HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第八十九回「義理に勝てない家族たち」

世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

義理に勝てない家族たち

たとえ家族であっても、それぞれの立場の違いから譲れない事もあるでしょう。
「奥州安達原」は源氏に対抗した安倍一族の末期と、盲目の女性・袖萩の物語。袖萩の父・傔仗は警護していた皇弟の失踪責任を問われ「見つからなければ切腹」と言い渡されています。傔仗の二人の娘のうち、姉の袖萩は親の反対を押し切って浪人と駆け落ちし、妹は源氏方の源義家に嫁いでいます。
父の危機を知った袖萩は、娘・お君と共に駆けつけます。しかし傔仗は袖萩を許さず、旅芸人に落ちぶれた母子を雪の降る屋外に放置し、陰で涙を流します。母子を見かねた袖萩の母は夫に隠れて袖萩に祭文(語り唄)を所望し、袖萩は唄に託して不孝を詫びます。
現代の感覚では傔仗の仕打ちは厳しすぎると思うかも知れません。しかし中世では、一族郎党の命運を握るのは自らの判断一つ。武士の宿命として日々命のやり取りをしています。どうしても厳しい倫理観を持たざるを得ず、立場上、義理に背いた者は娘であっても許すわけにはいきません。
実は袖萩の駆け落ち相手の正体は、源氏に抵抗する安倍貞任。皇弟の失踪も貞任の差し金で、朝廷からの使者に化けて傔仗切腹を見届けようとしていました。家族全員が違う立場であり、心ならずもそれぞれの倫理観に従うしか、生きる道の無い世界。刻限が来て傔仗は切腹、袖萩も自害しますが、父娘は来世で再会出来る事を喜び合います。義家に陰謀を暴かれた貞任もまた、袖萩とお君を抱いて最期の対面を果たすのです。