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「庄司紗矢香」スペシャルインタビュー
取材日:2013.10.28

16歳にして一躍スターダムを駆け上がった、ヴァイオリニストの庄司紗矢香。
あれから17年、巨匠への階段を着実に上る彼女が、
名匠テミルカーノフ率いるサンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団の
愛知公演にソリストとして登場し、チャイコフスキーの名協奏曲を奏でます。
音楽への深い愛情が滲むしなやかな表情と言葉は、
彼女が紡ぐ音色と同様、艶やかな輝きを放っています。


テミルカーノフさんとは、数多くのステージで共演を重ねてこられましたが、ご自身にとって、どのような存在でしょうか。

17歳の時に初めてお会いして以来、本当に数え切れないほど共演してきました。私にとっては、人間的にも、そして文化的な意味でも、師のような存在ですね。終演ごとに楽屋を訪ねて、「ここは、どう弾くべきか」なんて、質問攻めにしたこともありますよ(笑)。余り口数の多い方ではありませんが、言葉と表情の両方で、丁寧に答えて下さいます。彼のサジェッション(提案)で読んだ本から、イマジネーションが膨らんだ、なんてことも良くあります。何よりも、彼と一緒に演奏していると、音楽に神経を集中させ、不思議なパワーを得ることができる。オーケストラのメンバーも多分、同じ気持ちだと思いますよ。皆で共に音楽を創造してゆく気持ちになりますし、共演するのが毎回、本当に楽しみでなりません。


 
マエストロは以前、あるインタビューで「庄司さんを通じて、日本人の美徳を強く感じ取っている」とおっしゃっていました。逆に、庄司さんが、マエストロを通じて、ロシア的な美学を感じ取ることはありますか。

実は、テミルカーノフさんはロシア語も決して流暢という訳ではなくて(註:独自の言語体系を持つ、コーカサス地方ナリチク出身)、とても感覚的なんですが…私は彼のことをロシア人というより、いろいろなアイデンティティがミックスされた、“最後のソビエト人”のように感じているんです。

かたや、世界中の一流オーケストラと共演をしている庄司さんから見た、サンクトペテルブルク・フィルとは。

言ってみれば、テミルカーノフさんの音楽の内実を、完全に吸収し切ったオーケストラ。彼自身は不思議なことに、世界中のどこのオーケストラに客演しても…例えば、ロンドンのフィルハーモニア管弦楽団でも、ローマのサンタ・チェチーリア管弦楽団でも、指揮した途端、たちどころに彼の音にしてしまうんです(笑)。でも、サンクトペテルブルク交響楽団は特別。まるで彼の音楽が、オーケストラに“沁み込んでいる”ような感覚ですね。そして、私にとっても、ファミリーのような存在です。細かなことを考えずに、自然な流れの中で音楽に入れます。そして、単に拍だけにとどまらず、音楽的な言語を合わせてゆく感覚です。いわば、“掛け合い”をしているような気分ですね。



そんな気心の知れた仲間たちと今回披露するのが、チャイコフスキーの協奏曲。この曲での共演経験も、実に数多いと思いますが…。

はい。弾く度に初心に帰って、常に新鮮な気持ちで弾くように心掛けています。何よりも私にとって、この協奏曲はテミルカーノフとサンクトペテルブルク・フィルとの、切っても切れない関係性を持っています。最初の共演となった、’01年の日本ツアーで11回弾いて、やっぱり何度も何度も、テミルカーノフさんに質問をぶつけて、その都度、私の演奏は変化を遂げました。そして、その後もずっと変化し続けていますが、あの時の経験が、今もこの曲を弾く時の基盤となっているのは、間違いありません。それは、たとえ他の指揮者と共演する場合でも、彼の音楽が私自身の中に沁み込んでいるんだと、自分でも気付いてしまうほどに…。それに、テミルカーノフさんご自身、チャイコフスキーの音楽をとても愛していらっしゃるんです。彼は折あるごとに「チャイコフスキーの音楽は、あなた個人に語りかける」と語っていますが、そこには、特有の心の機微やメランコリーに溢れています。さらには、日本人に近い、情の感じ方もしていると思います。また、ドイツのどっしりとした拍の感覚と違って、ロシアの音楽は、足が地面に着く前に、次の拍に向かっている感じ。これは決してテンポが速い、という意味ではありませんが…。

 
ところで、幼い頃、最初はピアノを習っていたのに、あるコンサートでヴァイオリンの演奏を聴いて衝撃を受け、すぐに転向されたそうですね。

ええ。「自分でやってみたい」と、まず思いました。それまでピアノしか知らなかったので、鍵盤を叩いてから減衰してゆく一方ではなく、ヴィブラートなどで「音が伸びる」のが、とても人間的に思えて、すごく親近感を覚えました。で、すぐに「こっちの方がいい!!」と思ってしまって…(笑)。そして、「ヴァイオリニストになろう」と思ったのは、最初にコンクールに挑戦した時だと思います。中学になるかならないかの頃ですから、11歳くらいでしょうか。でも、私自身は「将来、何になる?」という問いに対しては漠然と、でも、余りにもごく自然に、「私はヴァイオリニストになる」と思っていたので、「なろう」と決断したことは、実は一度もないんです(笑)。

庄司さんにとって、「音楽」とは。

私の精神を守ってくれる存在。そんな感じがしています。今の私から考えると、幼い頃からきっとそういうことだったんだと…。
ヴァイオリンが現実的な問題に直面して大変に思えてしまったりすると、そこからちょっと顧みて、「音楽って何?」「何のために音楽をするの?」って考えると、すごく気持ちが楽になったりもしましたから。

一昨年、少し珍しいレーガーの作品に、大バッハを組み合わせた無伴奏アルバムを発表されました。それぞれの様式感をきっちり踏まえつつも、両者の作品が共鳴し合う、興味深い仕上がりになっていましたね。

そう言っていただけると、すごくうれしいですね。最初にレーガーの無伴奏作品を見つけた時、「これは、完全にバッハとシンクロナイズしているな」と感じたので、バッハを録音する際には、必ずレーガーも収録しようと、自分で決めていたんです。今後、新しく取り組みたいレパートリーについても、いま思いつくだけでもヤナーチェクやレスピーギの協奏曲など、とにかくいっぱい山のようにありますよ(笑)。

’09年には、音楽からインスパイアされた絵画や映像作品による個展「Synesthesia」に取り組まれるなど、ビジュアル表現にも高い関心がおありですね。

いま振り返ってみても、本当に幼い頃から、絵を見たり、本を読んだりしても、音楽とつなぎ合わせたりすることに、一番の興味が向いていました。純粋音楽も素晴らしいとは思うのですが、私の中で音楽は、常に想像力とは切り離せないものでしたから。言葉や絵によって、音楽を想像力と結びつけたいな、という夢をずっと抱いていました。実は、この間亡くなった私の祖母は、歌人だったんです。そして、母が画家と言うことで、ぜひとも私の代で、この夢を実現させてみたいと思っています。





1/30 THURSDAY
「サンクトペテルブルグ フィルハーモニー交響楽団」
チケット発売中
◎指揮/ユーリ・テミルカーノフ
◎ヴァイオリン/庄司紗矢香
◎曲目/チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲、
ムゾルグスキー/ラヴェル:「展覧会の絵」
■会場/愛知県芸術劇場コンサートホール
■開演/18:45
■料金/S¥15,000 A¥12,000 B¥10,000 C¥8,000 D¥6,000
※未就学児入場不可