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コロナの影響で、外国人演奏家の来日が困難になっている状況を受けて、チカラの有る邦人演奏家の活躍が目立っています。こんな時だからこそ、ピンチをチャンスに!若手の台頭が音楽界に新風を吹き込んでいますが、安定した人気と実力を併せ持った小山実稚恵さんの活躍に揺るぎはありません。「音楽の友」の読者アンケートでは、初の1位を獲得。壮大なシリーズ企画成功の勢いのまま、現在展開中のシリーズでもベートーヴェン後期のピアノソナタを通り上げ、今年になって最後の三大ソナタのCDをリリース。何れも高い評価を得ています。多忙を極める小山実稚恵さんにお話を伺いました。

「音楽の友」での3年に1度の名物企画、読者アンケートで「好きなクラシック音楽家」部門で、常連組のカラヤン、小澤征爾、アルゲリッチを抑えて堂々の1位でした。

光栄なことですが、嬉しいというより、恥ずかしいというのが本当のところです(笑)。きっと長くシリーズを続けて来たことで、多くの方に私の演奏を聴いて頂けたのかもしれませんね。コロナで外国人演奏家が来られなかったことも関係しているのだと…。私のイメージというと、リサイタルでピアノを弾いている姿を連想される方が多いかもしれませんが、実はオーケストラのソリストとして、コンチェルトを弾いている方が多いです。この30年間ぐらいは、年間のコンサートを約60回と決めて演奏を行っているのですが、実はそのうち35回ぐらいは、オーケストラとのコンチェルトを弾いているんですよ。

あのクラシック音楽史に燦然と輝く壮大な「12年24回のシリーズ企画」のイメージが強すぎるのではないでしょうか。小山さんは2006年から2017年までかけたシリーズ企画を成功されました。あれが実現したのは、今考えても奇跡のようなハナシだと思います。

ずっと「こんな事が出来れば良いなぁ」と、心の中で温めていた企画でした。やれるかどうかわからないけれども勝手に12年のプログラムを作っていたのです。オーチャードホールの方と、何か一緒に面白い事が出来れば良いですねという話になった時に、すぐに自分で企画書を持って提案に行きました。

小山さんご自身で企画書を持って行かれたのですか。

はい。普通のホールでは、色々と制約があって複数年にわたるシリーズは企画として通りにくいと思うのですが、オーチャードホールは東急文化村ですが、管轄しているのが東急電鉄さん。電鉄会社は、そこに電車を走らせるために30年や50年といった長いスパンで物事に向き合っていくので、12年がかりのシリーズ企画が通ったのだと思います(笑)。

なるほど。だから企画が成立したのですか。凄いハナシですね。あのシリーズは画期的で、12年分のプログラムが最初に発表になりました。プログラムに沿って色々なピアノ曲を聴いて知識の幅を広げたり、プログラムに込められた組み合わせの意味を確認しながら演奏を聴いたり、コンサートの楽しみ方を変えたように思います。

そう言って頂けると嬉しいです。12年かけて取り上げたい曲をどの回で演奏するか、私も24回分のプログラムを作りながら、曲を並べるのがパズルのようで楽しかったです。もちろん、弾いたことのない曲もプログラムにあげており、計画に沿って練習する感覚も新鮮でした。12年分を最初に発表して、途中でプログラムの手直しがあるかなとも思っていましたが、最終回まで変更は無かったですね。やはり最初の閃きに、真理があるように思います。

あのシリーズが斬新だと思ったのは、24回それぞれにテーマカラーを作られて、それに合わせたチラシの色やドレスの色も考えられたこと。そういった発想というのは、これまで無かったように思います。

あるファンの方が、初めてコンサートに行った時のことを「ピアノのコンサートってピアノがポツンと置いてあって、そこにモノトーンの服を着た人が出て来て、弾いては戻っていくの繰り返しで、とても不思議だった」と言っていたのを聞いて「ああ、本当にそうだ」と私も思いました。せっかく24回もできるのだから、曲のイメージに色を合わせて、毎回テーマカラーとして打ち出すのは面白いかなと思い…。それなら、1回目はやはり白。新たな発見を期待し、やはり始まりはハ長調のイメージです。そして最後は銀!そこから全体の色を考えていきました。


Ⓒ内田絋倫(The VOICE)

24回のうち最後の4回は、ベートーヴェン後期ピアノソナタの第29番から第32番が配置されていました。

そうですね、あのシリーズを通して色々な作曲家の作品を取り上げてみても、やはりベートーヴェンのピアノソナタは、特別です。シリーズの締め括りに向かうラストの4回では、第29番「ハンマークラヴィーア」以降の4曲を取り上げたいと思いました。

ちょうど、6月に来日するダニエル・バレンボイムもベートーヴェンの後期三大ピアノソナタ(第30番〜第32番)を演奏するそうです。東京のサントリーホールだけ2日間のスケジュールですが、ベートーヴェンのピアノソナタ最初の4曲(第1番〜第4番)を演奏するそうです。(6/3の東京公演で第1番〜第4番の演奏が予定されていましたが、後期ソナタが演奏されました。)

同じホールでのスケジュールが2日なら、私も最初と最後のソナタを選ぶと思います。特に第30番から第32番は、セットで作られているので、このようなリサイタルならまとめて演奏するべきだと思います。

今回のバレンボイムのコンサートで、もう一つ話題がピアノです。日本ツアーに、バレンボイム自身が開発に携わった独自のピアノ「バレンボイムマーネ・スタインウェイ」を持ち込むそうです。

ピアノの性能など細かな情報が判らないのですが、並行弦のピアノという事でどんな音がするのか楽器に対する興味があります。と同時に、私も弾いたことのあるサントリーホールや愛知県芸術劇場コンサートホールにあるピアノの中から、バレンボイムがどのピアノを選定し、それらからどのような音色を導き出すのかも聴いてみたかったと思ってしまいます。

ピアニストは行った先の会場のピアノをメンテナンスし、最高の状態に仕上げて本番で演奏するというのを生業とされています。それはとても大変な作業だと思うのですが。

そうですね。地方の会場などに行くと、購入以来大切に保存されて、殆ど弾かれていないピアノや、癖の強いピアノなど色々なピアノに遭遇します。大体の場合は、コンサートの前日に会場に入って、調律師さんと相談しながらメンテナンスしていく訳ですが、ピアノの状態がみるみる変わって行くので、コンサートの2時間をベストな状態に持っていくために、本番直前、どのラインまで仕上げるのか。ピアノは湿度などで音色が変化しますから、コンサートの開場の頃、お客さんが雨のなか入場するかどうかなど、天気も予測したり…、本当に微妙なのです。また、ピアノの置き位置も、数センチ違うだけで響きがまるで違う。そういった事を決めていく過程は大変ですが、私にとっては楽しみのひとつです。バレンボイムがピアノを持ち込むという心境は、もちろんその楽器が好きなのでしょうが、それだけでなく、慣れていて様子のわかるピアノを弾くことで、作品と向き合い、演奏だけにこだわりたいという境地に到達されているのかもしれませんね。

小山さんは現在、「ベートーヴェン、そして・・・」というシリーズ企画を展開されています。こちらも後期ピアノソナタにスポットを当てたシリーズですが、あの壮大なシリーズをやり切られた後で、何か思うところがお有りだったのでしょうか。

もう少しベートーヴェンの後期のピアノソナタを掘り下げてみたいと思ったのです。今回のシリーズは3年間で6回のシリーズです。第28番から第32番までの5曲をそれぞれに配して、残りの1回はピアノ協奏曲の有名な第5番「皇帝」と第0番の2曲を取り上げます。そこにバッハ、モーツァルト、シューベルトの曲を組み合わせて構成しています。残念ながらコロナの影響で延期になった公演もあり、順番が後先逆になったりしていますが、最後までやり切りたいと思っています。

6月にしらかわホールで開催の「ベートーヴェン、そして・・・」が5回目ですね。中心となるのは第31番のピアノソナタ。この曲、大変お好きだそうですね。

大好きです。ベートーヴェンの作品の中でも最も愛に満ち溢れた曲ですが、何故か誰にも献呈されていません。第3楽章に登場する「嘆きの歌」は、とても深い嘆きなのですが、そこに恨みのような個人的な嘆きは感じられません。失望する現実世界の嘆きなのか、ベートーヴェンの幻想世界の嘆きなのか。謎の多い作品ですが、最後はフーガが出現し、心の底から勇気が湧き上がる。賛歌へと導かれて行きます。
作曲家は晩年になると、変奏曲やフーガを書きたくなるモノですかね(笑)。制約がとても多い「変奏曲やフーガ」の作曲は、不自由な中の真の自由というのでしょうか、一歩間違うと、単純になり過ぎてしまったり、難解になってしまったりするものだと思うのですが、それだけに腕の見せ所的な要素が多いのかもしれませんね。ベートーヴェンの後期3曲のソナタには自然な形で変奏曲やフーガが盛り込まれています。
そして、フーガと言えば、やはりバッハ。第5回目のシリーズで取り上げる「半音階的幻想曲とフーガ」は、ベートーヴェンのフーガとは違い大伽藍のフーガです。聴き比べて頂けると面白いと思います。

そして、11月にはこのシリーズも最終回を迎えます。

12年24回のシリーズ同様に、ベートーヴェン最後の第32番のソナタで締め括ります。第1楽章はこれぞベートーヴェンという音楽ですが、2楽章は変奏曲。常に新しい時代を切り開いて来たベートーヴェンですが、最後は人間の力を超え、神によって開かれた道が提示されるように感じる曲です。ベートーヴェンの凄さを感じて頂けると思います。
最終回で取り上げるもう1曲は、シューベルトの第19番のピアノソナタ。シューベルトのソナタは大好きで、前のシリーズでも後期三大ソナタと言われる第19番から第21番を取り上げましたが、いつか改めて取り上げてみたいと思っているんです。

最近、ピアニストで弾き振りをされる方が多いのですが、小山さんはいかがですか?

弾き振りはやりません。もちろん弾き振りをする事で、学びや発見が沢山あると思いますが、私はいいかな(笑)。鍵盤の上に手を置いていても思うように弾けないのに、ピアノから大きく離れて手が宙を舞っていては、ちゃんとアジャストするとは思えません(笑)。
真面目なハナシ、ピアノコンチェルト指揮していた腕をパッと下してピアノを弾くと、急に血が下がって指がおかしくなりそうな感じがするんですよね。それに、素晴らしい指揮者がたくさんいらっしゃるので、私はそんな皆さんと一緒に音楽を作って行く事が楽しいですね。リサイタルもオーケストラとのコンチェルトも、それぞれ全く違う世界があります。コンサートホールで、いろいろなプログラムと共に、皆様にお目にかかれたら嬉しいです。

小山さん、長時間ありがとうございました。益々のご活躍を祈っています。

◎Interview&Text/磯島浩彰


6/12 SATURDAY
小山実稚恵 ピアノシリーズ
「ベートーヴェン、そして・・・」第5回〈結晶体〉

【チケット発売中】
◼️会場/三井住友海上しらかわホール
◼️開演/15:00
◼️料金(税込)/全席指定S¥6,000 A¥4,000
◼️お問合せ/クラシック名古屋 TEL.052-678-5310
※未就学児入場不可