白い。だから、茉凜ちゃんの役は、セリフに意識が行きすぎる人だと当てはまらないと思う。でも、東 茉凜という役者の佇まいや現場での気配りをみていると、まるで彼女への当て書きかと思うほどぴったりでしたね。立ってるだけで彼女のバックボーンが滲み出てくるような。そのまんまの人がそこに存在したのは、すごいことだと思うんですよ。そして、どんどん演技が良くなっていった。最後の琵琶湖のシーンは、感情そのままですよね。あの場面を見たら、僕、ぼろぼろと泣いてしまって。彼女に出会って、ここ近年で一番心揺さぶられた仕事になりました」と続けた。
それを聞いた東は「ありがとうございます。現場では近藤さん、村田さんそれぞれの愛情がお芝居を通して伝わってきて、お二人がいたからこの役が出来たと思います。現場でもたくさんのアドバイスをいただいて。近藤さんには、よくランチにつれていってもらいました」。近藤も「東さんの演技はよかったよね。特に琵琶湖のあのシーン!」。この場面で、東演じる沙耶は衝動的に大胆な行動に出る。出演者全員、このシーンはインパクトが大きかったようで、話題にのぼるとみな楽しそうだ。

監督に、東を選んだ理由を聞くと「受けの芝居がすごくよかったんです。相手がやったことを受け取ってくれて、相手に刺激さえ与えられる、化学反応が起こせる人を選ぼうと思っていたので、総勢50人のなかから彼女を選びました」。洗練された笑いと、人の心理を詰め込んだ群像劇。スタッフからは「この作品を舞台にしてもおもしろいんじゃないか」という声もあがっているそうだ。


ホームレスの役。実は撮影中に歯が4本かけて…ピザを食べるシーンでは、NG連発。おなか一杯に!?
舞台挨拶で、記憶に残る場面を聞かれた村田は「ホームレスの自分にマスターがパンをくれる場面があって。本当においしそうでパクッと食べたら治療中の仮歯が4本取れちゃったんですよ。監督に相談したら、大丈夫ですと(笑)」。
また、近藤は「撮影後、飲みに行こうと言ってたのに行けなくなったのは、村田さんと2人でピザを食べるシーンを撮ったから。おなかがいっぱいになるので一発本番にしたかったのに、お互いにNG連発で(笑)。もうお互いに許し合ってしまって」。
村田も「そうなんです。あんなに気軽にNGが出せるムードってなかなかない。そんな雰囲気を監督が作ってくれたんです」。

質問タイムでは、近藤が放った「脳みそストローでチューチュー吸うたろか」のセリフについて客席から「あれは吉本新喜劇の未知やすえさんの持ちネタなんです。知ってましたか?」と声があがり「そうなんですか!今初めて知りました」と返答。「大阪の人は大笑いになると思います。すごくお上手でびっくりしました」と褒められる場面も登場した。


事実無根というタイトル。最初は法廷ものに??
「事実無根」というタイトル。もしや社会派作品か?と想像してしまうが、実際は、ほっこり笑える群像劇。 監督は「最初、違うタイトルだったんですが『事実無根』に変わりました。近藤さんからは、社会派映画のように見えるからやめた方がいいと思うという意見を頂いたので、タイトルのデザインはかわいらしく工夫し て、重くならないようにしました。実は企画を立ち上げたときはゴリゴリの法廷ものを作ろうとしていたんです。でも、なぜ人は嘘をつくのか、人の数だけ真実があるのだということをベースに、もっと身近な発罪や事実無根を描いたらおもしろいんじゃないか思い、話を膨らませていきました」

日本の宝、名バイプレイヤーと一緒にできたことがうれしい
「撮影中は失敗も多かったのですが、近藤さん、村田さんが気にしないでいいよとお芝居のしやすい環境を作ってくださった」(東)
「村田さんとは、共演はあっても、2人でガッツリ芝居をするのは初めて。今回の大阪先行上映は、最初の1歩です。まだまだ発展途上なので、この作品をいいなと思ってくださるならば、お友達やご近所に伝えていただけたらと思います」(近藤)
「僕の大好きな、日本の宝といっていい名バイプレイヤーである近藤さんといっしょにやれて、本当にうれしかった。それに、東さんの演技。日々スポンジみたいに吸収し、成長していった。これから前へと進んでいく若手女優の、最初の作品をみてほしい」(村田)
「今回は約1週間の先行上映となりました。今後の公開はまだ決まっていませんが、作品自体、もっと良くなる余地があります。さらに整えて、今後は映画祭などに挑戦し、最終的に一般公開へと結び付けていけたらと思っています」(柳監督)

関西&京都メイド、関西弁のやさしさとおかしみあふれるこの作品が、どんな場所へと行きつくのか。これからの動きに大いに注目!

取材・文:田村のりこ

『事実無根』公式サイト
https://jiji2mukon.com/
2023年12月2日(金)~12月10日(日)まで大阪シアターセブンにて先行公開