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Web  限定インタビュー


「東芝グランドコンサート2019」直前!
ピアノ協奏曲「皇帝」の極みを語る。

「東芝グランドコンサート」38回目となる今年は、1925年の創立以来、欧州のオーケストラを牽引する名門楽団として、世界の名だたるトップアーティストたちと共演を重ねてきたデンマーク国立交響楽団が、2016年シーズンより首席指揮者を務めるファビオ・ルイージに率いられて初来日。3/14の名古屋公演では、同国の国民的作曲家ニールセンのオペラ作品《仮面舞踏会》の序曲とメイン・プログラムであるチャイコフスキーの交響曲第5番が先ず目を惹くが、日本のクラシック・シーンをリードするピアニスト、横山幸雄を迎えたベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番《皇帝》も今回の目玉だ。

横山は2011年のデビュー20周年記念コンサートで、チャイコフスキー、ラヴェル、ラフマニノフの協奏曲を一晩で演奏し、満場の喝采を博して高評価を確立。その後、2013年から生誕250周年(2020年)に向けて《ベートーヴェン・プラス》というシリーズを自ら立ち上げ、“楽聖”の作品に取り込んでいるところである。

《皇帝》は数々の傑作を生み出していた中期に書かれた、ベートーヴェン最後のピアノ協奏曲。恐らくこれ以降は耳の具合が悪化して、オーケストラと渡り合うような曲を書くのは難しかったのだと思います。でも、4番までアンサンブルの要素が強かったピアノが、ここでは完全にソロ楽器として前面に出てきていることからも、このジャンルにとってひとつの到達点であることは間違いない。後世のロマン派の作曲家によるピアノ協奏曲に与えた影響はとても大きいのではないでしょうか


2010年にポーランド政府より、世界で100名の芸術家に贈られる「ショパン・パスポート」を授与され、同年には「ショパン・ピアノ・ソロ全166曲コンサート」を行いギネス世界記録に認定。今年の5月には、ピアノ作品以外も含めた全240曲を3日間で一気に演奏する公演を企画するなど、ショパンのスペシャリストとしても知られるが…

1990年のショパン国際コンクール入賞で本格的にデビューして以来、ピアニストとしてショパンの比重が高かったけれど、ある時期から自分の中でベートーヴェン熱が目覚めて、今では二人を軸足に活動を考えるようになった。20代の終わりに短期集中型で取り組んだ後に少しブランクがあったが、40代になって改めて長い期間をかけてじっくりと向き合っているところです。以前は現代的なショパンと違って古い時代に生きた人だというイメージだったが、最近ではとても彼を身近に感じる。特に《皇帝》は小学生の頃に、家のLPレコードで何度も聴いていた想い入れのある作品。ルイージ氏もデンマーク国立交響楽団とも共演するのは今回が初めてですが、ワクワクしますね。実は日本公演の前にコペンハーゲンでショパンの協奏曲をご一緒することになっていて、それも楽しみです

TOKYO FM「横山幸雄のピアノでめぐり逢い」のパーソナリティを務め、東京と京都でレストランを経営し音楽と旬の食をプロデュースするなどその活動は多岐にわたる。今年からは名古屋を訪れる頻度も増えるとか…

4月から名古屋芸術大学の客員教授を務めることになりました。今まで東京から京都に直行していましたが、これからは名古屋も大きな拠点になりそうです。先ずは3月のコンサートでお会いしましょう!様々な要素を持ちあわせた非の打ち所のないトップクラスのワインにも例えられる《皇帝》をご堪能下さい

取材・文:東端哲也


3/14 THURSDAY
東芝グランドコンサート2019
ファビオ・ルイージ指揮 デンマーク国立交響楽団
横山幸雄(ピアノ)

チケット発売中
■会場/愛知県芸術劇場 コンサートホール
■開演/18:45
■料金(税込)/全席指定S¥14,000 A¥11,000 B¥9,000 C¥7,000 D¥5,000
■お問合せ/東海テレビ放送 事業部 TEL.052-954-1107(平日10:00〜18:00)
※未就学児入場不可



NEWアルバム「nuage〜ニュアージュ〜」をひっさげてのリリースライブ!

1995年の世界デビューは名門レーベルGRP、2015年にはデビュー20周年を迎えた木住野佳子。彼女が今想いを馳せるのはヨーロッパです。それは彼の地の音楽的土壌に深く関わっているようです。人々はどのように音楽を楽しみ、どんなこだわりを持ちながら音楽を作り出しているのか。旅をしてそれを肌で感じ、それを形にしたのが最新アルバム「nuage〜ニュアージュ〜」。彼女が改めてこれから進むべき道を、確信したとも感じられる快作です。1月にはこのアルバムのリリース・ライブが名古屋ブルーノートで予定されております。

最新アルバム『nuage ~ニュアージュ~』は、ヨーロッパへの想いを馳せて。

2015年にCDデビュー20周年を迎えたんですが、これから自分がどうしたいかということを自分でも考えてみたんです。まず思ったのが、海外の演奏を増やしたいということ。特にヨーロッパで演奏したいなと。よく皆さんに私の音楽は「ヨーロッパっぽいね」なんて言われることが多くて。自分でもヨーロッパを魅力的に感じていて、去年は様々な場所にひとりで行ってきました。そこでコンサートをやったり、曲を作ったりしてきたんですが、また今回改めてヨーロッパに行って、そうやって書き溜めた曲がアルバムになったんです。

特に印象に残った場所などはありますか?

どこも思い出深いですが、イタリアのミラノで5月に「ピアノ シティ ミラノ」というイベントがあったんです。ミラノの街中に3日間、ピアノが様々な場所に置かれているんですね。バスの中とかトラムの中とか、水上バスの中にも。どこかのプールサイドにはスタインウェイのフルコンを置いてありました。世界中から300人ぐらいアーティストが来ていろんな場所で演奏するんです。私はお城の中で演奏しました。ジャンルはクラシックが7割ぐらいかな?でも、ヨーロッパの人たちは自分の曲を演りたがることが多くて、3割くらいはオリジナル曲。しかも入場無料なんですよね。ミラノ市が主催しているんですが、ヨーロッパは文化に対する国の考え方が全然違うなと感じました。

音楽をする環境がとても成熟しているんですね。

そう思います。リスナーの方たちも、ものすごく成熟していると感じました。スウェーデンではフリージャズだけの店やライブハウスがあったんですが、結構お客さんが入っているんですよ。ミラノでは、お客さんが演奏が面白くないなと思ったら途中で立って帰っちゃうんですって。でも良かったら最後まで聴いて、すごく盛り上がるという。お客さんが自分の好みや趣味をちゃんと認識していて、その上でジャッジをしているんでしょうね。


歴史もありますが、自由に楽しむというところも好感が持てますね。

人間が作る音楽というのを、そのまま受け止めてくれるというスタンスをすごく感じました。スタンダードや知っている曲は確かに安心して聴けると思うんですが、かたやオリジナル曲というのは、より心を開いて感じてもらう必要がありますから。私はデビューからずっとオリジナル曲にこだわってきましたが、欧米の方が受け入れる姿勢に寛容さを感じることはあります。

今回のアルバムもオリジナルが中心。カバーのアレンジもご自身で全部手掛けていらっしゃいますね。

ある時から、ストリングスのアレンジとかも全部自分でやるようにしています。音楽って自分の言葉なんです。私は元々器用じゃないので、真似をしても自分の中で違和感を感じてしまって、だから誰かの曲をコピーをしても、そのまま演奏するということはあまりしてこなかったんです。でも、自分の言葉で語ることの苦悩はもちろんありますし、今もそれはすごく感じいています。繰り返し同じことを練習しながら自分の言葉を探していくような、そういう音楽の作り方をずっとしています。

自作にこだわり続けること、あとカバーに対する考え方をお聞かせください。

私にとってピアノは言葉の代わりだと思っているので、誰かが作った曲を弾く時も、メロディは絶対に崩したくないというポリシーがあるんです。それはその人が作った言葉だし、それをやっぱりすごく大事にしたいと思う。でも自分のしゃべりたい言葉は自分で作りたいと思っているので、やっぱり私の音楽は自分が作ったものかなって思っています。でも演奏を重ねるうちにカバー曲の中でもアレンジの仕方で、すごく楽しく演奏できるようになってきた曲もたくさんあります。例えば、ビル・エヴァンスの『ワルツ・フォー・デビー』はライブの定番で演奏していますが、自分の中で曲を消化している感覚はあります。もちろん非常に美しい名曲なので、ビル・エヴァンスへの経緯を払いつつ。カバーでも長年かかって自分の中で再構築してきたものが何曲もあります。今回のアルバムでも「New Cinema Paradise」は大好きで、カバー曲を弾いているというような感覚を超える美しい曲です。そう考えると、スタンダード、オリジナルはもちろん、ジャズの概念もどう考えればいいのか。素敵な音楽であればいんじゃないかという思いもあります。

メジャーデビューが名門GRPレーベル。このスタートが今の木住野さんの音楽観を作り上げたんでしょうか?

GRPは大好きなレーベルでしたし、その中心のデイヴ・グルーシンの音楽が自分の原点だと思います。GRPの音楽にはいろんなエッセンスが入っています。ジャズと一言で言ってしまうと難しそうみたいなイメージを持つ方もいらっしゃるかもしれない。だけど音楽をやっている私たちにとってはジャンルはあまり関係ない。クラシックの演奏者の皆さんも、最近はそう思っていらっしゃる方も多いと思います。多分私自身は、自分が一番聴きたい音楽を自分で作っているんだと思うんですよ。口ずさめるような分かりやすいメロディや美しいメロディが好きなんです。だから聴いている方の心にも、そんな私の気持ちが響いてくれたらうれしいなと思います。


1/18 FRIDAY
木住野佳子New Year & New Release Live
ご予約受付中
■会場/名古屋ブルーノート
■開演/[1st]18:30 [2nd]21:15
■ミュージックチャージ(税込)/¥6,500
■お問い合せ/名古屋ブルーノートTEL.052-961-6311(平日11:00~20:00)


◎最新アルバム Now on sale
「nuage 〜ニュアージュ〜」
¥3,000(tax in)
POCS-1752



野宮真貴が渋谷系の名曲を歌い継ぐ。

シンガーとしてだけでなく、ファッションやヘルス&ビューティーのプロデュース、エッセイストとしても活動する野宮真貴。それら多岐にわたる活動のなかでも、“渋谷系”アーティストの代表格として主に90年代にポピュラリティあふれる活動を展開した、ピチカート・ファイヴの3代目ボーカリストとしてご記憶の方も多いのではないだろうか。ここ数年は“渋谷系”をテーマに歌い続けてきた彼女だが、それらを総括したベストアルバムを発売。そしてツアーも決定している。シンガーとしての使命を見つけたかのような印象もある彼女に、近年の活動、そしてツアーについて聞いた。

今回のアルバムは、これまでの渋谷系シリーズのベスト盤です。取り組み始めて5年になりましたが、どんな実感でしょうか?

90年代に渋谷系って言われた私が、5年前にあえて自分で渋谷系を歌うって宣言しちゃったわけです。初めて渋谷系に触れる方もいらっしゃるかもしれないし、ずっと好きだった人たちが懐かしく聞くのかもしれない。渋谷系の良さを再認識したことでやろうと思ったので、シンガーとして歌い継いでいくことで本当にいい曲を伝えていきたいなって、そういう思いでやってきました。

当時は自分から渋谷系と言っていたわけではなかったと思いますが。明言して歌う今は全く違う心境なのではないですか?

当時は「渋谷系って言われてるらしいよ」というぐらいの認識で、本人たちは特に意識してなかったんですけど。渋谷系のカテゴライズのなかに入ってるアーティストの中には、渋谷系と言われることを否定する人もいましたよね。ピチカート・ファイヴは否定も肯定もしていないという感じでしたね(笑)。私が、また新たに渋谷系を歌うと宣言した理由のひとつは、デビュー30周年のときにセルフカバーのアルバム『30〜The Greatest Self Covers & More!!!』 を出しまして。そのときにデビュー当時の曲も収録したんですけど、やはりピチカート・ファイヴの10年間が1番たくさんの曲を歌ってきので、必然的にピチカートの楽曲が多くなりました。そのセルフカバーのアルバムでは、様々なアーティストの方にアレンジ、プロデュースしてもらいましたが、久しぶりにピチカートの曲を新たなアレンジで歌ってみたら、逆に曲の良さがはっきりとわかったというか。本当に良い曲が多かったなぁと再認識しました。プロデューサーは高橋幸宏さんやコーネリアス、若手だとヒャダインやMIYAVIなど。楽しいレコーディングでした。
私はシンガーとして歌うべき良い楽曲というのを常に探してるわけなんですけど、名曲揃いの渋谷系をスタンダード・ナンバーとして歌い継いでいくのが私の使命だと思ったんです。
同時期にもうひとつきっかけがあって、ファッションデザイナーのケイタ マルヤマさんから、その年のコレクション・テーマの小沢健二くんの「僕らが旅に出る理由」を歌ってほしいとオファーされて。ショートムービーを制作してコレクションを発表という新しい試みで、私も歌姫役で出演もしています。この時にリアレンジして歌って、小沢くんの楽曲の良さにあらためて気づかされました。
さらに同じ頃、渋谷系のアーティストが大リスペクトする作曲家のバート・バカラックが来日して、コンサートを観にいって感動して、バート・バカラックのカバーアルバムも作ってみたいと思ったり。
渋谷系のアーティストの多くは、バート・バカラックやロジャー・ニコルス、ミッシェル・ル・グラン、ゲンズブールなど、60年代や70年代の音楽家を愛し、リスペクトの気持ちを込めて再構築して自分たちの音楽を作っていたと思うんですね。なので私は、90年代の渋谷系のヒット曲も歌うけれど、そのルーツも全部渋谷系という風に解釈してカバーをして、スタンダードナンバーとして歌い継いでいこうと考えました。渋谷系の名曲は掘り起こすとまだまだ無尽蔵にあるわけで、この先もずっと歌っていけるわけです。そんなことからはじまって5年たって、今まで出したアルバムから究極の選曲をしてベストアルバムというかたちにしました。
「渋谷系って何ですか?」という質問をすごくされるので、今までカバーしてきた曲の中でもより渋谷系としてわかりやすい楽曲を選んでいるので、このアルバムを聴けば“渋谷系”がわかります(笑)

ちなみに渋谷系を歌っていこうプロジェクトは、これだけ長くやる予定だったのですか?

長くやる予定でした、ライフワークとしてずっと続けていこうと思っています。

シンガーだからできたことですよね。それこそジャズシンガーのようなスタンスですよね。

そうなんです。スタンダードナンバーと言われる楽曲というのは、オリジナルは誰が歌っているのかわからなくなってしまうぐらい、いろんな歌手が歌い継いで残っていくもの。渋谷系の名曲の数々もそういう風に残っていったら嬉しいですね。

渋谷系は比較的定義が曖昧だけに、選曲の自由度は逆に高くなりましたよね。

そうですね。意外な曲もじっくり調べてみると渋谷系に繋がっていたりしますからね。

あとこれはいろんな方に聞かれてると思いますが、今回はピチカート・ファイヴを解散して以来、久々にメンバーの小西康陽さんとご一緒にレコーディングされていますね。

そう!これは今回の1番ニュースかもしれないです。ピチカート・ファイヴが解散して以来、初めてのレコーディングでしたから。今までは“渋谷系を歌う”シリーズのなかで、バート・バカラックの「世界は愛を求めてる」や、「男と女」の日本語詞を書いてもらったり、そういう形での共演はあったんですけど、一緒にレコーディングというのは解散後初めてでした。一緒にスタジオに入るのも17年ぶり。そして、マニュピレーターやエンジニアも当時一緒にお仕事していた方達だったので、なんだか時間を超えて昔に戻ったような感覚もありましたよ。

曲についてはどんな話をしましたか?

「東京は夜の七時」は93年リリースの作品なんですが、今年で25周年ということもあって、オリジナル作詞作曲家である小西康陽さんにリミックスをお願いしたんです。そうしたら、もっといいアイディアがあるって言われて。最近、彼が気に入ってる少林兄弟というバンドと私のコラボレーションをしてみたいと。小西さんはその少林兄弟のライブではいつもDJをやっているんですけど、なかなか面白いロックバンドなんですね。小西さんがすごく気に入っていて、『ぼくが21世紀になって最初に好きになったバンドです。』なんて彼らのCDの帯にコメントを書いているくらいですから。
アレンジは小西さんですけど、少林兄弟の演奏も素晴らしくて、ご機嫌な「東京は夜の七時」のロカビリー・バージョンが出来上がりました!


かなり攻めたアレンジだなと、何も知らずに聴いた最初は思いました(笑)。

ですよね(笑)。小西さんはいろんな方のプロデュースをしたり作曲したりしてますが、それと同時にDJとしても活躍しているので、「東京は夜の七時」の7インチのアナログ・シングルがほしいわけです(笑)。DJでかけたら盛り上がるというのも計算済みのアレンジですよね。オリジナルは6分ぐらいある楽曲なんですけど、DJ仕様で3分代にもこだわっていたし(笑)。アナログはA面があればB面もあるわけですから、「東京は夜の七時」をお願いしたら、B面も新録でいこうということになりまして。ロカビリーでやるんだったら、「ハッピー・サッド」もできるなって言い出して(笑)。瓢箪から駒じゃないけど、そんなわけで2曲新録になりました。


そろそろライブの話と思いますが、今回は3カ所を回るわけですが、当然、渋谷系リアルタイムの頃とはだいぶ雰囲気は違いますよね。

そうですね、当時聞いてくれていた方々から、今は若い20代の方も来てくださるし、年齢層は広がりましたね。ライブ後のサイン会で、ファンの方と言葉を交わすのですが、「両親が渋谷系がが好きで子どもの頃から聴いてました」とか、実際に親子で来てくれたり、すごく嬉しいです。渋谷系のルーツとしてトワ・エ・モワやユーミン、フランシス・レイの「男と女」など、60年代70年代の楽曲も歌うので、渋谷系を知らなくても様々な世代に楽しんでいただけると思います。

楽曲の解説なんかもされるんですか?

楽曲の解説文を各テーブルに置いていたこともあります。なぜこの曲が渋谷系なのかが、それを読むとわかるんです。開場してから開演までの時間に目を通すと、より深く曲が理解できます。でもセットリストも書いてあるので、本番をサプライズで楽しみたい方はあえて見ないで、家に帰ってからじっくり読んだり、それはそれぞれの楽しみ方。でも解説は渋谷系の研究みたいで結構面白いと思います。

いろんな音楽をたどっていける広がりも渋谷系の面白さですよね。ネタバレになったらどうしよう、という葛藤はありませんでしたか?

ネタバレは全然OKなんですよ。逆にネタを積極的にお伝えしたいというか(笑)。渋谷系のアーティストは、過去の隠れた名盤を発掘しても、いいものはみんなと分かち合いたいと思うから、ひとりじめできないんです。だから当時は過去の名盤がたくさん再発されましたよね。それにも、渋谷系のアーティストが一役買っていると思いますね。

今回のライブに関してはベスト盤からの選曲になりますか?

そうですね、ベスト盤を中心に組み立てようと思っています。でも、ライヴならではのちょっと面白いコーナーも考えています。まだお楽しみです(笑)。

今回のアルバムはライブ盤も入っているので、まだライブを見たことがない人も雰囲気はなんとなく伝わりますね。

ディスク2は、今年2月のバレンタインライブの模様がMCごと丸ごと入っています。バレンタインライブなので、渋谷系のラヴソングを中心に選曲しています。あとはバレンタインデーにちなんで、チョコレートのCMソングと、会場が横浜だったので横浜のご当地CMを歌ってみたり。そしてゲストも豪華で、クレイジー・ケン・バンドの横山剣さんが1日目出てくれて、2日目は高野寛くんが出てくれて、一緒にデュエットをして盛り上がりました。ライブの臨場感が伝わってくるので、ライブに来てくれた方はもちろん、まだ観たことがない方にも楽しんで頂けると思います。

5年間渋谷系をテーマに歌ってきたわけですが、ご自身で渋谷系っていうものに対してのイメージは変化ありましたか?

90年代当時は、渋谷系=おしゃれとかカッコいいというイメージだったと思うんですけど、この5年間、渋谷系とそのルーツを探っていくうちに、初めて出会う曲もたくさんありましたし、新しい発見もあって、渋谷系の奥深さをあらためて感じています。今では、「渋谷系を歌う」とは、「世界の名曲を歌う」と自負しています。歌ってみたいと思う隠れた名曲もまだまだあるので、『渋谷系スタンダード計画』はこれからも続いていきそうです。

取材・文:阿部慎一郎


11/2 FRIDAY
野宮真貴「野宮真貴、渋谷系を歌う -2018-」
ご予約受付中
■会場/名古屋ブルーノート
■開演/[1st]18:30 [2nd]21:15
■ミュージックチャージ(税込)/¥8,500
■お問い合せ/名古屋ブルーノートTEL.052-961-6311(平日11:00~20:00)

◎最新アルバム 10/31WED ON SALE
「野宮真貴 渋谷系ソングブック」
¥3,500(tax in)UICZ-4432/3
元祖渋谷系の女王、野宮真貴による
“野宮真貴、渋谷系 を歌う。”シリーズから
究極ベスト盤が新録&ニュー・ミックスで登場!

 

◎7インチ・アナログ盤 11/3SAT ON SALE “2018年「レコードの日」アイテム”
小西康陽編曲/プロデュース(両面共)
「東京は夜の七時 c/wハッピー・サッド」

野宮真貴と小林少年
¥2,160(tax in)UPKY-9017

 

◎電子書籍
「おしゃれかるた」
野宮真貴
希望小売価格/¥800(税抜) (幻冬舎plus+)
野宮真貴の金言が詰まったSNS人気コンテンツが電子書籍に!



中村祥子がジュリエットとして名古屋に!Kバレエ カンパニー「ロミオとジュリエット」に期待。

ウィーン国立歌劇場バレエ団、ベルリン国立バレエ団、ハンガリー国立バレエ団など、ヨーロッパの名立たるバレエ団で活躍した世界的プリンシパル・中村祥子。現在はKバレエ カンパニーのゲスト・プリンシパルとして、卓越した技術としなやかな表現で日本のファンを魅了しています。この秋、熊川哲也版「ロミオとジュリエット」で名古屋に登場。ドラマティック・バレエの最高傑作で、今の彼女が体現するヒロインに期待が高まります。

ジュリエットはこれまで何度も踊っていらっしゃるかと思いますが。

そんなことないんです。ウィーン国立歌劇場バレエ団にいた頃、ジョン・クランコ版を踊るはずだったのですが、公演前日に怪我をして踊れなくなったということがあって。その後、改めてチャンスをいただけたのが、9年前のKバレエ カンパニーの熊川版「ロミオとジュリエット」の再演です。そのとき初めてジュリエットを踊りました。


初役のときはどのように準備をされましたか?

ウィーンで踊っていたときにも感じていたことですが、私は身長が高いこともあって、どうしてもジュリエットという少女になり切れないという思いがあって。Kバレエ カンパニーで踊ることになったとき、そのことを熊川ディレクターに相談したことがあるんです。そうしたら、「それは祥子が決めることじゃない。観客が決めることだ」とスパッと言われました。私のジュリエットを見て、お客様が「あ、ジュリエットだ」と思うかどうかが大切で、「祥子自身が今、ここで決めてしまったら、もうそこで終わる」と。その言葉をいただいてからは、なるべく鏡の自分を意識するのではなく、展開ごとに自分がどう感じたかとか、ロミオから受けたことをどう表現するかに重点を置くようになりました。自分の感情をそのまま受け入れ、自分がどう見えているかというのは考えなくなりましたね。

前回、Kバレエ カンパニーでタイトルロールを踊られた「クレオパトラ」とは全く異なる役柄ですね。

クレオパトラを踊ってからは、観てくださった皆さんにその印象が強く残っているみたいです。自分自身もそのイメージを捨て切れない部分があるのですが、そこを崩すことが必要ですね。クレオパトラでピッと線が入ったものを緩める必要があるのかなと思います。ジュリエットは14歳の少女ですから幼さも出さなくてはなりませんし。それから大事なのは目線ですね。ロミオと恋に落ちるなど、各場面でいろいろなことが瞬時に起こってしまうので、目で語ることが重要になってくると思います。

例えば歌舞伎などでは、娘役を大ベテランの名優が演じます。年齢を重ねたからこそ若い役をより巧みに演じられるということがあるのでしょうか。

そう思います。ジュリエットも、ウィーンで最初にチャンスをもらったときが年齢的には一番近かったんです。私自身、ダンサーとしてまだそれほど経験がないという若さでした。稽古の間もいろんなことを悩みましたし、最終的に怪我をして「自分にはまだ早かったんだな」と、後から思いました。その後、Kバレエ カンパニーからお話を頂いて熊川ディレクターといろいろお話ししながら挑戦させてもらって。でも、そのときもまだちょっと何かがやり切れていない感じがしていたんです。その後、出産を経験してから踊ったときに、一番ジュリエットを感じられた気がしました。不思議ですよね。自分と役柄の年齢が一番離れているときに踊ったのに。若い頃、最初に役をもらったときにはジュリエットになり切れずあれだけ悩んでいたのに、なぜだろうと思いますけど。表現においては、やっぱり経験って大事なんだと思います。それは役柄と同じような経験ということではなくて、人として多くのことを経験した上で出てくる表現というものがあって、それを自然に表せるようになったのかもしれません。形として出すのではなくて、ジュリエットの気持ちが自然にわかるようになったというか。ベルリンでは観てくださった方たちからも「また祥子のジュリエットが見たい」と言っていただけました。

ロミオ役の遅沢佑介さんとは前回もコンビを組んでいらっしゃいます。

遅沢君には、本当に安心感があります。多くの作品を一緒に踊ってきたこともありますが、私がどんな表現をしたいかとか、どう動きたいかというのを瞬時にキャッチしてくれます。言葉で伝えなくても、サッと体を動かしてくれたり…。だから、私自身もとても自由に動けます。今回、9年という時間を経て一緒に踊るわけですが、彼もまた9年分のいろいろな経験をしてきていると思うので、とても楽しみですね。リハーサルでも、いざ「ロミジュリ」の世界に入ったら、「けっこうスッと入れるね!」っていう感じはありました(笑)。彼は普段はもの静かな人ですが、ロミオの若さをいきいきと表現しています。やっぱり好きなんじゃないかな。ロミオのような役は、ダンサーにとって魅力的なんだと思います。

「ロミオとジュリエット」というバレエ作品の魅力は、どこにありますか?

音楽といいドラマといい、見どころがあり過ぎて…。加えて、熊川版の魅力は、やはり踊りにあると思います。しかも、ここまで踊りを入れても自然と感情につながるという。バレエダンサーの力も見せつつ、役柄の感情や物語をしっかりつかんで感動を作り上げているんですよね。観る人にとっては、もう目がいくつあっても足りないような満足感のある作品になっていると思います。

物語の世界に観客を引き込むために大切なのは、どんなことでしょうか。

どの作品もそうですが、バレエを踊っていることを感じさせないようにすることを心がけています。より自然に、その舞台の上で生きるみたいな感じで。バレエのポーズにとらわれてしまうと、世界が違って見えてしまいます。「あ、バレエを踊っているんだ」と思われてしまうんですね。でも、人の自然な動きを意識することで、その物語がその場で本当に起きているように見えるんじゃないかなって。だから、自然体で自分がどう感じてどう動くかということに気をつけながら…もちろんポジションを決めるのは大事ですが、それをいかに自然につなげられるかを気にしています。

今回の全国ツアーでは、名古屋と広島で中村さんのジュリエットを観ることができます。東海エリアのファンにとっては嬉しいことです。

クレオパトラを踊った後ですから、皆さんには、ダンサーというのはこんな風にいろいろな感情や表現を日々、追求しているんだという面白さを感じていただきたいですね。今シーズンは、私にとって新しいレパートリーが続いているんです。毎年毎年、挑戦ですね。この数年は毎年「ダンサーとして、今が一番いいときですね」と言われるんですよ(笑)、なぜか…。でも、自分ではわからない。その時々で来たことに挑戦して、そこで自分のベストを出して、それに対する意見をいただく。それだけです。「ここが私のベストです」と言い切ったときが、終わりのときかもしれません。

新しい挑戦が、ダンサーとしての一番のモチベーションになるのですね。

それに、舞台を踏めば踏むほどモチベーションは上がりますね。これだけの人が喜んでくれるって、やっぱり人生の中でないんじゃないかと思ってしまう。それだけ特別な場所に立てているんだという気持ちが、自分をさらに押し上げてくれるというか…。ここから離れられないというか、もっとできるんじゃないかなと思っちゃう。そんな自分が恐ろしいですね(笑)。


10/18 THURSDAY
熊川哲也 Kバレエ カンパニー
「ロミオとジュリエット」

チケット発売中
◎芸術監督/熊川哲也
◎出演/ジュリエット:中村祥子、ロミオ:遅沢佑介、マキューシオ:石橋奨也、
ベンヴォーリオ:益子 倭、ティボルト:杉野 慧、ロザライン:戸田梨紗子、パリス:宮尾俊太郎
■会場/日本特殊陶業市民会館フォレストホール
■開演/18:30
■料金(税込)/S¥16,000 A¥13,000 B¥10,000
■お問合せ/CBCテレビ事業部 TEL.052-241-8118(平日10:00〜18:00)
※未就学児入場不可



宮崎発、劇団こふく劇場が三重県文化会館に登場!

宮崎県都城市を拠点に30年近くにわたり活動している、劇団こふく劇場。2015年の初演時に大絶賛された作品「ただいま」をたずさえ、三重県文化会館に登場します。待望の再演を前に、主宰で劇作家・演出家の永山智行が、自身の死生観や作風について、作品づくりへのこだわりぶり、演劇ファンへの思いなど、たっぷり語ってくれました。

劇団こふく劇場は結成以来、都城市を拠点にしていますが、永山さんは東京で演劇活動をなさっていたこともあるんですね。

1986年に大学進学と同時に上京しました。当時は、いろんな芝居を観ましたね。鴻上尚史さんの第三舞台、野田秀樹さんの夢の遊眠社が小劇場ブームを巻き起こしていましたし、アングラ系の劇団も元気でしたから。ただ私はひねくれてて、そのブームに乗るのが嫌だなと思う部分もあって。だから、井上ひさしさんのこまつ座とか佐藤B作さんの東京ヴォードビルショー、善人会議(のちの扉座)、など、オーソドックスな芝居を作っている劇団の芝居に、より惹かれていきました。ちょうどバブルが始まって、みんながちょっと浮かれている時代でしたから逆に…。


永山さんは大学の演劇部で活動していらしたのですか?

通っていた東京学芸大学には、演劇部以外にも自主的に公演を打つグループがたくさんあって、そっちで活動していました。学生がグループに分かれて芝居を作る「演劇鑑賞」という授業を通して、学科を超えて仲間になったりするんですよ。で、授業が終わっても「じゃあ、またやろうぜ」みたいな打ち上げのノリで、自主的に芝居を上演するのがすごく盛んでした。みんなが集まって「今度これやろう」とか「テントを立てて芝居をやろうぜ」とか…。そういうグループを渡り歩いていた感じです。そんな形で、4年間ずっといろんな作品に役者で出たり、演出をしたりしていました。

劇作もその頃始められたのですか?

夏休みとかになると、みんな実家に帰っていなくなっちゃって暇なんですよ。それで何か書いてみようかなと思って書き始めました。でも、それは大学で上演したことはないです。というか、誰にも見せたことがない(笑)。自分で書いたものを上演するようになったのは劇団を作ってからですね。

大学卒業後、すぐ地元の都城に戻られて、劇団こふく劇場を立ち上げられたのですか?

4年生になってもずっと芝居ばっかりで就職活動もしていなかったので、卒業と同時に無職になっちゃったんです。親は怒りますよね、大学まで出したのに就職もしないんだから。「とにかく一度帰ってこい」と言われて、帰りたくないなと思いつつ、鈍行列車で旅をしながら10日ぐらいかけて帰りました。各地で途中下車して、公園や市民球場のベンチで寝たりしながら(笑)。で、都城に帰ってみると、芝居を観る機会が全然ないんですよ。東京にはそういう環境がいくらでもあるのに、こっちには芝居のしの字もない。それは大学の時にも、行ったり来たりしながらずっと考えていました。じゃあ、一回やってみようと思って、高校時代の演劇部の先輩や後輩に声をかけて芝居を始めました。最初は続けるつもりは全くなかったんですよ。隙を見てまた東京に行こうと思っていたので。ただ、公演を打つために劇団名も必要だったので劇団という形にして、メンバーを集めて、上演する…ということを始めて、結果的に28年ぐらい続いちゃったという感じです。

立ち上げ時には、劇団での作品づくりにどんなビジョンを描いていたのですか?

こんなものを作りたいとかいうことよりも、とにかく上演をすること自体が目的だったので、作品の指向性などはあまりなかったですね。もう手当たり次第というか、思いついたものをとにかくやってみようみたいな感じで。

目に見えない存在を通して人の生活や人生を見つめるような作風になっていったきっかけはあったのでしょうか。

一番大きいのは、20年ほど前に父親が亡くなったことですね。ちょうど私が30歳ぐらいで、子どもが育っていったり、自分の生活のことを考えるようになってきた頃に亡くなってしまって。それをきっかけに、自分の暮らしとか人生とか、家族とか…そんなものへの思いが作品の中に自然に入ってきたのかなと思います。親がそばにいて、水道をひねれば水が出たりとか…生まれてからそれまで当たり前だったものが、父親が亡くなったことで当たり前じゃないものだと気づいたんですね。そこから、ものの見方が変わった感じもします。死の側から生を受けるという視点は、父がくれたものですね。向こうからこっちがどう見えるかという。それは、人間が人間である証拠だと思うんです。もういないはずの死者を「いる」と言える。そういう概念を持っていることは、人間が人間であることの一番大きな理由なのかなと思います。

今回、再演される「ただいま」にも、主人公だけに見えるニーナさんという“あちら側”の登場人物がいますね。

そうです。死者の霊なのかどうか、そこは明確に設定していませんが。3年前の初演時には、三重でも津あけぼの座という小劇場で上演しました。この時、三重は熱かったんですよ。カーテンコールが3回もあったのは、全国6ヵ所、全19ステージの中で三重だけでしたね。
役者が戸惑ったぐらいですから。「え?もう一回行くの?」みたいな感じで(笑)。

観客の皆さんは、どんな感想を持ったのでしょうか?

皆さんそれぞれ、想像を膨らませたりしながらとても深く見てくださっているように感じました。単純に「よかったよ」というだけでなく「こんな風に感じた」「こう解釈した」と、お客さん一人ひとりがすごく熱く語ってくださって。今回上演させていただく三重県文化会館もそうですが、劇場が観客を育てているという空気を感じました。「ただいま」は、普通の人の普通の暮らしを描いて、その中にあるドラマを見つけるということを大事にしている作品です。誰だって、誰かの子どもとして生まれてそれぞれの家族の中で育ち、仕事をしたり学校に通ったりする中で、いろんな関係性を築いたり、その中で大事な人を失うような経験をしたりしていると思います。そうした誰にでもある出来事をできるだけ丁寧に描きました。そういう意味では、どんな立場の人にも観ていただきたいと思います。

歌もたくさん出てくるそうですね。

“歌うホームドラマ”です。音楽は、うちの作品の大事な要素のひとつ。私自身、音楽が大好きですし、メンバーの中にはシンガーソングライターもいます。だから音楽は、なるべく生演奏で入れるようにしています。音楽って、論理を飛び越えて感情をシュッと引き出してくれるんですよね。そういう音楽の力を借りています。また、もっと大きくとらえると、セリフや足音、仕草も全部音楽だと思って作品づくりをしているんです。俳優が語るテンポや音の高さも全部決めて、動きもある種のリズムの中で起こるように…そこはかなりこだわって作っています。論理を超えて、言葉にならないものまで届くといいなと思いながら。だから全体を通すとひとつの交響曲として見てもらえると思います。音楽を聴くときに意味とか考えないでしょ?そんな風に、この作品に流れるリズムやメロディに身を委ねていただければ嬉しいですね。


9/15 SATURDAY 9/16 SUNDAY
Mゲキ!!!!!セレクション
劇団こふく劇場第15回公演「ただいま」

チケット発売中

◎作・演出/ 永山智行
◎出演/ あべゆう、かみもと千春、濵砂崇浩、大迫紗佑里(以上、劇団こふく劇場)
中村 幸(劇団ヒロシ軍)
■会場/ 三重県文化会館 小ホール
■開演/ 9月15日(土)14:00 ※アフタートークあり ゲスト:本坊由華子(世界劇団)
9月16日(日)13:00
■料金(税込)/ 整理番号付自由席 一般 前売¥2,500 当日¥3,000 25歳以下¥1,000
やさい割(前売のみ)¥2,000 ペア割(前売のみ)¥4,000
■お問合せ/ 三重県文化会館 TEL.059-233-1122
※未就学児入場不可



自らプロデュースしたシネマ・ミュージックのコンサートを開催!

豪州出身、語学など様々な分野に長けた才媛として知られ、A.ボチェッリやD.フォスターも認めた圧倒的な歌唱力で現代を代表するアーティストとして活躍中。そんな彼女が「シネマ・ミュージック」と共に東海市芸術劇場に登場!

昨年10月発売のアルバム『シネマ・ミュージック』が好評で、同名のコンサート・ツアーを各地で展開。今年3月に東京・オペラシティで行われた同公演を収録した初の映像商品(DVD/Blu-ray)もまもなく発売されますね。

自分でプロデュースした公演なので、たくさんの人に観ていただけるのが本当に嬉しい。選曲はもちろんのこと、背後に投影する映像からコスチュームまで、トータルで演出を考えてストーリーを作り上げるのは映画製作に似ている。もともと映画監督になりたいという夢もあるので、作業は楽しかったです。いつか映画を撮る夢も叶えたい!


名画のヒロインたちを音楽で演じ切る、まさに「歌う女優」を彷彿とさせるステージでした。今回のコンサートもこの映像商品と同じプログラムですか?

重なる部分もあります。例えばオープニングは定番で映画《ロミオとジュリエット》のバルコニー・シーンの再現。それをイメージした映像を先ず流して、皆さんにロミオになっていただいて、私はジュリエットとして〈A Time For Us ~永遠(とわ)の愛〉の歌と共に高いところから登場します。他にもボンド・ガールになったり、〈ムーン・リヴァー〉は《ティファニーで朝食を》でヘプバーンが演じたホリーになってギターの弾き語りをしたり。歌唱だけでなくヴァイオリンで演奏する〈ポル・ウナ・カベサ〉も《セント・オブ・ウーマン/夢の香り》を思わせるパフォーマンスを披露します。

ミュージカル《レ・ミゼラブル》でエポニーヌによって歌われる〈オン・マイ・オウン〉はCDで聴いても舞台が目に浮かぶようでした。

主役よりもエポニーヌのような個性的な役柄に惹かれます。そういえば子どもの頃、みんなでごっこ遊びをした時も、女の子たちはみんなお姫様役をやりたがったけれど、私は魔法使いとか、男の子たちと一緒にプリンセスを捕らえるような役がやりたかった(笑)。ミュージカルは主人公以外にも名曲が与えられて、スポットライトを浴びることができるので大好きです。

ステージではサラさんのコスチューム・プレイもお楽しみですね。

《ラ・ラ・ランド》のメドレーでは、男装してライアン・ゴズリングが演じたピアニストに…ちょっぴりチャップリンも意識しています。また、今回のDVD/Blu-ray『シネマ・ミュージック with サラ・オレイン』のジャケット写真にも使用されているメーテルも好評を頂いております(笑)。映画《さよなら銀河鉄道999 ~アンドロメダ終着駅~》を再現したようなステージも披露しますのでどうかご期待下さい!

映像商品にはない新曲もありますか?

はい、アレンジを変えた曲もあります。例えば〈虹の彼方に〉は《オズの魔法使》のジュリー・ガーランド風ではなく(ハワイの伝説的なシンガー、イズリアル・カマカヴィヴォオレが歌った)ハワイアン・ヴァージョンに…そのためにウクレレも練習しました。ハリウッド超大作から欧州映画、日本のアニメまで、新しいものから往年の名画まで、様々な映画音楽を取り揃えています。昨年の名古屋公演に来ていただいた方にも、きっと楽しんでいただける内容だと思います。いろんなサプライズをご用意してコンサート会場でお待ちしています!

取材・文:東端哲也 撮影/中野建太


9/24 MONDAY・HOLIDAY
「シネマ・ミュージック with サラ・オレイン」
■会場/東海市芸術劇場 大ホール
■開演/15:00
■料金/SS¥8,500 S¥7,500 A¥6,500
■お問合せ/中京テレビ事業TEL.052-588-4477(平日10:00〜17:00)



20周年の節目に移籍で心機一転、原点回帰のライブ敢行!

ミュージシャン、役者のみならず、文筆やライブプロデュースでも才能を発揮する
マキタスポーツが芸能生活20周年を迎え、ライブに原点回帰。
大瀧詠一や松任谷由実らにも認められた「オトネタ」を復活させています。
今年はにわかに事務所問題で揺れ、ワタナベエンターテインメントに移籍。
ますます活躍の場を広げることは間違いないものの、ご本人は極めて冷静。
いろいろあった芸能界を見渡しながら、今やるべきことを真剣に語ってくれました。

音楽で笑いを追求する「オトネタ」を20周年の節目に復活させた理由は?

2年ぐらい前から「気づいたら20周年になるね」という話はしていて、あまり迷わず「オトネタ」を久しぶりにやろうと考えていました。2009年に始めて2013年ぐらいまでかな? 会場は変えながらも毎年開催していた企画なので。


そもそも「オトネタ」はどのような経緯で生まれてきたのでしょうか。

活動当初1~2年は音楽、バンドをやっていたんですけどうまくいかず、そのうち漫才をやりたいなと思うんですが、結果、28歳でピン芸人デビューすることになるんです。それで30歳ぐらいまではいろんなことを試していたら、音楽ネタが評判良くて。作詞作曲モノマネだったり……。その後31歳の時に思い直してバンドをまた結成するんですけど、このバンドでは合間に音楽的なネタも入れていました。でも結局このバンドもままならないと感じて一旦お休みすることに。そして再びピンで始めた時に生まれたのが「オトネタ」なんです。2009年のことですね。そうしたら翌年には地下ライブシーンで話題になり、2011年には博品館劇場で公演を予定するほどになったんですけど、東日本大震災が起こって一旦中止に。それでも半年後には、あらためて公演することができました。2013年にはバンドを率いてやる形にも発展したんですが、一方で役者の仕事も増えてきて……。

お話を聞いていると、試行錯誤されたからこそマキタスポーツという表現者の能力や武器、個性が明確になり、現在の開花につながってるような印象を受けます。

どうなんでしょうね(苦笑)。だって、自分が50歳になるなんて想像していなかったのに、もう50は目の前だし、家族もあるし……。ただ、今ずっと続けられそうなことを考えてみると、苦しいけど、ライブだなと。もちろん、その重要性は肌で感じてはいたんですけどね。このネットの時代に、芸能界の雰囲気も変わってきて、オーバーグランドでの自分の需要を考え始めたら、このままじゃダメだと。仕事はあっても、それだけじゃ……。このところの疑問、例えば大きな芸能スキャンダルについて自分なりに答え合わせをすると「芸能界、怖いな」と思うんですよ。僕は芸能界をふたつに分けて考えていて、第一芸能界は広告まで含んだ収支構造の世界。もうひとつの第二芸能界は課金制の世界で、ライブをはじめ、もともとの芸能の在り様ですよね。ある不倫騒動を見ていて、女性タレントの方は大損害を被っているのに、男性ミュージシャンの方はそれほどでもなかった。それは男性の方がライブベースの活動をしているからなんですよね。スキームをこしらえている人、確固たる芸事を売っている人は負けないんです。

確かに。考察・分析、とても面白いです。

そんな芸能界という環境の中で「オトネタ」は地道にやり続けられると思うんですよ。実は、まだオフィス北野に所属していた2年ほど前「いずれ独立を」と考えて個人事務所を設立したんです。マキタ学級って言うんですけど。ところが今年1月、何も聞いていなかったところからどんどん事務所の問題が発覚して、かえって腹をくくれました(苦笑)。

しかも芸能界屈指の大手、ワタナベエンターテインメントにも移籍され、順風満帆ですね。

いやいや、とば口に立っただけですよ。ただ、渡辺プロダクショングループは近代芸能界を作った音楽エンタテインメントの老舗ですし、僕の大好きなハナ肇とクレイジーキャッツやザ・ドリフターズも所属されていたので、そこに入れたことは嬉しいです。

最後に「オトネタ¥7500」の内容について、ちょっとだけ教えてください。

構成としては、バンド演奏の中に弾き語りも交えていきます。「オトネタ¥7500」はラグジュアリーな空間で、ぜいたくな芸を楽しんでいただくのがコンセプト。笑いに特化しつつ、音楽的実験も同時にやりたい。まさにクレイジーキャッツやドリフのようなコミックバンドの世界を展開したいんです。僕の楽曲にはいろんなジャンル、タイプのものがありますけど、正直、今はシリアスな歌の気分が心の中になくて。だったら、嘘をついても仕方がないんですよね。その中には理解度の高い大人に向け、時世を斬ったりアイロニーをはらんだものもありますけど、僕がやるとユーモアとかペーソスの方が強く表れるみたいです。いずれにせよ、僕がステージ上でやることはすべて「オトネタ」とも言えるわけで、他のお笑いライブとはやることが違いますから、ぜひ名古屋ブルーノートにご来場ください。


8/23 THURSDAY
マキタスポーツ20周年LIVE
「オトネタ¥7500」

ご予約受付中
■会場/名古屋ブルーノート
■開演/18:30、21:15
■料金(税込)/ミュージックチャージ ¥7,500
■お問合せ/名古屋ブルーノート TEL052-961-6311
※小学生以下入場不可



アルバム「ITALAN」をリリースした安藤裕子が名古屋ブルーノートに初登場!

デビュー15周年を迎えた安藤裕子。ここ2年間は、ライブ活動は続けながらも制作活動は休止。長年所属したレコード会社も離れ、慌しいながらも充電期間を経てリリースしたのはアルバム「ITALAN」。ここ最近の経緯や心境からこれからについて、そしてニューアルバムの制作過程について伺った。名古屋でのライブはブルーノートで予定。このサイズでどんな音楽を聴かせてくれるのか楽しみだ。

昨年、それまで所属していたメジャーレーベルを離れ、完全休養ではないですけれども若干歩みを緩められました。

そうですね。音楽制作をまず止めました。日本のレーベルは早いタームで作品を作る傾向が多いんですけど、私自身作るのを楽しめるタイプだから今まではうまくやっていたんです。でも自分も大人になって子どもも生まれて育てている中で、何かが変わってきた。


感受性の変化でしょうか?

シンガーソングライターって、自分に飽きちゃったらなかなか形を成さないんですよね。若い時は悲しいことも楽しいことも自分自身にすごく返ってくるんだけど、ある時から、悲しいとか楽しいとかを感じる機能がにぶくなってきてしまっている自分がいる中で、作るものが本当になくなってしまった。メジャーでの後期の作品が死生観に偏りすぎているというのは、生きるのか死ぬのかみたいなことに視点が行き過ぎていた部分が自分の中であって。かといって、そんな暮らしをしているわけでもないのに。でも頭がそこから離れられないみたいなのがあったから、これは一回ちょっと立ち止まらないといけないという話をして。

その最中に、アルバム「頂き物」をリリースして、制作を休むことにしたんですね。

そこで今までのレコード会社を離れました。ただ、ライブだけはちょこちょこやらせていただくっていうような時間が過ぎていたんですよね。私からすると全然休んでいる気もしないし止まっている気がしないんですけど、時間の経過がすごく早くて。その間に周りのスタッフにも変化があって。1人になったときに何をしようかなって思った時に、昔、書きかけで止まっていた小説をまず書き始めたんです。それを事務所の社長とかにお渡ししたら「面白いね」って言ってくれたりして。

アルバム「ITALAN」には小説が付録されているエディションもありますね。

このまま普通に始動するのではやっぱり曲なんか生まれないなと思って。ちょっと自分の好き勝手をやりたいなと思って作ったのが、今回の「ITALAN」。社長に相談したときに、「じゃあさ、本をつけなよ、本。」みたいな感じで言われて。新たに短編をいくつか書いて、そのサウンドトラックみたいな感じにしてみたんです。


その短編小説のテーマはどこから生まれてきたのですか?

例えば『娑婆訶』というお話は、たまたま電車で横に座ったおじさんが本当に手帳に「腹立つまいぞそわか。腹立つまいぞそわか。」ってすごい筆圧で書いていたんですよ。静かそうな男性なんですけど、すごい筆圧で書いていたんですね。どんな悩みがあるのか、声をかけて聞いてみたくなるぐらいのインパクトだったんです。誰も見ていないんですよ。私だけが横で、「うわあ、なんだろう、この人」って思っていた人で。ずっと何年も前の話なんですがその人のことが気になっていて、それで書き始めたら割とコメディタッチのものになって。『風雨凄凄』に出てくるOLさんも、なんとなく友だちのOL生活を見ていたり、『こどものはなし』も、私の知っている方の奥さんがモチーフになっていたり。ちょっと壁が分厚いというか、自分の世界をすごく確立している。自分の大事なものはすごく大事にするけど、外からの介入に対応できないというか。

どの話も日常から脱却していない、その人とその周りでの出来事ですね。

なんで「至らぬ人々」だと思ったかというと、書き始めた話のほとんどが大きなドラマを持っていないということ。その人たちの暮らしの中にちょっと起きている小さな出来事に少しライトを当てている感じです。派手な暮らしもしていない。恋ができなかったり、何もうまくいっていないような人の至らないこと。ダメなんじゃなくて、届かないという意味での至らないこと。「みんな至らぬなぁ」と思ってタイトルがついてきました。自分自身が多分、そういう人間なんだと思うんですよね。誰かとうまくやっていく才能もないし、地味なんですよ。私はこういう仕事をしているけど暮らしぶりは相当地味。誰かと会いに出掛けることも少ないし、こういう取材があればメイクもするけど、普段は汚い格好をしてスッピンのボサボサで出歩いているし。

何かを表現したり作り出す人は、意外とそんな感じかもしれないですね。

日本で何かを純粋に創作しても、その姿のままでは生業にはならないだろうなという感覚はすごいありますね。特に音楽は、どこかエンターテイメントが優れている人にアドバンテージがあるという格好は変わらない。作品どうこうじゃないんじゃないかなっていうのも、だんだん感じてきて。そんなことも余計に自分が閉じこもっていく理由だったかもしれない。「結局、こういうことをやっておけばいいんでしょう?」みたいな曲がった感覚も身についたり、「なんで歌を歌っているだけなのになんでおしゃれじゃなきゃいけないの?」とか、そういう違和感はずっとなんとなく感じていますね。でも、そういう国ですよね(笑)。

ご自身の内面と音楽を作る環境、両方の理由から今回の転機が生まれてきたんですね。

ちょっと上等なところから離れたいというのがあって。曲が達観していてシリアスになり過ぎたから、もうちょっと自分自身に帰りたかった。もちろん一曲一曲に感情は存在するんだけど、そこから一度離れたいというか。一曲一曲に強い想いを込めなきゃ歌えない曲が増え過ぎたんだと思う。そうじゃなくて、ただこう、メロディに乗って歌うことを思い出したい。あと、周りのおかげで安藤裕子という名前の作品ばかりが、どんどん上等になってしまったから、等身大にストンと落としたかったというか。色々な思いがあります。だから今回作品を聴いて、「え、こんなの安藤裕子じゃない。なんだよ、これ。ぷん!」と思う人ももちろんいるはず。今までの隙のない音楽とは真逆なものだし。でもこういうことをやらないと、多分私はこの先の続きができないと思ったんですよ。

そうするとこのアルバムは休止期間の答えというよりは、これからの第一歩と言ったほうがいいかもしれませんね。

今回これをやって初めて、自分が何を得るのか、どこに進むのか、これから自分の視点で歩み始めて確かめる。そういうことをしたいなというのがありました。始めるための布石というか、一歩ですかね。

もちろん今の環境もありますけど、今回はセルフプロデュースでのアルバム制作でしたね。

制作予算の都合上、ご一緒できる人は限られていたんですが、松本淳一さんにアレンジを何曲かお願いしました。以前「森のくまさん」という曲でご一緒して、出来上がったものがすごく良かったんです。今回も美しく仕上げてくれました。松本さんはある意味日本のポップスシーンでは突飛なことをやるけれども、きれいなんですよね。クラシック出身で土台がしっかりしている人だから音階がとても美しくて。多分彼との3曲があったから、私が家で変なことをやって録っている4曲もどこかバランスが取れた。だから、松本さんとやれてすごくよかった。

今回のアルバム制作は楽しかったですか?

楽しかったですよ。楽しいし、あと、やっぱり自分だと何もできないなっていう落ち込みとかももちろんあって。「太古の時計」とか家で全部録っていて、音の加工とかもほとんどしたんです。ただ、どうしてもリズムパートのコピペ的なことができず結局手で打ちこんで、それが逆に下手くそな本当の楽器みたいで良かった部分もあるんだけど、それをエンジニアさんに「すみません。あまりにずれているんで、ちょっとここだけ」って直していただくのがすごく地獄だったみたいで。そういう今までだとありえない部分の許容を増やすというか。でも今まで作ってきた整頓された曲には、整頓された音しか許されないわけで。どちらが優れているということではなく、ただ、そういう感覚を知ることができたのは楽しかったですね。

8月29日には名古屋ブルーノートでのライブが予定されています。どんな内容になりそうですか?

このアルバムは全部やっても30分程度。そうすると残りの半分は昔の曲をやるわけですけど。15周年というのもあって、いわゆるこれを演ってくれたら嬉しい、というのは入れておこうと思っています。あと、東京メトロのCM曲を先日レコーディングしたんです。これは小林武史さんが作曲とアレンジ、私が詞と歌で。TOKUさんがフリューゲルを吹いてくれています。これはまた大人っぽいというか。ちょっと郷愁感のある夏の都会の夕暮れみたいな。ブルーノートにも合いそうですね。


8/29 WEDNESDAY
安藤裕子 ITALAN CHIBIBAND TOUR 2018
ご予約受付中
■会場/名古屋ブルーノート
■開演/[1st]18:30 [2nd]21:15
■ミュージックチャージ(税込)/¥6,800
■お問い合せ/名古屋ブルーノートTEL.052-961-6311(平日11:00~20:00)



劇作家・演出家田川啓介のプロデュースユニット水素74%が三重に初登場!


日韓共作「가모메カルメギ」待望の再演。

古典から現代戯曲、小説、詩、ネット上のテキストなどさまざまな題材から現在を生きる人々をフォーカスしたアクチュアルな劇空間を創造する「東京デスロック」。主宰で劇作家・演出家の多田淳之介は、2009年から韓国ソウルの第12言語演劇スタジオとの共作を毎年行い、その世界を広げています。2013年に初演された「가모메カルメギ」では、韓国で最も権威ある東亜演劇賞で外国人演出家として初めて演出賞を受賞するなど、高い評価を得ました。待望の再演はまもなく!この機会は見逃せません。


韓国の第12言語演劇スタジオとの交流が始まった経緯はどのようなものだったのですか?

2008年にソウルの演劇フェスティバルに参加したのがきっかけです。韓国の俳優と一緒にアジアの演出家が作品を作るという試みで、僕のほかにインド人と韓国人の演出家も参加していました。そのフェスティバルの韓国側の代表がパク・カンジョンさんという演出家だったのですが、彼は僕が所属している青年団と共同制作もしていて、平田オリザの盟友ともいえる方なんです。それで、僕が初めて韓国に行ってひとりで現地の俳優たちと作品づくりをするのは大変だろうと、パクさんの弟子筋にあたるソン・ギウンさんという劇作・演出家をサポートにつけてくれました。彼は日本に留学経験もあり、すでに青年団の韓国語字幕の仕事もしていて、この世代の韓国演劇界の重要人物のひとりです。日本でいうとハイバイの岩井秀人さんやチェルフィッチュの岡田利規さんのような…。


結果的に、その最初の公演が成功して、終わった後にギウンさんと、今後ふたりで長期的に自分たちの時代の日韓交流や合作のやり方をいろいろ模索してみようという話になりました。ふたりとも世代が近くてお互い自分の劇団を持っているという共通点があるし、それまでの日韓の交流のあり方にも疑問を抱いているということもあって。それ以降、継続することを大切に、毎年1作品、無理せず合作を続けてきました。しばらくは僕の既存の作品を韓国や日韓の俳優で作り直してソウルで上演をしていましたが、あるときドゥサン・アートセンターから声がかかりました。ドゥサン・アートセンターは、プロ野球チームを持っているような大企業が運営する、すごくアグレッシブな活動をしている劇場です。そこが、ソン・ギウンさんが書いて僕が演出する作品を作らないかと。それが「가모메カルメギ」の初演になりました。

チェーホフの「かもめ」を1930年代の日本統治下の朝鮮に置き換えて作ろうというアイデアは、どなたが出されたのですか?

ソン・ギウンさんです。彼はすでに日帝時代の作品を何本も上演して韓国で評価を得ていました。彼の中では、いつか日帝時代の作品を日本人と一緒に作りたいという思いがあったようです。また、日本と韓国の演劇で共通しているのは、近代のヨーロッパの演劇をどう取り込むかということだったりするので、日韓の演劇人が一緒にヨーロッパの作品に取り組むことでいろいろできるんじゃないかという思いもありました。

戯曲を最初に読まれたときの印象は?

すごく面白かったです。「かもめ」が見事に自分たち日韓の話になっていて。本当にきれいに翻案できているので、最初は、「かもめ」そのもの過ぎるんじゃないかという話になったくらいです。ただ、実際に上演してみたら、それが実はとても大事なことだとわかりました。それまで僕たちが観ていた「かもめ」には、ちょっと一定の距離があったりするんです。チェーホフなので人物の造形などは現代に通じていますけど、やっぱり「モスクワ」への距離感とかなかなか実感できないところはありますよね。それを日韓に翻案することで、日本人が見ても韓国人が見ても、当事者意識をもって見られるというのは大きいと思います。2014年の日本初演でも「なるほど、『かもめ』ってこういう話だったのか」と、改めて作品を理解できたという声が多かったです。


演じていた俳優さんたちは、それぞれどう捉えていましたか?

日本人の俳優は、日本人役というのもありますし、日韓の歴史に関して人生の中で考えてきた回数が韓国の人たちとは全然違うし、本人たちはいろいろ理解したいけど難しい…ということもわかっているし、複雑な感じではあったと思います。韓国の俳優たちは、こういう作品は小さい頃から見慣れているし、個人差はありますが、日本のメディアが取り上げるようなあからさまな反日感情はありませんからね。稽古中も、歴史についてはさまざまなディスカッションをしました。その中で、この作品に反日的な役が出てこないのはまずいんじゃないかという意見もありました。韓国の若い人たちの多くは日本が大好きだけど、極右の人もいれば極左の人もいて、社会的に問題にしたがる人がいる。そういう人に揚げ足を取られちゃうことがあるから、ひとりぐらい朝鮮人をわかりやすくいじめる役が出てこないとダメなんじゃないかと。

俳優たちが作品自体や社会を俯瞰して見て、そういう意見が出てくるのですね。

そうですね。けっこう成熟しているというか。歴史に触れる作品で攻撃を受けないように気をつけるというのは韓国ではよくあることなので。むしろそれを逆手に取って作品を作る人もいるし。「가모메カルメギ」初演のときは、小道具の日の丸の使い方に試行錯誤しました。作品では、日本の帝国主義がちょっと悪く見えるような旗の出し方をしているんですが、最初、僕は舞台美術の片隅にさりげなく置いておく程度にしようと考えていました。でも、そういうやり方が一番まずいという指摘が韓国の俳優たちからありました。つまり、物語に関係ないのに日の丸が置いてあるというのは、日本人の演出家が朝鮮半島に日の丸を掲げに来たと捉えられるらしいんです。それは、一緒に作っていないとわからないことだったと思います。そういう作業を一緒に出来たというのがすごく面白かったですね。
自分がどういうつもりかは関係なく、違うように捉えられてしまう。それは日韓でなくても当たり前のことですが、良い経験になりました。

2008年に韓国の演劇フェスティバルに参加されたときは、日韓問題に切り込もうというような思いはなかったのではないかと想像しますが。

一切なかったです。当時は32歳ぐらいですかね…韓国のことはほとんど何も知らなかったし、日韓の歴史についても深く知らなかった。韓国で仕事をしたことのある日本人と話すと「政治や歴史の話は絶対にするな」と言われました。しても揉めるだけで無駄だって。だから、ソン・ギウンさんはともそういう話はしばらくしませんでした。ただ、日本で震災が起こったり、「가모메カルメギ」を作るタイミングでいろいろ考えたり、僕自身もいろいろ変わっていきましたね。昔は自分のために演劇をやっていました。韓国に最初に行ったのも、自分の経験のためという思いからでした。自分の世界を作って、いろんな人に楽しんでもらえれば…というスタンスだったのが、次第に誰のために作るかということを考えるようになっていきました。作品を通して、観客のために、観客と一緒に何を考えたいかを考えるようになったというか。韓国での経験に加え、この10年で作家として作品を作る動機が変わってきました。

今後も韓国とのコラボレーションで新しい作品を作っていかれますか?

やりたいなと思っています。今回の「가모메カルメギ」の再演を通して自分たちの作業をまた見直して、今後どんなことをやっていけるか探っていきたいですね。オリジナルの作品もできたらなと思っています。あと、日韓のコラボ作品を持ってアジアの他の国やヨーロッパに行くのも面白いんじゃないかなと。これだけ近いのに一緒にやらないのはもったいないし、アーティストに限らず外国に出るってすごく大事な気がするんです。旅行でもなんでもいいですけど、現地に行ってもらえるものはすごくいっぱいあると思うので。韓国は、3万円あれば二泊三日で帰ってこられるぐらいのところですしね。


7/13 FRIDAY〜7/15 SUNDAY
東京デスロック+第12言語演劇スタジオ「가모메 カルメギ」

◎ 原作:アントン・チェーホフ『かもめ』 
◎ 脚本・演出協力:ソン・ギウン 演出:多田淳之介
◎ 出演/夏目慎也、佐山和泉、佐藤誠、間野律子、ソン・ヨジン、イ・ユンジェ、クォン・テッキ、オ・ミンジョン、マ・ドゥヨン、チェ・ソヨン、チョン・スジ、イ・ガンウク
■会場/三重県文化会館 小ホール
■開演/7月13日(金)18:00 14日(土)14:00 15日(日)14:00
■料金(税込)/整理番号付き自由席 
前売 一般 ¥3,000 25歳以下¥1,500
■ お問合せ/三重県文化会館 TEL.059-233-1122
※未就学児入場不可