HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第五十四回「お嬢さま最強説」

世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

お嬢さま最強説

お姫様は最強の恋愛兵器かもしれません。純粋培養された深窓の令嬢は、人の思惑を気にして行動する習慣がなく、その若さゆえに、思い込んだらたとえ火の中、水の中!の情熱の持ち主です。
「赤姫」は、歌舞伎の典型的な姫の役柄。武家の若いお姫様で、赤い着物を来ている事が名の由来です。この赤姫たちは、そろいもそろって恋愛に「超」がつくほど積極的。恋のためなら、家も親も捨てて自分の思いを通します。
そんな赤姫の代表が「本朝廿四孝」の八重垣姫。亡くなった許嫁・武田勝頼の絵姿を見ながら供養する彼女は、まだ十代の少女。会った事も無い許嫁ながら、絵姿がイケメンなので、輿入れを心待ちにしていました。そこへ勝頼そっくりの若者が現れ、たちまち一目ぼれした彼女は、猛プッシュでアブローチ。同座する腰元に「後とは言わず今ここで」と、速攻仲立ちを頼み込んだり、若者に「どうか今から私をかわいがって」と取りすがる大胆さです。
この若者は、死んだと偽られていた本物の勝頼であり、奪われた兜を取り返すため、身分を隠して敵方・長尾謙信の館に潜入していました。謙信の娘である姫は、勝頼のために兜を盗み出す事を決意します。
姫はさらに、正体を見破られて暗殺されそうな勝頼を救おうと煩悶。使いに出された勝頼へ、謙信が差し向けた刺客が迫る事を知らせるため、氷の張った諏訪湖を徒歩で渡ろうとします。その必死の一念が、諏訪明神の使いである狐を自らに取り憑かせます。
狐に導かれて、湖を飛ぶように渡って行く八重垣姫。まさに「元祖もののけ姫」ですが、純粋な若年者だからこそ、神仏も取り憑くというもの。赤姫の赤は、燃える情熱の赤。深窓の姫ならではの直情は、あらゆる障害を蹴散らして無敵です。