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世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

第二十四回「肝の据わり方が世渡りのキモ」

不条理がまかり通るのも、この世の現実。それを安易に憂い嘆くことなく、冷静に見つめて数々の名作を残したのが「四谷怪談」の作者で知られる鶴屋南北です。
その作風は奇想天外、大胆不敵。刺激に満ちた趣向と、悪趣味すれすれのグロテスクさに満ち、悪人栄え善人滅び、この世の地獄図絵のような世界を描きつつ、その作品は観る者をとりこにする魔力に満ちています。
なかでも強烈なのが「盟三五大切」。芸者・小万にほれて裏切られた浪人・薩摩源五兵衛が、ストーカー大量殺人鬼に化すという内容。容赦のない殺戮シーンもさることながら、注目はその設定。四谷怪談の後日談になっています。
四谷怪談の大ヒット後、主演俳優が退座し、困った劇場関係者が、代替作を南北に依頼。南北は十日もたたないうちに自作をパロディー化。劇中に登場する長屋は、四谷怪談のヒロインお岩さまが最近まで住んでいた設定で、幽霊に化けた悪徳家主が、借り手をおどして追い出し、家賃をただ取りするという具合。
四谷怪談自体、赤穂浪士の仇討ち物語「忠臣蔵」のパロディーですが、本作の源五兵衛も赤穂浪士という設定で、仇討ち参加に必要な百両を、小万の身請けのために差し出してしまいます。しかし小万には彼氏がおり、彼らの計略で金を巻き上げられた源五兵衛は怒り狂った殺人鬼に。
かわいさ余って憎さ百倍とはこのこと。殺した小万の首を愛しそうに抱いたり、その首と差し向かいで食事しつつ、茶をぶっかけたりと、内面の複雑な描写もリアルです。
悪人と見えた小万の彼氏も、実は自分の主筋のため、百両が必要であり、しかもその主とは、当の源五兵衛でした。本来は協力関係にある主従が、そうとは知らず、互いにだまし合っていたわけです。
しかも殺人鬼の源五兵衛は、最終的に仇討ちメンバーに迎えられ、世間の賞賛を浴びるというおまけつき。ある意味、これもこの世の現実です。
下積みの長かった南北が日の目をみたのは五十頃。辛酸の果てに得たのが、世の裏表を見すえる冷徹な目線と、何があっても動じないしたたかさ。「すわった肝」—これぞ世渡り術の核心でしょう。