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土岐麻子「もちもち道中膝栗毛」

ナイフを静かに当ててみる。
そのパンは、波型の刃をムニッと受け入れた。
厳かに切っていくと、全体が小刻みにブルブルと揺れ出す。おや、ようすがおかしいぞ。
「もしかしてクリームパンだったのかなぁ…?」
商品名の札を読み間違えてしまったのだろうかと、いささか不安になる。
しかし断面を開いてみて、それが間違いではなかったことを知る。
大小の大胆な気泡。
まるで夏の日差しのようにキラッキラとした艶。
それはまさしく、フランスパンだった。
指で少し押してみると、みちみちとした感触。
これは手でちぎるよりもかじりたいパンだろう、ということで、
1.5センチほどにスライスして食べてみた。
そしてすぐにこれは事件だと思った。
衝撃の“もちもち”食感!
ふわふわとしているのに強い弾力もある、奇跡のバランスだった。
噛んでいるあいだ中ずっと、わたしの頭のなかは“もちもちもちもちもちもち…”もう食感以外になにも考える気にならないほどだった。餅よりも“もちもち”かもしれない。

アジア人はもちもちが好きだと思う。
仕事で海外へ出かけるたびにその国のパンを買うのだが、
ヨーロッパに比べて、アジアのものは弾力があると感じた。
たとえば、台湾は軽い“もちもち”感。ボールに例えると、
1、2バウンドしてすっと天に消えていく。
韓国は重めの“もちもち”感。一度ダシンと跳ねたあと、
小さくなりながら4、5バウンドする感じ。
日本は一定の高さを保ちつつずっと跳ね続けるボールのような“もちもち”感。
お米をふっくら炊いて食べる文化と関係しているのかしら?

さて、“もちもち”フランスパンの正体は、
名古屋長者町・グルマンヴィタルの『ブール108』。
直径20センチほどの、まん丸のバゲット。
小麦に対する水分が108%なんだそうだ。
普通の食パンの吸水率が60〜70%であることを考えると、やっぱり事件だ。
わたしは時々取り寄せて買っている。
そういえば名古屋にはういろうもあるし、
昔から“もちもち”のポテンシャルが高い地域なのかもしれない。
東海地方の“もちもち”には、これから注目していくつもりだ。