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「アリス=紗良・オット」スペシャルインタビュー
取材日:2012.02.14

「驚異のテクニックとピアニズムの持ち主」と、
その実力を高く評されるピアニスト、アリス=紗良・オット。
ミュンヘンを拠点にし、ヨーロッパを中心に活動の場を広げています。
6月には、フランクフルト放送交響楽団とともに名古屋に登場。演奏曲について、
作曲家について、独自の視点で語ってくれました。

伝統のフレームを飛び出した、
リストの革命的なコンチェルトに挑む。


演奏曲やその作曲家の掘り下げに非常に力を入れられるアリスさんですが、6月のコンサートで演奏されるリストのピアノ協奏曲第1番 変ホ長調ついては、どのように捉えていらっしゃいますか?

この曲は、ある意味で革命的な特徴を持っていると思います。全く休憩もなく4楽章までずっと進むので、最後に近づくほど早くなっていくんです。リストを弾くときに一番大事なのは、テクニック的なことではありません。特にヨーロッパで勘違いされていて、テクニックだけの曲だと思われるんです。そういう印象をお客様が受けてしまうのは、やっぱり弾く側に原因があると思います。リストがどんな人生を生きたのか、どんな人間だったのかを知ると、彼が決してテクニック的だけの上っ面の音楽を作曲するはずがないとわかります。だから、音と音の間に隠れている音楽性をどこまで引き出せるか、それをどこまでお客様に届けることができるかというのがピアニストにとって大きな挑戦ですね。「一生懸命」というのを絶対に見せてはダメ。そういう印象を与えてはいけないんです。テクニックと音楽というのは別々にできないもの。テクニックをマスターしないと、音楽というのは表現できないですから。すごく勢いのあるテクニックをマスターしている上に、音楽性をいかに軽くお客様に伝えていけるかというのが一番大事なポイントだと思います。


その「音楽性」とは、演奏家が曲に挑む際に持つコンセプトと言っていいでしょうか?

そうですね。作曲家がその曲に入れているメッセージを自分なりに読み取って、それをお客様に届けるということです。この曲の場合、多分、リストは新しい音色を作りたかったのと、テクニック的に新しい世界に一歩出て行きたかったんじゃないかなと思うんです。やっぱりそれまでのトラディショナルなフレームから出て、ちょっと挑戦だったんじゃないかな。当時はすごくけなされた曲なんですよ。それが今までこうやって生き延びてきて、こんなに有名な曲になっているのは何か理由があるんじゃないかと思います。革命的な曲だったと思うんですよ。まだ若いリストがそういう革命的な意気込みを持って、それまでの伝統から抜け出したいという気持ちがすごく強く伝わってきます。ラフマニノフもそうですが、古い形式から抜け出そうとすると周囲からけなされてしまうんですね。でも最終的に曲は現代まで生き延びている。

それは、多くの優れた演奏家達によって現代まで継承されたからだとも言えますね。クラシック音楽を演奏する上で、アリスさんはどのようなスタンスをお持ちですか?

私は音楽にはひとつの真実しかないと思っているんですよ。ただ、そのひとつの真実を解釈する道はたくさんあるんです。たくさんあって、それぞれの演奏家がそれを読み取る。そこに演奏家の個性が表れるんですね。そうやっていろいろな解釈を経て、ここまで残ってきたピアノコンチェルトです。曲の真実というのは、作曲家の作った意志、性格、キャラクター、メッセージ。だから例えば、絵画にもいろんな解釈があるじゃないですか。音楽も同じなんです。


リスト自身については、どんな人物だと捉えていらっしゃいますか?

リストはショパンと正反対だったんですよね。オープンな人柄ですごく人気があったし、カリスマ性を持った人だったと思います。いろんなことに挑戦したし、本当に伝統的な譜面から抜け出して、自分の新しい世界を開いてきたようなキャラクターで…最後にはすごく宗教的にもなったしビッグチェンジがありましたけど、本当に人生をのびのびと生きた人だと思います。苦労もありましたけど、最後まで毎日毎日を精一杯生きた人、本当にそれが音楽にもよく表現されています。だから、コンサートを聴いて「リストの曲はテクニック的」という印象だけをお客様が抱いてしまったとしたら、それは演奏家が間違っていると思います。

自分の解釈を客席にどう届けるか。
聴衆と、どうコミュニケーションするか。

今回演奏するリストの協奏曲も、もちろん何度となく演奏されています。時間の経過によって、ご自身の曲への解釈は変化されていますか?

そうですね。ほとんど毎日のように少しずつ何かが変わっていく感じです。オーケストラと共演すると、ステージによって曲の解釈の仕方も変わってくるし…ステージ上で音響も毎回違うし、オーケストラも自分のコンディションも違うので。その場でフレキシブルに、自由にオーケストラと一緒に音楽を作り上げていくことで、またかなり変わりますね。コンサートで新しいアイデアが浮かんできて、それを弾いて「こういう解釈の仕方があるんだ、面白いな」と思うと、またその場で全然変わっていくし…だから、本当に毎日のように変わっていきますね。でも、きっと20年後に弾いても同じように解釈するところもあると思うんですけど。同じ楽譜でも、楽譜を見る目というのは変わるじゃないですか。例えば「ここのフォルテはこうやって弾くんだ」と思っていたことが、3年後には違う捉え方をするかもしれない。例えば小説でも、3年後に読んでみたら「作者は、実はこういうことを言いたかったんじゃないか」と、違う解釈をすることがあるじゃないですか。それと同じだと思います。自分でその曲を勉強しているときは、作曲家のメッセージをどこまで読み取ることができて、どこまで自分のものにできるかが大事です。でも、ステージではやっぱり自分の解釈だけではなくて、どうやってそれをお客様にお届けできるのか、どう弾くとお客様とコミュニケーションできて、どこまで共鳴できるのか。それが一番大切ですね。



今回、指揮はパーヴォ・ヤルヴィ、共演はフランクフルト放送交響楽団ですが、どんなステージになりそうですか?

パーヴォ先生とは、これまでにも2度共演させていただきました。シンシナティでリストをやって、フランクフルト放送交響楽団と共演したときはラヴェルのコンチェルト。久しぶりにまた皆さんに会えるのをすごく楽しみにしているんです。ソロのリサイタルのときは100%自分のやりたいことをできるし、いくらでも自由に時間を取れるんですよね。でもオーケストラと弾くときはアンサンブルだから、みんなに合わせます。でも、このフランクフルト放送交響楽団、そして特にパーヴォ先生はすごく私が弾きやすいように伴奏してくださるんですよ。オーケストラと一緒に弾いてるのに、自由な時間も作ってくださって、本当にソリストにとっては弾きやすいパートナーです。今回弾くのは、すごくテクニック的なヴィルトゥオーゾ(名手、超一流の演奏家の意)の曲なんですが、やっぱり音と音の間に隠されているリストの音楽性、そして彼の人生のいろいろな面を私の解釈によって皆さんにお届けしたい。そして、皆さんの心のどこかで共鳴していただけたらと思っています。

――― ドイツと日本の血を引くアリス。そのことについては「どちらの気質も自分の中にあると思う。ただ、私にとっては音楽が共通言語。」という。音楽と共に生きるひたむきな姿は、それだけで美しい。6月の公演に続き、秋には名古屋でリサイタルも予定されています。